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オフィスに潜む狂気
珍しい現場
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「わかりました、とりあえず様子見で伊藤さんも連れていきましょう。そのかわり、彼はとんでもなく引き寄せやすいので、危険な霊がいると判断したらすぐに帰宅してもらいます。よろしいですか」
「あ、はい僕は別に……」
「よかった! ありがとうございます!」
花田さんの顔がぱっと明るくなった。そして安心したような表情で立ち上がる。
「職場のみんなにも伝えておきます。上司についてはもうちょっと……」
「あ、花田さん。会社の許可なら僕がなんとかしておきますよ」
サラリと伊藤さんがいった。三人で彼を見る。
伊藤さんはニコリと笑って言った。
「未だ仲良くさせてもらってる上の人がいるんですよ~! 話してみます」
出た。伊藤さんのよくわからない凄さ。
あれだけ大手の会社に心霊調査に入るだなんて、普通に考えてそう簡単に許可はおりない。でも私は確信していた。これはきっとすぐに許可されるぞ、伊藤さんが動けば間違いない。
花田さんも面食らったように顔を強張らせ、あまり信じてないように小声で言った。
「じゃ、じゃあお願いするよ……俺も一応部長には言っておくけど」
「はーい。じゃあ、また現場入るとき連絡しますよ。ね、九条さん!」
伊藤さんは爽やかな笑顔でそう言った。
花田さんが帰って行ったあと、伊藤さんはすぐにどこかへ電話を掛けていた。営業部で起きている不可解な事のせいで、業務が滞っているらしいことを強調して力説している。調査をして何もないとわかれば営業部の人たちも安心するに違いないので、ぜひ調査に入らせてくれ、と頼み込んでいた。
案の定、少し経って許可が降りたそうだった。私は遠い目で伊藤さんを見つめている。
電話を切った伊藤さんは明るく言った。
「オッケーです! 夜間も泊まり込みの許可を得ました。いつでも調査大丈夫ですよ~」
「さ、さすがです伊藤さん……お疲れ様です」
私が声をかけると、彼は首を振って答えた。
「いやあ、たまたまだよ。結構超常現象とかを信じるタイプの知り合いだからさーむしろ面白がってたよ」
そう言いながら伊藤さんはパソコンの前に腰掛ける。九条さんが口を開いた。
「まさか伊藤さんの前職場の人が相談に来るとは」
「ですねえ。凄い偶然です。僕が勤めてた時は怪奇なんて全然なかったですし、ここ最近何かあったんですかね」
懐かしむように言う伊藤さんに、私は恐る恐る尋ねた。
「伊藤さん……前の会社なんで辞めたんですか?」
「え? ここに転職しようと思って」
サラリと言ったのを聞いておったまげる。もしかしてそうかもと思ってたけど、本当にそうだった……! ここに来るために辞めたんだ、あんな大手!
伊藤さんは懐かしむように言った。
「前の会社も楽しかったんだけどね。ほら、僕ここに最初依頼人としてきたじゃない? そこで九条さんに解決してもらって感心したと同時に、あまりにこの事務所の経営が適当すぎたのにも驚いて……なんとか力になりたいなって思ったのが始まり」
私はポッキーを貪る隣の男を見た。
確かに。今まで気にしてなかったけど、伊藤さんが来るまでここ一人で経営してたんだよね九条さん。朝すら一人で起きれないのに。どうやってやってきたんだ今まで。
九条さんも口を開いた。
「事務所に誰か人手は欲しかったんです。ですがなかなか見つからなくて。伊藤さんが働いてみたいって言ってくれた時は助かりました」
「それまで九条さん、どうやってこの事務所経営してたんですか……?」
「適当に」
「ちゃんと開いてたんですか?」
「まあ、誰も来ないなと思ったら鍵をかけっぱなしだった、ということはよくありました」
無茶苦茶じゃないか。開かずの事務所じゃん。どうせノックしても昼寝してたら起きないしなこの人。
呆れて物も言えない。伊藤さんが来てくれて本当に助かっただろうなと安易に想像ついた。それにしても、そんな適当な小さな事務所によく転職したなあ伊藤さんも……。
私の心の声にも全く気付かない九条さんは言う。
「さて本題ですが。今回は伊藤さんも同伴してもらいます、知っている場所となれば確かに調査もしやすいでしょうし。ですが先ほども言った通り相手が厄介な者だと判断すればすぐに撤収してもらいます。お守りはありますね?」
