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オフィスに潜む狂気
こんな体験あんまりないよね?
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「前髪だけ切ってあげます、後ろはちゃんと美容室行ってください」
「後も切ってくれればいいのに……」
「黙って。ちょっと紙かティッシュか持ってて……」
切った髪が床に落ちないよう、そばにあったA4用紙を九条さんに渡した。素直に彼はそれを顔の前に持つ。その姿がなんだかちょっと可愛い、と思ってしまった自分をしばき倒したい。
私は恐る恐る九条さんの前に移動してその髪を指先で掴んだ。瞬間、緊張で全身が強張る。人の髪を切るという行為のせいか、九条さんの髪を触ってしまっているという体験のせいか、恐らく両方だろう。
身だしなみに興味のないこの男だが、触った感じ髪の毛は柔らかな髪質で綺麗だった。これも持って生まれた才能なのか。
「九条さんトリートメントなんかしてませんよね?」
「してると思いますか」
「絶対してない自信はあるんですけど、触った感じ柔らかい髪だから聞いてみました」
話しつつ、私はハサミを構えて少しだけ彼の髪をカットした。ドキドキして手が震えそう。普通、片思いの相手の前髪を切る体験味わう女いる??
失敗しないように少しずつカットを進めていく。ここで私が大失敗を遂げたら、伊藤さんがわざわざ九条さんのセルフカットを止めていた意味がなくなってしまう。
「人の……髪切るなんて……初めてだから、緊張、します……」
「適当でいいですよ」
「もう。美容室行けばいいのに……」
「人に髪を触られるの嫌いなんです」
はた、と手が止まる。九条さんの顔を見ようして視線を下げるも、A4用紙がすぐ下にあるため顔が見えない。
「……え、私触ってますけど」
「光さんは別にいいです」
先ほどまでの緊張とはまた別に、心臓が自分でも引くくらい高鳴ってしまった。ハサミを持つ手は完全に停止し、まるで動いてくれなくなった。
私は別にいいって。いやいや、深い意味は絶っっ対ない。もういい加減わかってる。多分知らない人に触られるのが嫌ってだけで、仕事仲間とかは大丈夫って意味なんだ。
……でも、いつだってこの男の言い方は私の心を揺さぶってくる。
動揺してしまったのを感づかれないように、私はすぐにハサミを動かした。とにかく今は、九条さんの前髪を成功させることだけを考えよう。
九条さんの前髪をそこそこいい出来で終え安心していた頃、突然事務所の扉がノックされた。伊藤さんならノックはしてこないはずなので、来客ということになる。
「あ、はい!」
私は慌ててハサミをかたづけ落ちた髪を払うと、急いでドアを開けに走った。
そこには、三十代前半くらいに見える男性が一人立っていた。ピンとした白いワイシャツにスラックス。サラリーマンだろうか。黒縁の眼鏡をかけ、短髪で涼しげな髪型だった。
彼は私の顔を見るとはっとしたように表情を強張らせ、やや狼狽えたようにしどろもどろ言った。
「あ、あの、こちら、心霊についてそ、相談を受けていると聞きまして……」
「はい、間違いないです。ご相談ですか?」
「あ、ええと、その……はい」
歯切れの悪い返事だが、私は特に気にせず中へ招き入れた。彼はゆっくりと事務所内へ入ってくる。一旦中を見渡し、そしてソファに座っている九条さんをみて不思議そうな顔をした。
「どうぞ、あちらへ」
私は促す。小さく頭を下げたその男性は九条さんの前に行き、黒いソファへ腰を下ろした。
その後も落ち着かない様子でキョロキョロと辺りを見ていた。だがこれは依頼者の方にはよくある光景だ。心霊調査、という怪しい響きに身構えて訪問してくる人は多い。だがうちは意外とよくある事務所だし、スタッフも若くて普通(に見える)人ばかりなので、みんな面食らうのだ。
私は一旦奥へ入りコーヒーを入れる。伊藤さんがいないので必然的に私の仕事となる。少し離れたところから、九条さんの声がした。
「初めまして。この事務所の責任者の九条尚久です」
「はあ、初めまして……花田浩二と言います」
「花田さん。今回はどういった内容で」
単刀直入に尋ねる九条さんに、花田さんは少し戸惑っているようだった。九条さん自身、ニコリともしない能面キャラなので、なかなか話し出しにくいかもしれない。
私は花田さんにコーヒーと、九条さんには水を用意すると事務所の方へ戻る。こう言う時伊藤さんがいると依頼人さんの緊張をほぐしてくれるのになあ。
「後も切ってくれればいいのに……」
「黙って。ちょっと紙かティッシュか持ってて……」
切った髪が床に落ちないよう、そばにあったA4用紙を九条さんに渡した。素直に彼はそれを顔の前に持つ。その姿がなんだかちょっと可愛い、と思ってしまった自分をしばき倒したい。
私は恐る恐る九条さんの前に移動してその髪を指先で掴んだ。瞬間、緊張で全身が強張る。人の髪を切るという行為のせいか、九条さんの髪を触ってしまっているという体験のせいか、恐らく両方だろう。
身だしなみに興味のないこの男だが、触った感じ髪の毛は柔らかな髪質で綺麗だった。これも持って生まれた才能なのか。
「九条さんトリートメントなんかしてませんよね?」
「してると思いますか」
「絶対してない自信はあるんですけど、触った感じ柔らかい髪だから聞いてみました」
話しつつ、私はハサミを構えて少しだけ彼の髪をカットした。ドキドキして手が震えそう。普通、片思いの相手の前髪を切る体験味わう女いる??
