視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~

橘しづき

文字の大きさ
上 下
136 / 449
オフィスに潜む狂気

珍しい現場

しおりを挟む
「わかりました、とりあえず様子見で伊藤さんも連れていきましょう。そのかわり、彼はとんでもなく引き寄せやすいので、危険な霊がいると判断したらすぐに帰宅してもらいます。よろしいですか」

「あ、はい僕は別に……」

「よかった! ありがとうございます!」

 花田さんの顔がぱっと明るくなった。そして安心したような表情で立ち上がる。

「職場のみんなにも伝えておきます。上司についてはもうちょっと……」

「あ、花田さん。会社の許可なら僕がなんとかしておきますよ」

 サラリと伊藤さんがいった。三人で彼を見る。

 伊藤さんはニコリと笑って言った。

「未だ仲良くさせてもらってる上の人がいるんですよ~! 話してみます」

 出た。伊藤さんのよくわからない凄さ。

 あれだけ大手の会社に心霊調査に入るだなんて、普通に考えてそう簡単に許可はおりない。でも私は確信していた。これはきっとすぐに許可されるぞ、伊藤さんが動けば間違いない。

 花田さんも面食らったように顔を強張らせ、あまり信じてないように小声で言った。

「じゃ、じゃあお願いするよ……俺も一応部長には言っておくけど」

「はーい。じゃあ、また現場入るとき連絡しますよ。ね、九条さん!」

 伊藤さんは爽やかな笑顔でそう言った。





 花田さんが帰って行ったあと、伊藤さんはすぐにどこかへ電話を掛けていた。営業部で起きている不可解な事のせいで、業務が滞っているらしいことを強調して力説している。調査をして何もないとわかれば営業部の人たちも安心するに違いないので、ぜひ調査に入らせてくれ、と頼み込んでいた。

 案の定、少し経って許可が降りたそうだった。私は遠い目で伊藤さんを見つめている。

 電話を切った伊藤さんは明るく言った。

「オッケーです! 夜間も泊まり込みの許可を得ました。いつでも調査大丈夫ですよ~」

「さ、さすがです伊藤さん……お疲れ様です」

 私が声をかけると、彼は首を振って答えた。

「いやあ、たまたまだよ。結構超常現象とかを信じるタイプの知り合いだからさーむしろ面白がってたよ」

 そう言いながら伊藤さんはパソコンの前に腰掛ける。九条さんが口を開いた。

「まさか伊藤さんの前職場の人が相談に来るとは」

「ですねえ。凄い偶然です。僕が勤めてた時は怪奇なんて全然なかったですし、ここ最近何かあったんですかね」

 懐かしむように言う伊藤さんに、私は恐る恐る尋ねた。

「伊藤さん……前の会社なんで辞めたんですか?」

「え? ここに転職しようと思って」

 サラリと言ったのを聞いておったまげる。もしかしてそうかもと思ってたけど、本当にそうだった……! ここに来るために辞めたんだ、あんな大手!

 伊藤さんは懐かしむように言った。

「前の会社も楽しかったんだけどね。ほら、僕ここに最初依頼人としてきたじゃない? そこで九条さんに解決してもらって感心したと同時に、あまりにこの事務所の経営が適当すぎたのにも驚いて……なんとか力になりたいなって思ったのが始まり」

 私はポッキーを貪る隣の男を見た。

 確かに。今まで気にしてなかったけど、伊藤さんが来るまでここ一人で経営してたんだよね九条さん。朝すら一人で起きれないのに。どうやってやってきたんだ今まで。

 九条さんも口を開いた。

「事務所に誰か人手は欲しかったんです。ですがなかなか見つからなくて。伊藤さんが働いてみたいって言ってくれた時は助かりました」

「それまで九条さん、どうやってこの事務所経営してたんですか……?」

「適当に」

「ちゃんと開いてたんですか?」

「まあ、誰も来ないなと思ったら鍵をかけっぱなしだった、ということはよくありました」

 無茶苦茶じゃないか。開かずの事務所じゃん。どうせノックしても昼寝してたら起きないしなこの人。

 呆れて物も言えない。伊藤さんが来てくれて本当に助かっただろうなと安易に想像ついた。それにしても、そんな適当な小さな事務所によく転職したなあ伊藤さんも……。

 私の心の声にも全く気付かない九条さんは言う。

「さて本題ですが。今回は伊藤さんも同伴してもらいます、知っている場所となれば確かに調査もしやすいでしょうし。ですが先ほども言った通り相手が厄介な者だと判断すればすぐに撤収してもらいます。お守りはありますね?」