「はい、ここに!」
伊藤さんはにこやかにポケットから小さなお守りを取り出した。なんでも有名なお坊さんに特別に貰ったものらしく、これを身につけていればよっぽど霊を寄せ付けないとか。
九条さんは頷いた。
「決して忘れずに。それがあればまあすぐに危険が迫ることはないでしょう」
「オッケーです。あ、あとはパソコン持っていかなきゃなーあっちでも結局僕の仕事は調べ物などになるでしょうからね」
伊藤さんは慌ててデスク上にあるノートパソコンを操作する。私もそれを見て、いつものキャリーケースを取りに行った。
一度開いて中身を確認する。ああ、そうだポッキーの補充と、伊藤さんが来るからもう少し食料も多めに入れておこう。すでにぱんぱんなバッグになんとか道具を詰めていく。
「ううん、閉まるかなあ……」
なんとかキャリーケースのフタを閉じようと健闘しているときだ。背後から声がした。
「光ちゃん入っても大丈夫?」
「あ、はい!」
カーテンから伊藤さんがひょいっと顔を出す。そしてキャリーケースを必死に閉めようとしている私を見て、慌てて言った。
「あ! 僕が急遽参加することになったから色々荷物増やしてくれたんじゃない? ごめんね、こっちの紙袋手持ちで行くから入れてよ!」
伊藤さんが休憩室隅にある紙袋を取り出した。
「ほら、九条さんのポッキーとかもこっちにさ」
「あ、すみません、ありがとうございます……」
私は素直に再びケースを開けた。入っていた食料たちを取り出して紙袋に入れていく。
「うわ、こんなに入れてくれてたんだね……ありがとう」
「とんでもないです」
「あんまり現場に行くことないからさーあったとしてもエサ目的だし。今回はそうじゃないからちょっとワクワクしてるんだよね、不謹慎かな?」
本当に楽しみにしている子供のような顔で言ったので、私はつい釣られて笑った。伊藤さんの癒しオーラ、私も現場で頂けるなんてありがたい。
「あ、はい僕は別に……」
「よかった! ありがとうございます!」
花田さんの顔がぱっと明るくなった。そして安心したような表情で立ち上がる。
「職場のみんなにも伝えておきます。上司についてはもうちょっと……」
「あ、花田さん。会社の許可なら僕がなんとかしておきますよ」
サラリと伊藤さんがいった。三人で彼を見る。
伊藤さんはニコリと笑って言った。
「未だ仲良くさせてもらってる上の人がいるんですよ~! 話してみます」
出た。伊藤さんのよくわからない凄さ。
あれだけ大手の会社に心霊調査に入るだなんて、普通に考えてそう簡単に許可はおりない。でも私は確信していた。これはきっとすぐに許可されるぞ、伊藤さんが動けば間違いない。
花田さんも面食らったように顔を強張らせ、あまり信じてないように小声で言った。
「じゃ、じゃあお願いするよ……俺も一応部長には言っておくけど」
「はーい。じゃあ、また現場入るとき連絡しますよ。ね、九条さん!」
伊藤さんは爽やかな笑顔でそう言った。
花田さんが帰って行ったあと、伊藤さんはすぐにどこかへ電話を掛けていた。営業部で起きている不可解な事のせいで、業務が滞っているらしいことを強調して力説している。調査をして何もないとわかれば営業部の人たちも安心するに違いないので、ぜひ調査に入らせてくれ、と頼み込んでいた。
案の定、少し経って許可が降りたそうだった。私は遠い目で伊藤さんを見つめている。
電話を切った伊藤さんは明るく言った。
「オッケーです! 夜間も泊まり込みの許可を得ました。いつでも調査大丈夫ですよ~」
「さ、さすがです伊藤さん……お疲れ様です」
私が声をかけると、彼は首を振って答えた。
「いやあ、たまたまだよ。結構超常現象とかを信じるタイプの知り合いだからさーむしろ面白がってたよ」
そう言いながら伊藤さんはパソコンの前に腰掛ける。九条さんが口を開いた。
「まさか伊藤さんの前職場の人が相談に来るとは」
「ですねえ。凄い偶然です。僕が勤めてた時は怪奇なんて全然なかったですし、ここ最近何かあったんですかね」
懐かしむように言う伊藤さんに、私は恐る恐る尋ねた。
「伊藤さん……前の会社なんで辞めたんですか?」
「え? ここに転職しようと思って」
サラリと言ったのを聞いておったまげる。もしかしてそうかもと思ってたけど、本当にそうだった……! ここに来るために辞めたんだ、あんな大手!
