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オフィスに潜む狂気
さすがの人望
しおりを挟む社内へ足を踏み入れると、やはり別世界のように感じた。
どこかのテレビドラマで見るような大手企業。自分が普段過ごす世界とは全く違って見えた。みんな忙しそうに足を運んでいる。イキイキした表情の人もいれば、ちょっと疲れてる人。いつも小さな事務所にいる私には新鮮な光景でつい目を輝かせてしまう。
こんなとこに伊藤さんいたんだ……。でも凄く簡単に想像つくな。きっとたくさんの人に囲まれながら笑ってるに違いない。
伊藤さんに案内されるがままエレベーターに乗り込む。三人で上昇していき、ついた階で降りていく。これまた忙しそうに動きまわる人たちの中を通り抜け、『営業部』と書かれた場所へと辿り着いた。
さて。仕事真っ最中であろう部署に入るのはなんとなく緊張してしまうのだが、伊藤さんと九条さんは特にそんな素振りはなく、普段と同じ表情でノックをした。
「失礼しまーす」
明るい声で伊藤さんが扉を開けた。なんとなくドキドキしながら後ろから中を覗き込んだ瞬間だった。
「ああ! 本当に伊藤さんーー!」
中からそんな賑やかな声が溢れかえって、つい面食らってしまった。
わっと男女の嬉しそうな声がこちらに向けて発せられる。伊藤さんはにっこり笑った。
「みなさんお久しぶりです! お元気でしたー?」
そう言いながら中へ足を踏み入れると、多くの人たちが伊藤さんを囲うように集まってきた。私と九条さんはその光景に安易に近寄ることもできず、そのまま廊下に立って様子を眺めていた。
「花田さんから聞いてびっくりしました! 伊藤さんお久しぶりです!」
「伊藤さん変わってない!」
「伊藤さんがまさか来てくれるなんて思ってませんでしたよー!」
次々出てくる嬉しそうな言葉に、私は唖然とした。
……普通、退社した人間が久々に来たからと言って、ここまで盛り上がるだろうか……?
まさに伊藤さんの人望だと思った。最近時々伊藤さんのすごさに引いてしまう自分がいたが、今日もやっぱりそうなってしまう。そういえばいつも初対面である依頼主としか接してるのを見たことがなかった。伊藤さんの昔の同僚、かあ……。
少しの間世間話を交わした伊藤さんは、タイミングを見計らって私たちの方を見た。
「あ、今回の調査は僕って言うよりあの二人がメインですから! 九条さんと黒島さんです」
伊藤さんの紹介を聞いて、その場にいた人たちが一斉にこちらを見てきた。大勢の目に見つめられ萎縮する。が、やはりというか九条さんは普段と変わらない様子で挨拶をした。
「初めまして。九条尚久といいます。今回はこの部署で発生している現象の調査に伺いました。まずは男性の霊を見たことがあるという方々にお話を伺いたいのですが」
いつものペースで早速調査を進めようとする。人混みの奥から、花田さんが慌てた様子で出てきた。そして私たちを中へ促す。
「すみません、九条さん黒島さん、こちらへどうぞ!」
その言葉があってようやく私たちは足を踏み入れた。中の広々としたオフィスの光景が目に入る。
たくさんのデスク、コピー機に積み重なる書類。どこか懐かしい匂いがした気がした。
……私がいた場所とは全然広さは違うけど、やっぱり似たような空気感だなあ……。
ほんの少しだけ心の奥が疼いた。
懐かしさと同時に、昔の思い出が蘇ってくる。
「花田さん、部長とやらはどちらに」
隣の九条さんが尋ねた。チラリと部屋を見渡す。一つだけ特別な位置に配置されているデスクに、今は誰も座っていなかった。
花田さんが苦笑いをする。
「ええと、今は少し席を外していて。すぐに戻るとは思いますけど、その、やっぱりあなた方のことを快くは思っていません。失礼があるかもしれませんが……」
「別に我々はかまいません、慣れていますから」
「すみません、どうぞよろしくお願いします……あ、そうだ、斉木!」
花田さんが思い出したように名前を呼んだ。伊藤さんの周りを囲っていた中の一人がひょこっと顔を出す。ショートカットで小柄な女性だった。
「こっちに来て、九条さんたちにお話を」
斉木さんと言う方は頷いて歩いてくる。その際、少し足を庇うようにして歩いてくる様子に気がついた。もしかして脚立から落ちて捻挫したという人がこの人なのだろうか。
花田さんの声をきいて、人々に囲まれていた伊藤さんも話を切り上げてこちらへ向かってくる。
斉木さんは丁寧にお辞儀をした。
「初めまして、斉木と言います」
私と九条さんも頭を下げた。花田さんが紹介してくれる。
「彼女は例の、資料室で男の霊を見て脚立から落ちてしまった人で……」
やはり。九条さんと二人、自然と視線を下に下ろした。スラックスを履いている斉木さんの足は見ることができなかったが、布の下は手当てが施されているのだろう。
聞いていた伊藤さんが近くにある椅子をさっと引き寄せた。
「斉木さん座って」
「あ、伊藤さんありがとうございます……」
おずおずと腰掛けた斉木さんは、少し恥ずかしそうに私たちを見上げながら口を開く。
「ここから歩いてすぐのところに資料室があるんです。あまり使っていないところでそう広くもありません。その日はたまたま欲しい資料があって、珍しく一人で取りに行きました……」
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