「はい、ここに!」

 伊藤さんはにこやかにポケットから小さなお守りを取り出した。なんでも有名なお坊さんに特別に貰ったものらしく、これを身につけていればよっぽど霊を寄せ付けないとか。

 九条さんは頷いた。

「決して忘れずに。それがあればまあすぐに危険が迫ることはないでしょう」

「オッケーです。あ、あとはパソコン持っていかなきゃなーあっちでも結局僕の仕事は調べ物などになるでしょうからね」

 伊藤さんは慌ててデスク上にあるノートパソコンを操作する。私もそれを見て、いつものキャリーケースを取りに行った。

 一度開いて中身を確認する。ああ、そうだポッキーの補充と、伊藤さんが来るからもう少し食料も多めに入れておこう。すでにぱんぱんなバッグになんとか道具を詰めていく。

「ううん、閉まるかなあ……」

 なんとかキャリーケースのフタを閉じようと健闘しているときだ。背後から声がした。

「光ちゃん入っても大丈夫?」

「あ、はい!」

 カーテンから伊藤さんがひょいっと顔を出す。そしてキャリーケースを必死に閉めようとしている私を見て、慌てて言った。

「あ! 僕が急遽参加することになったから色々荷物増やしてくれたんじゃない? ごめんね、こっちの紙袋手持ちで行くから入れてよ!」

 伊藤さんが休憩室隅にある紙袋を取り出した。

「ほら、九条さんのポッキーとかもこっちにさ」

「あ、すみません、ありがとうございます……」

 私は素直に再びケースを開けた。入っていた食料たちを取り出して紙袋に入れていく。

「うわ、こんなに入れてくれてたんだね……ありがとう」

「とんでもないです」

「あんまり現場に行くことないからさーあったとしてもエサ目的だし。今回はそうじゃないからちょっとワクワクしてるんだよね、不謹慎かな?」

 本当に楽しみにしている子供のような顔で言ったので、私はつい釣られて笑った。伊藤さんの癒しオーラ、私も現場で頂けるなんてありがたい。
しおりを挟む
感想 51

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ゾンビと片腕少女はどのように死んだのか特殊部隊員は語る

leon
ホラー
元特殊作戦群の隊員が親友の娘「詩織」を連れてゾンビが蔓延する世界でどのように生き、どのように死んでいくかを語る

みえる彼らと浄化係

橘しづき
ホラー
 井上遥は、勤めていた会社が倒産し、現在失職中。生まれつき幸運体質だったので、人生で初めて躓いている。  そんな遥の隣の部屋には男性が住んでいるようだが、ある日見かけた彼を、真っ黒なモヤが包んでいるのに気がついた。遥は幸運体質だけではなく、不思議なものを見る力もあったのだ。  驚き見て見ぬふりをしてしまった遥だが、後日、お隣さんが友人に抱えられ帰宅するのを発見し、ついに声をかけてしまう。 そこで「手を握って欲しい」とわけのわからないお願いをされて…?

視える僕らのルームシェア

橘しづき
ホラー
 安藤花音は、ごく普通のOLだった。だが25歳の誕生日を境に、急におかしなものが見え始める。    電車に飛び込んでバラバラになる男性、やせ細った子供の姿、どれもこの世のものではない者たち。家の中にまで入ってくるそれらに、花音は仕事にも行けず追い詰められていた。    ある日、駅のホームで電車を待っていると、霊に引き込まれそうになってしまう。そこを、見知らぬ男性が間一髪で救ってくれる。彼は花音の話を聞いて名刺を一枚手渡す。 『月乃庭 管理人 竜崎奏多』      不思議なルームシェアが、始まる。

あなたのサイコパス度が分かる話(短編まとめ)

ミィタソ
ホラー
簡単にサイコパス診断をしてみましょう

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

【1分読書】意味が分かると怖いおとぎばなし

響ぴあの
ホラー
【1分読書】 意味が分かるとこわいおとぎ話。 意外な事実や知らなかった裏話。 浦島太郎は神になった。桃太郎の闇。本当に怖いかちかち山。かぐや姫は宇宙人。白雪姫の王子の誤算。舌切りすずめは三角関係の話。早く人間になりたい人魚姫。本当は怖い眠り姫、シンデレラ、さるかに合戦、はなさかじいさん、犬の呪いなどなど面白い雑学と創作短編をお楽しみください。 どこから読んでも大丈夫です。1話完結ショートショート。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。