伊藤さんは懐かしむように言った。
「前の会社も楽しかったんだけどね。ほら、僕ここに最初依頼人としてきたじゃない? そこで九条さんに解決してもらって感心したと同時に、あまりにこの事務所の経営が適当すぎたのにも驚いて……なんとか力になりたいなって思ったのが始まり」
私はポッキーを貪る隣の男を見た。
確かに。今まで気にしてなかったけど、伊藤さんが来るまでここ一人で経営してたんだよね九条さん。朝すら一人で起きれないのに。どうやってやってきたんだ今まで。
九条さんも口を開いた。
「事務所に誰か人手は欲しかったんです。ですがなかなか見つからなくて。伊藤さんが働いてみたいって言ってくれた時は助かりました」
「それまで九条さん、どうやってこの事務所経営してたんですか……?」
「適当に」
「ちゃんと開いてたんですか?」
「まあ、誰も来ないなと思ったら鍵をかけっぱなしだった、ということはよくありました」
無茶苦茶じゃないか。開かずの事務所じゃん。どうせノックしても昼寝してたら起きないしなこの人。
呆れて物も言えない。伊藤さんが来てくれて本当に助かっただろうなと安易に想像ついた。それにしても、そんな適当な小さな事務所によく転職したなあ伊藤さんも……。
私の心の声にも全く気付かない九条さんは言う。
「さて本題ですが。今回は伊藤さんも同伴してもらいます、知っている場所となれば確かに調査もしやすいでしょうし。ですが先ほども言った通り相手が厄介な者だと判断すればすぐに撤収してもらいます。お守りはありますね?」
「はい、ここに!」
伊藤さんはにこやかにポケットから小さなお守りを取り出した。なんでも有名なお坊さんに特別に貰ったものらしく、これを身につけていればよっぽど霊を寄せ付けないとか。
九条さんは頷いた。
「決して忘れずに。それがあればまあすぐに危険が迫ることはないでしょう」
「オッケーです。あ、あとはパソコン持っていかなきゃなーあっちでも結局僕の仕事は調べ物などになるでしょうからね」
伊藤さんは慌ててデスク上にあるノートパソコンを操作する。私もそれを見て、いつものキャリーケースを取りに行った。
一度開いて中身を確認する。ああ、そうだポッキーの補充と、伊藤さんが来るからもう少し食料も多めに入れておこう。すでにぱんぱんなバッグになんとか道具を詰めていく。
「ううん、閉まるかなあ……」
なんとかキャリーケースのフタを閉じようと健闘しているときだ。背後から声がした。
「光ちゃん入っても大丈夫?」
「あ、はい!」
カーテンから伊藤さんがひょいっと顔を出す。そしてキャリーケースを必死に閉めようとしている私を見て、慌てて言った。
「あ! 僕が急遽参加することになったから色々荷物増やしてくれたんじゃない? ごめんね、こっちの紙袋手持ちで行くから入れてよ!」
伊藤さんが休憩室隅にある紙袋を取り出した。
「ほら、九条さんのポッキーとかもこっちにさ」
「あ、すみません、ありがとうございます……」
私は素直に再びケースを開けた。入っていた食料たちを取り出して紙袋に入れていく。
「うわ、こんなに入れてくれてたんだね……ありがとう」
「とんでもないです」
「あんまり現場に行くことないからさーあったとしてもエサ目的だし。今回はそうじゃないからちょっとワクワクしてるんだよね、不謹慎かな?」
本当に楽しみにしている子供のような顔で言ったので、私はつい釣られて笑った。伊藤さんの癒しオーラ、私も現場で頂けるなんてありがたい。
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