視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~

橘しづき

文字の大きさ
上 下
150 / 449
オフィスに潜む狂気

優しすぎる人

しおりを挟む
 九条さんが一つ頷いて伊藤さんに言った。

「まだわからないことが多すぎます。申し訳ありませんが伊藤さん、もう一度その写真たちを入手し直してください」

「あ、はい」

「ですがそれよりあなたはまず、いつものお寺に行ってお守りの調達をするのが先です。すぐに行ってきてください」

 ゆっくり立ち上がりながら九条さんは言った。私は二人を見上げて首を傾げる。

「今日忘れちゃったんですか、伊藤さん」

 霊を寄せ付けやすい彼の必需品なのに。だが返事をしたのは九条さんだった。伊藤さんはバツが悪そうに視線を逸らす。

「光さんが倒れた直後、伊藤さん自身が窓から投げ捨てました」

「…………え!!?」

「自分に霊を寄せ付けようとしたのではないですか」

 驚いて伊藤さんを見る。彼は苦笑して言った。

「結局今回は僕の方に来なかったみたいだけどね」

 それはつまり。入られてしまった私を助けるために、あえてお守りを手放して自分が囮になってくれたということだろうか。

 私は言葉をなくして伊藤さんを見つめ続けた。お礼の言葉すら口から出てこない。自分を犠牲にしてまで誰かを助けようとしてくれるなんて、あまりにいい人すぎる。綺麗事ではなく、本当に彼は優しすぎる人だと痛感した。

「すみ、ません、伊藤さん……」

「あ! 光ちゃんが謝ることじゃないから! 僕が勝手にやったことだし気にしないで。えーとじゃあ、今日はまずお守り入手してきますね。消えたファイルもすぐ元に戻せると思いますから!」

 伊藤さんは珍しくバタバタと慌てたように荷物をまとめて事務所から飛び出した。私はなんだか申し訳ない気持ちでいっぱいになり、何も声をかけれずに見送る。事務所の扉が閉められた後、九条さんが言った。

「あなたが気に負うことは何もないですよ。まさか事務所までついてくるのは予想外でしたし」

「は、はい……」

「そろそろ立てますか」

 そう尋ねられハッとする。私は未だ地べたに腰を下ろしたままだった。立ち上がろうとしたとき、目の前に大きな手が差し出される。

 片方の手はポケットに入れたまま、九条さんがこちらを見ていた。

「……あ、ありがとうございます」

 その手を取って立ち上がる。自分より大きな、そしてどこかひんやりした手に胸が鳴ってしまった。そんなことをしている場合じゃないというのに、恋心というものは時と場所を考えてはくれない。

 私が立ち上がったのを見届けると、九条さんが手をそっと離した。名残惜しさを感じつつ、私はさきほどの話題に戻した。

「あの、自分で刺していたってことは、つまり殺人じゃないんでしょうか」

「私も今考えていたところです。恐らくその可能性は非常に高い。彼がわざわざみせてきた光景ですからね」

「つ、つまりは自殺……? なんだってそんな嫌な方法を」

 自殺と聞いて思い浮かべるのは、一般的に練炭、首吊り、飛び降りなどがオーソドックスだろうか。自分でお腹を裂くだなんて、武士でもあるまいし何でそんな辛い方法を選んだのだろう。

「死ぬまで追い詰められた人間の考えることは、我々には想像できないことも多いですから」

「それもそうですが……」

「しかし伊藤さんの調べで自殺者などいそうにないとのことですが。では一体誰なのか……自殺となれば、光さんと立てた『殺人犯を止める』というのは間違っていた、ということになります」

「その点に関してはむしろよかったですけど……営業部に殺人犯がいるなんて考えたくなかったし」

「まあ考えていた仮説が消えるのも進捗です。まだ時間はありますから、もう少し光さんは休んでください。今回、あなたは嫌な場所で見続けているので精神的に参ってるでしょう」

 言われて項垂れた。確かにそうなのだ、トイレに事務所。普段なら安心して過ごしている場所ばかり狙われて、霊を見慣れている私でも違う意味できつい。特にトイレはあれ以降ビクビクして急いで用を足す羽目になっている。

 ついには事務所。私の大事な休息場所なのに……。まあ、自宅に入ってこないだけいいか。

「じゃあ、もう少しだけ横になります……」

「どうぞ。私は昼食でも取りますから」

「ポッキーやめてくださいよ。さっき銭湯帰りにご飯買ってきましたから」

「さすがです」

 九条さんに念を押し、私は疲れた体をそのまま仮眠室の固いベッドに倒れ込ませた。さっきも眠ったはずだというのに、入られて体力消耗してしまった。この仕事は本当に体力勝負だ。



しおりを挟む
感想 51

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

あなたのサイコパス度が分かる話(短編まとめ)

ミィタソ
ホラー
簡単にサイコパス診断をしてみましょう

赤い部屋

山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。 真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。 東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。 そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。 が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。 だが、「呪い」は実在した。 「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。 凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。 そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。 「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか? 誰がこの「呪い」を生み出したのか? そして彼らはなぜ、呪われたのか? 徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。 その先にふたりが見たものは——。

【完結】『霧原村』~少女達の遊戯が幽の地に潜む怪異を招く~

潮ノ海月
ホラー
五月の中旬、昼休中に清水莉子と幸村葵が『こっくりさん』で遊び始めた。俺、月森和也、野風雄二、転校生の神代渉の三人が雑談していると、女子達のキャーという悲鳴が。その翌日から莉子は休み続け、学校中に『こっくりさん』の呪いや祟りの噂が広まる。そのことで和也、斉藤凪紗、雄二、葵、渉の五人が莉子の家を訪れると、彼女の母親は憔悴し、私室いた莉子は憑依された姿になっていた。莉子の家から葵を送り届け、暗い路地を歩く渉は不気味な怪異に遭遇する。それから恐怖の怪奇現象が頻発し、ついに女子達が犠牲に。そして怪異に翻弄されながらも、和也と渉の二人は一つの仮説を立て、思ってもみない結末へ導かれていく。【2025/3/11 完結】

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。