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オフィスに潜む狂気
自動販売機
しおりを挟む「忙しいのに部外者までいるし……ったく……」
ぶつぶつ言いながら自動販売機を眺める。どうやらドリンクを買いに来たようだった。九条さんは相変わらずまるで怯えることもなく平然と話しかける。
「お疲れ様です、大変なトラブルのようですね」
「はいはい幽霊さんの仕業でーす、って? まさかあんたたちが隠したの?」
「鍵をかけていた、と斉木さんはおっしゃっていたのでは。それが間違いだとしても、何度も言わせないで頂けますか。監視カメラの映像でも見直せばよいのですよ」
九条さんは冷静にそう返した。彼女は舌打ちをする。私たちの方をくるりと振り向いた。
「まあね、わかってるのよ。今までも何度かあったこういうトラブル。どうせ同じ部の人間が何人か一緒になって私に嫌がらせしてるんでしょうよ」
片方の眉を上げて長谷川さんは言う。私は驚いて尋ねた。
「え、営業部の誰かがってことですか?」
「当たり前でしょ。私への嫌がらせよ。仕事できるからって妬んでるんでしょ。大きな取引きがダメになったりしたら責任取らされるのは私なんだから」
妬みではないだろう、というツッコミは置いておく。九条さんは返した。
「花田さんは監視カメラを見て人為的なものではないと確信されたようですよ」
「何人かで協力し合えば欺くこともできるでしょ。そこに男の幽霊見たとか騒ぎ立てれば尚更みんな信じるだろうし。はーあ、馬鹿な連中よね本当に」
ポケットからスマホを取りだして自販機に翳す。少し悩んだように考え、彼女はブラックコーヒーを選んだ。ガコン、と缶が落下してくる音が響く。
「誰が主犯か知らないけど、絶対いつか尻尾掴んでやる。こんな馬鹿なことしたの後悔させてやるんだから。あんたらもよ、さっさと引き下がってなさいよ詐欺師」
相変わらずの物言いでしゃべった長谷川さんはスマホをしまった。そしてこちらを睨みつける。
「斉木たちが目撃した男の霊、誰だかわかったの?」
「いいえ、まだそこまでは」
「はは、そんなもんでしょうね。たまたまか知らないけど以前うちで働いてたっていう伊藤って人がいたからこっちに入りやすかったでしょ? 確かに子犬みたいな顔してて人に警戒心を解かせるのがうまそうな青年ね。こういう仕事には最高に向いてるってことね」
私は無意識に拳を握りしめた。乗るだけ損だと分かってはいるが、どうしてもイライラが止まらない。この人は人を苛立たせる天才だと思った。
人間にとって最も怒りを感じる時とは、大切な人を貶されたときだと私は思っている。自分のことより圧倒的に怒りが湧き出るのだ。
伊藤さんだって九条さんだって、とても優しい人たちなのに。こんな言い方をされるのはあまりに悲しかった。
それでも何とか怒りを鎮める。それは隣にいる九条さんがチラリと私の顔を見たからだ。大丈夫ですか、相手にすることありませんよ。そう言ってくれてるようで気が落ち着けたのだ。
気づかれないようにこっそり深呼吸。冷静にならなきゃ。
長谷川さんはそんな私に気がついているのか、どこか面白そうな顔つきでこちらを見ていた。そのまましゃがみ込んで自動販売機の取り出し口をパカっとあける。彼女の口は止まらず私を見て続けた。
「若いっていうのも得かもね。男女どちらでも引っ掛けやすそうだし? 怖いこと」
聞かないようにしなきゃ。そう自分に言い聞かせる。その時、小馬鹿にしたような発言を続ける長谷川さんの背後に、ふと違和感を覚えた。
彼女が持ち上げている自販機の取り出し口。普通ならそこに横たわる缶やペットボトルが見えるはず。なのに、私のところから見えるそれは漆黒の闇だった。
ただただ真っ黒。長谷川さんは私たちに言葉をぶつけるのに夢中で気がついていないようだった。
……何? どうしてあそこ、あんなに真っ暗……?
その途端。闇の中に二つの目が見えた。
それは血走った白目に小さめの黒目が真ん中にポツンとある目。じっと長谷川さんを見上げていた。例えば夜に見る猫の目のように、目だけがぽっかり浮いているのだ。その二つの目からは、言いようのない怒りが滲み出ていた。
「! 長谷川さん!」
私より先に叫んだのは九条さんだった。それでもその時、彼女の腕はすでに缶コーヒーを探すため取り出し口の中へ入っていた。
一瞬の出来事だった。長谷川さんが何かをとりだす。
ずるり。と彼女が握って出してきたのは、一本の白い腕だった。
「ぎゃ!」
瞬時に長谷川さんは手を離す。その瞬間、腕は瞬く間に消失した。取り出し口の中には缶コーヒーが横たわっている。
彼女は何が起きたか分からない、という様子で唖然としていた。私も九条さんも、無言で明るく光る自販機を見ている。
「な? な……何今の。あんたたちなんか細工したの!?」
長谷川さんは私たちに詰め寄る。さすがの彼女も不可解な現象に怯えているようだ、声がわずかに震えていた。
九条さんが冷静に返す。
「細工、と思われるなら確認されては。あんなもの細工でどうにかなるものではないですよ」
長谷川さんは悔しそうに唇を噛むが、確認することはなかった。当然だ、私だってもうあの取り出し口を覗きたくない。
彼女は近くにある椅子を蹴った。そしてスーツの襟と正すと私たちにいう。
「疲れてたのかしらね。部下のよく分からない嫌がらせに参ってるのよ、詐欺みたいな部外者もいるし。精神が参っても当然だわ」
言い捨てて去ろうとする長谷川さんに、九条さんがすかさず尋ねた。
「長谷川さん。腹部を自分で刺して自殺した男性に心当たりは」
ストレートな質問だった。あのおじさんをもし長谷川さんが知っていれは……
だが彼女は不愉快そうに顔を歪める。
「はあ? そんなキモい死に方するような知り合いいないけど」
そう言い残すと、彼女はそのまま営業部に戻って行ってしまった。その後ろ姿を黙って見送ったあと、九条さんはすぐに動いた。まだ置きっぱなしの缶コーヒーを取り出したのだ。
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