失敗しないように少しずつカットを進めていく。ここで私が大失敗を遂げたら、伊藤さんがわざわざ九条さんのセルフカットを止めていた意味がなくなってしまう。
「人の……髪切るなんて……初めてだから、緊張、します……」
「適当でいいですよ」
「もう。美容室行けばいいのに……」
「人に髪を触られるの嫌いなんです」
はた、と手が止まる。九条さんの顔を見ようして視線を下げるも、A4用紙がすぐ下にあるため顔が見えない。
「……え、私触ってますけど」
「光さんは別にいいです」
先ほどまでの緊張とはまた別に、心臓が自分でも引くくらい高鳴ってしまった。ハサミを持つ手は完全に停止し、まるで動いてくれなくなった。
私は別にいいって。いやいや、深い意味は絶っっ対ない。もういい加減わかってる。多分知らない人に触られるのが嫌ってだけで、仕事仲間とかは大丈夫って意味なんだ。
……でも、いつだってこの男の言い方は私の心を揺さぶってくる。
動揺してしまったのを感づかれないように、私はすぐにハサミを動かした。とにかく今は、九条さんの前髪を成功させることだけを考えよう。
九条さんの前髪をそこそこいい出来で終え安心していた頃、突然事務所の扉がノックされた。伊藤さんならノックはしてこないはずなので、来客ということになる。
「あ、はい!」
私は慌ててハサミをかたづけ落ちた髪を払うと、急いでドアを開けに走った。
そこには、三十代前半くらいに見える男性が一人立っていた。ピンとした白いワイシャツにスラックス。サラリーマンだろうか。黒縁の眼鏡をかけ、短髪で涼しげな髪型だった。
彼は私の顔を見るとはっとしたように表情を強張らせ、やや狼狽えたようにしどろもどろ言った。
「あ、あの、こちら、心霊についてそ、相談を受けていると聞きまして……」
「はい、間違いないです。ご相談ですか?」
「あ、ええと、その……はい」
歯切れの悪い返事だが、私は特に気にせず中へ招き入れた。彼はゆっくりと事務所内へ入ってくる。一旦中を見渡し、そしてソファに座っている九条さんをみて不思議そうな顔をした。
「どうぞ、あちらへ」
私は促す。小さく頭を下げたその男性は九条さんの前に行き、黒いソファへ腰を下ろした。
その後も落ち着かない様子でキョロキョロと辺りを見ていた。だがこれは依頼者の方にはよくある光景だ。心霊調査、という怪しい響きに身構えて訪問してくる人は多い。だがうちは意外とよくある事務所だし、スタッフも若くて普通(に見える)人ばかりなので、みんな面食らうのだ。
私は一旦奥へ入りコーヒーを入れる。伊藤さんがいないので必然的に私の仕事となる。少し離れたところから、九条さんの声がした。
「初めまして。この事務所の責任者の九条尚久です」
「はあ、初めまして……花田浩二と言います」
「花田さん。今回はどういった内容で」
単刀直入に尋ねる九条さんに、花田さんは少し戸惑っているようだった。九条さん自身、ニコリともしない能面キャラなので、なかなか話し出しにくいかもしれない。
私は花田さんにコーヒーと、九条さんには水を用意すると事務所の方へ戻る。こう言う時伊藤さんがいると依頼人さんの緊張をほぐしてくれるのになあ。
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