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オフィスに潜む狂気

依頼者の悩み

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「どうぞ」

「あ、どうも」

「初めはみなさん緊張でなかなか話し始めれない方が多いですから。急がずゆっくり話してください」

「はい……」

 花田さんは出されたコーヒーをブラックのまま一口飲んだ。九条さんは何も言わずじっと花田さんをみている。萎縮しちゃうからやめてくださいよ、と言いたくなる。九条さんの隣に座ると彼の首元にカットした髪の毛がついていたので、自然を装ってそれを払った。

 花田さんは意を決したように口を開く。

「あの、私が働いている会社でのことなんですが」

 少し俯いた視線のまま、花田さんが続ける。

「ちょっとおかしなことが続いていて」

「おかしなこと?」

 九条さんの目が光った。仕事モードに突入した表情だった。

「はい。その、まずいろんな物が移動してたり無くなったりしてるんです。それは仕事に支障が出るほどで。例えばこう……パソコンのデータが一部だけ突然消えてたとか、必要な書類が全く置いた覚えのない場所で見つかったりとか」

「なるほど。ですがそれは人為的なことと考えられませんか」

「初めはそう考えられていました。犯人探しにみんな躍起になって……でもすぐに、それは違うってわかったんです」

 花田さんは両手をぎゅっと固く握りしめる。眉をひそめながら言った。

「男性の霊が、目撃されたんです」

 九条さんが前のめりになった。私も黙って続きに耳を傾ける。

「あいにく私はみたことないんですが、同じ部署の仲間が見たという証言があって……それに、うちは大きい会社なので二十四時間録画で防犯カメラが設置されているんですが。誰かが何かを仕組んだようなことは一切録画されず、ただ現象だけが起きてるんです」

「なるほど、人為的なものはそれで否定されたと」

「……そして。その。
 男の霊を見たという仲間二人が……次々怪我を負っています」

 ぐっと力が入った。私はちらりと隣の九条さんを見る。彼も真剣な眼差しをしていた。

 霊とは力の差がかなりある。今まで出会ってきた多くの霊たちは、いろいろなパターンがあった。物を動かしたりすることで自分の気持ちを訴えかけているものもいれば、直接人間を攻撃するような危険な者もいる。私は身をもってそれを見てきた。

 そしてやはり、人間を攻撃する霊が最も厄介で怖いということもわかっている。

「怪我といいますと」

「まあ、そう大怪我ではないんですがね。脚立に乗って資料を探しているとき男の霊が目の前を通った瞬間落下して捻挫。それともう一人は夜残業していた時に霊を目撃、驚いて逃げようとした時、カッターで足を少し切ってしまって」

「なるほど、二件とも霊を見た時に起こった怪我ではあると」

「続けて二人も怪我してしまったので、さすがにみんな怖がってしまって。どこかに相談したほうがいいって声が大きくなったんです。それで私が代表してこちらを調べて……」

 そこまで言って花田さんは黙り込んだ。暗い表情だった。それは恐怖体験を話しているから、というだけの問題ではないように感じた。

 私は声をかける。

「他に何か心配ごとでも……?」

 私の言葉にピクッと反応する。花田さんはしばらく困ったように視線を泳がせ、しかしついにポツリと言った。

「うちの部長が、強く反対してまして……その、あまりそういうことを信じていないタイプらしく、そんな時間があるなら働けと怒鳴られました。それに萎縮して仲間の多くは相談はしなくてもいい、と意見を変えてしまって。板挟みになりながら今日こちらに来たのです」

 私はつい目を閉じた。花田さんが不憫だったのと、そういった現象になるのは仕方ないと思う気持ち半々だ。

 視えない人たちにとって、霊だなんて非科学的なことはまるで信じられない。確かに中には視えない人たちをターゲットにした詐欺や金儲けも存在する。私たちは受け入れ難い存在なのだ。

 でも実際仲間が困っているのも事実。花田さんは悩みに悩んでここにやってきたのだろう。

 九条さんも小さく頷き、声をかけた。

「それは確かに大変でしたね」

「でもこの不思議な現象のせいで困ってるのは確かなんです。部長もそれはわかってるはずなんですけど、どうしたらいいか分からなくて……」

「信じない人たちにとって我々の仕事とはいつまで経っても信頼できないものでしょうからね。しかし会社に調査に入るには、一社員の依頼だけでは難しいところがあります。その部長と同等、もしくはもっと上の人間に相談して調査の許可を得ては?」

「そう、ですよねやっぱり。ただ部長を飛ばして相談したらしたで、目の敵にされそうっていうか……」

 口籠る花田さんの様子を見て、いよいよその部長という人がかなり怖い人であることが想像ついてきた。

 ちょっとこう、部下を力で押し付けるタイプの人なのだろうか。厳しい男性の顔が頭の中で思い浮かんだ。

 九条さんも困ったように腕を組み、考え込む。

「ちなみにお勤めはどちらですか」

「ああ、すみません、私すっかりご挨拶を忘れていて……」

 花田さんはポケットから名刺入れを取り出した。そしてその一枚を慣れた手付きで取り出し、私たちに差し出した。

 九条さんがそれを手に取り見た瞬間、少しだけ目を見開く。私は隣から覗き込んだ。

 そこには、私ですら知っている大手企業の名前と営業部、という表記が見えた。おお、ここって。きっと合コンで勤めてますって名前を出したら一気に女性が食いつくとこだ。合コン行ったことないけど。

「あ……存じ上げています、すごい大手の企業ですよね」

 私が言うも花田さんは苦笑いをした。それと同時に、隣にいる九条さんが片手で顔を覆った。

「? 九条さん、どうしたんですか?」

 私が声をかけた時だった。
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