130 / 449
真夜中に来る女
小話5
しおりを挟むこれはまだ、事務所が男二人で経営されている頃。
「あ……九条さん、また昼食ポッキーで済ませましたね?」
伊藤陽太はギロリと九条氏を睨んだ。昼食から帰ってきて事務所に入ると、ダルそうに椅子に腰掛けている九条氏の姿が目に入った。彼の隣には空になったポッキーの袋が置いてあったのだ。
九条氏は眠そうに欠伸をして言う。
「外に出るのが面倒だったので」
「だからってポッキーで済ますことないでしょうが! いつも言ってるでしょう? 糖尿病になりますよ!」
彼の怒りの声も九条氏には届かない。なんせ彼にとってはこの昼食が日常なのだ。
めんどくさがりで食にあまり興味のない九条氏は、昼食もよく例の菓子で済ましてしまう。事務所奥にある小さなキッチンには、他にもそれなりに食料があるのに、だ。
「だから! 裏にレトルトとか、冷凍庫にはパスタとかチャーハンとか入ってますって! せめてポッキーじゃなくてそういうのにしてくださいよ」
九条氏のために買ってきたものたち。それでも、あまり減ることはなかった。伊藤陽太の努力はいつも無駄に終わる。
悪びれもなく九条氏は言った。
「温めるのが面倒なんです」
「チンするだけー!」
「それすらも。時々あなたと外食することもあるしいいではないですか」
「時々じゃないですか! 本当に時々! 言ってくれれば帰りに何か買ってきてあげますから、ポッキーで済ますのはやめてくださいよ~」
伊藤は今日も頭を抱える。偏食が凄い子供ですらこんなことはない。なんでこの人こんな食生活で生きてこれたんだろう。
よろよろと脱力しながら、目の前のソファに腰掛ける。どうして自分はこんなことで悩んでいるんだ、仕事内容に上司の健康管理なんて含まれていなかったはずなのに。
「わかりきったこと聞きますけど九条さん料理しないんですか」
「ええ全く」
「でしょうね。夕飯とかどうしてるんです?」
「大概外食かレトルトです」
「まあ……男の一人暮らしってそんなもんっちゃそんなもんですけど~」
九条氏も伊藤も一人暮らしだった。一人分のために料理をするのは面倒な気持ちはよく分かる。まあ、買って食べてるならまだいいか。
伊藤は少し安心して笑った。
「まあ、僕も夕飯そんな感じが多いですけど。作ったりもしますが、ご飯だけ炊いて惣菜買うとか、肉焼くだけーとか……」
「ご飯なんて炊いたことないです」
「……えっ?」
伊藤が振り返る。飄々とした男前がこちらを見ていた。
「炊飯器なんて、持ってないですよ」
日本人なのに炊飯器を持っていない!??
そりゃ仕事で疲れてたらご飯を炊くのすら面倒な日はある。でも、普通形だけでも家電を買わないだろうか。初めから料理なんかしてたまるかという九条氏の強い意志がみえる。
唖然としてる伊藤に、さらに言った。
「ここ一週間は以前ため買いしたカレーばかりです。ご飯もレトルトの」
「一週間……?」
「他に食料がなくて。買って帰るのも面倒で」
「…………」
昼はポッキー、夜は一週間レトルトカレー(ご飯もレトルト)。いよいよ本気で九条氏の健康面が心配でたまらなくなってきた。
青ざめた顔で伊藤は頭をかく。彼の世話焼きの性格が疼きだす。
多少なら料理は出来る。ここはあれか、昼食は栄養バランスのとれた弁当でもこしらえてくるべきか。上司の健康のために。
そう考え、彼はそんな光景を想像する。九条さんのために弁当箱を買って、九条さんのために作って、弁当箱を洗って……
…………
だめだ!! 野郎が野郎にそんなことをするなんて!! さすがの僕も耐えられない!!!
「どうしました、さっきから一人百面相して」
キョトン、とした九条氏がこちらを見てくる。ゲンナリした伊藤は、項垂れて言った。
「うちの事務所……面倒見のいい女の子とか入ってこないですかねぇ……」
「女性、ですか」
「出来れば料理得意な」
「視える人は探してますがね、性別は特にこだわってませんから」
どうか僕の苦悩をわかってくれる人が入って欲しい。彼は祈る。九条さんへのツッコミと世話を手伝ってくれる女の子がいい。
上司の食事について悩む社員も、彼ぐらいのものだ。
29
お気に入りに追加
532
あなたにおすすめの小説
本当にあった怖い話
邪神 白猫
ホラー
リスナーさんや読者の方から聞いた体験談【本当にあった怖い話】を基にして書いたオムニバスになります。
完結としますが、体験談が追加され次第更新します。
LINEオプチャにて、体験談募集中✨
あなたの体験談、投稿してみませんか?
投稿された体験談は、YouTubeにて朗読させて頂く場合があります。
【邪神白猫】で検索してみてね🐱
↓YouTubeにて、朗読中(コピペで飛んでください)
https://youtube.com/@yuachanRio
※登場する施設名や人物名などは全て架空です。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
意味がわかると怖い話
邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き
基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。
※完結としますが、追加次第随時更新※
YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*)
お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕
https://youtube.com/@yuachanRio
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
すべて実話
さつきのいろどり
ホラー
タイトル通り全て実話のホラー体験です。
友人から聞いたものや著者本人の実体験を書かせていただきます。
長編として登録していますが、短編をいつくか載せていこうと思っていますので、追加配信しましたら覗きに来て下さいね^^*
10秒で読めるちょっと怖い話。
絢郷水沙
ホラー
ほんのりと不条理なギャグが香るホラーテイスト・ショートショートです。意味怖的要素も含んでおりますので、意味怖好きならぜひ読んでみてください。(毎日昼頃1話更新中!)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。