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真夜中に来る女
女同士の会話
しおりを挟む徒歩五分もしないうちに銭湯は見えてくる。私としては慣れ切った場所だ。調査が終わるとここにくる比率が高い。
だが今日は隣に美女を連れてご来店。やや緊張しながら料金を支払って中に入った。
タオルなどのグッズを一通り購入した麗華さんは、その後すぐになんの躊躇いもなく服を脱ぎ捨てた。羞恥心なんてまるでないみたいだった。これだけ美人だと恥ずかしいとか思わないのか。
やや困りながら私も服を脱いでいると、呆れたように麗華さんが言う。
「女同士で何恥ずかしがってんの」
「い、いや、普通じゃないんですか!?」
「あれ? へえ、意外と脱ぐとあなた……」
「感想はいりません!!」
慌ててタオルで体を隠すと、麗華さんは面白そうに笑った。そのまま中に入り、二人で並んで洗い場に座る。
まさか初めて会って間もない麗華さんと裸の付き合いをするとは思ってもみなかった。緊張してしまう。頭を洗いながら私はうろたえた。ただそれでも、どこか楽しいと思っている自分もいた。
今まで友達という友達も作ってこなかった私が誰かとお風呂に入りに来てるなんて。仕事終わりの付き合いみたいな感じだけど、修学旅行みたいでどこか面白かった。しかもちょっと気まずく思っていた麗華さんが相手だなんて、本当に予想外。
入念に体を洗い終えた頃横を見ると、麗華さんが私を待っていてくれたのに気がついた。私が終わったのを目で見ると、無言でお風呂の方へ向かっていく。隠しもせず堂々と歩いてくのがまた麗華さんらしい。
その背中を追って湯船に入った。温かな温度が体を包み、調査の疲れが一気に抜ける気がした。ふうーと長い息を吐く。
解決、した。呪詛については。そのほかの問題が色々あるけれど、とりあえず私たちができることは終了したのだ。
樹海の中で地面に座り込み泣き喚く八重さんの姿を思い出した。つい自分の目にも涙が浮かぶ。解決したけど、あまりに後味が悪すぎる。
「悪かったわ」
突然そんな言葉が隣から聞こえて横を向く。麗華さんが肩をほぐすように回しながら言った。
「あなたに途中突っかかったりして。悪かったわ」
「あっ、いえ、そんな。私もでしゃばりすぎましたしっ」
「間違えたこと言ってなかったわよ。それどころか八重さんの妊娠について気づけた。あれがなかったらもっと時間かかってたし、もしかしたら呪詛返しをする羽目になってたかも。あなたの手柄よ」
「そ、そんな、結局女を祓ったのは八重さんですし、胎児を狙ってることに気づいたのは九条さんで……」
小声になりながらぶつぶつと言う。ふっと麗華さんが笑った。
「ねえ、あなたって普段弱々しいかと思えば急に強くなるのなんなの? 女が近くにきた時いつだって身を呈して八重さんを庇ってたし、あの最低男にはビンタ食らわせてたじゃない」
「あ、あれは!」
「結構ガッツあるわよね。ちょっとスカッとしたわ、まあ私ならグーで殴って歯の一本でも折らなきゃ気がすまないけど」
ケラケラと笑いながら麗華さんが言った。冗談ぽく言ったけど、これ冗談じゃないな。私は心の中でそう呟く。
麗華さんは両腕をうーんと伸ばす。
「ナオのパートナー勤めてるだけのことはあるわね。まあまだ経験不足は否めないけど、すぐに成長するわよ。向いてるわこの仕事」
優しく笑いながらそういう麗華さんの顔を見て、ぐっと嬉しさが湧き出た。これだけすごい霊能者の人にそう言ってもらえるなんて、自信に繋がる。緩む頬もそのままに頭を下げた。
「麗華さんにそう言ってもらえると嬉しいです、ありがとうございます!」
「まあいろんな現場あると思うけど頑張って」
「あ、一度聞いてみたかったんですけど。私はいられやすいんです、それってどうにか制御できませんか? よく九条さんに迷惑かけちゃって」
ああ、と麗華さんは思い出したように頷く。
「そういえばそう言ってたわね。入られやすいって」
「気がついたら入られてるんです」
「でも今こうして生きてるってことは自分で出てこれるってことね?」
「ええ、今までは……時々九条さんに起こしてもらったこともありますけど。それ以前にも入られた経験はあります。どれも自力で目覚めてました」
「へえ、それ一種の才能よ。訓練すればうまく制御できるようになるわよ」
麗華さんの言葉に飛びついた。もし入られやすい体質をなんとかできれば、九条さんに迷惑をかけずに済むし、もしかしたら調査に役立てるかもしれないと思ったのだ。
「訓練って!?」
「それよりまず、入られるタイミングだけど。そう言うのは大体霊と波長が合ってしまう時になるのよ。なんかやたら落ち込んでたりマイナスなこと考えてたりするときになってない?」
聞かれてううんと考えてみる。今まで自分が入られてきたタイミングを振り返ってみた。
そういえばそうだ。普段からネガティブ思考なのもあるが、特に一人でマイナスなことを考え込んでしまった直後、怖い目に遭っている気がする!
「確かにそうです……!」
「やっぱりね。じゃあ入られないようにするには簡単。マイナスなことを考えないようにする。逆も然り。
あとは脱出する方法だけど、こればっかりはやり方に個人差があるのよねえ。大事なのは自分が今入られているって気づくことよ」
「あ、私いつも気付けません……」
「気づくのも難しいわよね。夢の中でこれは夢だって気付けって言ってるようなもん。出来る人はできるけどできない人はできないのよね。
とにかく少しでも状況がおかしいと思ったら落ち着いて一旦冷静になる。そして自分の脈でもみてみなさい」
「脈?」
私は自分の手首を見た。
「そこでもいいけど首のが分かりやすいわよ。入られてる最中なら脈なんて見つからないから。ドキドキしてると思っててもただの感覚よ。脈がないと思ったらそれは夢の中と一緒。さめろと自分を言い聞かせるしかないわね」
そっと自分の首に手を当ててみた。規則的な音が肌を通じて感じる。これがなかった時、私は何者かに支配されているのか。
でもううん、怖い思いをしているときに冷静に自分の脈を見ようと思えるだろうか……それが一番難しいんだよなあ。今自分が見ている世界を嘘だと疑うだなんて。
「頑張ってみます。とにかく経験を積んでみるしかない気がしてきました……」
「その通りよ。意識が変われば意外とすぐに気付けたりもするから。頑張ってね」
麗華さんはううんと伸びをして首を回す。さてそろそろ温まった頃か、と思ったとき、彼女が思い出したように言った。
「あ、そうだ。もう一つ謝らなきゃ」
「え?」
「私あなたに嘘ついてたから」
小さく首を傾げる。嘘、とは。
麗華さんはこちらを見ることなく、ややバツが悪そうにして言った。
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