上 下
121 / 449
真夜中に来る女

これが愛?

しおりを挟む




 八重さんは妊娠していた。今現在三ヶ月で、お腹も目立たないので誰も気が付かなかった。

 彼女自身、何度か言おうとしたがあえて言う必要もないかと思い私たちに黙っていたらしい。言っても余計な心配をかけるだけだからと。

 そもそも結婚のきっかけも妊娠だったそうだ。





『八重さんって、妊娠してるんですかね?』

 玄関でしゃがみながら、私はふと思い浮かんだ言葉をそのまま呟いた。背後に立っていた九条さんが目を丸くする。

『……なんと言いました』

『あ、いえ、ふと思っただけで……』

『なぜそう思ったのです』 

 九条さんが珍しく言葉に被せるようにして尋ねてきた。その表情はずいぶん切羽詰まってるように見えて、私は驚きながらも、目の前に並んでいた靴を指さした。

『八重さん、パンプスが好きだってご自身が作られた靴を色々見せてくれたんです。どれもヒールのある靴でした。八重さんのファッションも確かにヒールが似合う服装じゃないですか』

『私はよくわかりませんが』

『でも、そのヒールたちは靴箱に仕舞い込んで、出ているこの靴はローヒールのものだから……。それに、初めてうちの事務所に来たときも、そしてこの家に来てからも、八重さんはコーヒーとかお茶とかカフェインが入ってるもの飲んでないんです。いつもジュースとかで』

『……妊娠、してる?』

『あっ、私の勝手な憶測だし、こう言う問題はデリケートだから……って九条さん!?』

 呼び止める間も無く九条さんは踵を返しリビングへと戻った。そしてストレートに八重さんに、今妊娠しているという事実があるのかと尋ねたのだ。

 彼女はそうだと言った。隠してたつもりはなかったけれど、と。

 女を家に招き入れた時、八重さんの身代わりに最初は反応したものの、女はすぐに興味を無くした。麗香さんが完璧に作り上げた身代わりをなぜ見抜いたのかと疑問だった。

 それは単に、女の狙いは初めから八重さんではなくお腹の中にいる胎児だったからだ。胎児の気を感じないマネキンには興味がなかった。だからあの身代わり計画は失敗に終わってしまった。

 八重さんに聞いたところ、彼女の妊娠について知っているのはまさこさんと婚約者の京也さんのみだった。職場の人たちにも、言うより先に女のことでバタついたため誰にも言えていないと。そうなれば、候補者はその二人に絞られる。

 ここで肝心なのは、相手が胎児であるということだ。

 普通生きている人間に呪詛をかける際、写真や生年月日に名前、髪の毛などの体の一部、もしくはその人が愛用している物を使うことも可能だそうだが、胎児相手には写真しか手段がなくなる。胎児にはまだ名前もないし体の一部を用意することもできない。

 お腹のエコー写真を誰かにあげたか。その質問に、八重さんは京也さんの名前を挙げた。少しでも父性を育てるために、今まで撮ったエコー写真は全て京也さんにあげてきたと。

 そこで九条さんの中では京也さんが今回の犯人だと確定したらしかった。

 京也さんが言っていた『結婚前に片付けなければいけない案件』とは、

 胎児を葬ることだった。




「なん、で……」

 自分の喉から震える声が出た。目の前が涙でぼやける。

 あれだけ京也さんを信じてると言っていた八重さん。この事件が片付いたら二人で暮らしていくんだと言っていた八重さん。そこにはきっと、いずれ新しく迎えるもう一人の家族も含まれていたはずなのに。

 なんて、ひどいことを。

「なんで自分の子供をそんなことしたんですか……! あなたの子供でしょう? そんなに八重さんとの結婚が嫌だったんですか!」

 つい目の前の男に詰め寄った。後ろから九条さんが肩を掴んで止めに入る。それでも私は止まれなかった。

「ひどい、ひどすぎる! なんで!?」
 
 京也さんはじっと私を色のない目で見つめた。その表情からは感情がカケラも読み取れない。

「僕が八重との結婚を嫌がる? 何を言ってるんですかあなたは」

「え?」

 京也さんはゆっくり振り返った。そして、木にもたれ釘と針だらけになっているエコー写真を愛おしそうに撫でた。その光景が異様で言葉を失くす。

「この子はね、八重と僕の結婚を実現化させてくれた天使です。きっと妊娠がなくてはこんなに早く結婚できなかった。八重は本当に素晴らしい人間です、あんなに素敵な女性はこの世にいません」

 九条さんがぐっと私の肩におく手の力を強めた。目の前の頭のおかしい男をただ二人で見つめる。

「八重を本当に愛しているんです、誰よりも。誰にも渡したくない!! 結婚して、永遠に僕だけのものにできるんです、こんな嬉しいこと他にないでしょう?」

「…………」

「でも、それでこの子の役目は終わりです。あとは生まれてこなくていいんです。だって、子供なんて生まれたら八重は子供ばかり見てしまうでしょう? 
 彼女は僕だけ見てればいいんです。他のものに夢中になるなんて考えられない。子供は邪魔です、八重と二人きりの生活に」

 光悦の表情で彼はそう言った。

 私たちはただエコー写真を撫で続ける男を愕然と見つめた。

 狂っている。それだけが分かった。

 伊藤さんが、京也さんの愛情が少し度を超えている感じがすると感想を言っていたけれど正しかった。これは異常な愛だ。八重さんを独り占めしたくて、お腹の中にいる自分の子供まで殺そうとする男のどこに正気などあろうか。

 これが、愛?

 笑わせないでほしい!

 私は九条さんの手を強く振り払った。そして一気にあの男に駆け寄ると、その頬を思い切り引っ叩いた。人をこんなに本気で殴れる日が来るだなんて思ってもみなかった。手のひらが熱く痛む。

「光さん」

 九条さんが私を冷静に制す。それでも私は京也さんから視線を逸らすことはない。この狂った男のしでかしたことがどうしても許せなかった。
しおりを挟む
感想 51

あなたにおすすめの小説

意味がわかると怖い話

邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き 基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。 ※完結としますが、追加次第随時更新※ YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*) お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕 https://youtube.com/@yuachanRio

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

あなたのサイコパス度が分かる話(短編まとめ)

ミィタソ
ホラー
簡単にサイコパス診断をしてみましょう

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

みえる彼らと浄化係

橘しづき
ホラー
 井上遥は、勤めていた会社が倒産し、現在失職中。生まれつき幸運体質だったので、人生で初めて躓いている。  そんな遥の隣の部屋には男性が住んでいるようだが、ある日見かけた彼を、真っ黒なモヤが包んでいるのに気がついた。遥は幸運体質だけではなく、不思議なものを見る力もあったのだ。  驚き見て見ぬふりをしてしまった遥だが、後日、お隣さんが友人に抱えられ帰宅するのを発見し、ついに声をかけてしまう。 そこで「手を握って欲しい」とわけのわからないお願いをされて…?

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

適者生存 ~ゾンビ蔓延る世界で~

7 HIRO 7
ホラー
 ゾンビ病の蔓延により生きる屍が溢れ返った街で、必死に生き抜く主人公たち。同じ環境下にある者達と、時には対立し、時には手を取り合って生存への道を模索していく。極限状態の中、果たして主人公は この世界で生きるに相応しい〝適者〟となれるのだろうか――

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。