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真夜中に来る女

これが、真実。

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「麗香、相手に気づかれないように行きましょう。危険もありますよ」

「オーケー」

 高いヒールで器用にも足場の悪い中をどんどん彼女は進んだ。私は気を引き締め、とにかくはぐれないように九条さんの白い服の背中を必死に追いかける。こんなところで逸れたりなんかしたらそれこそ死だ。

 三人縦並びで樹海の中を進んだ。もはや方向感覚は分からなくなっていた。ただ同じような木たちばかりに囲まれ土を踏み続けた。樹海の中はずいぶん寒く、春だというのに私は震えがくるほど冷える。

 しばらく歩いた時だった。先頭だった麗香さんが突如ピタリと足を止めた。振り返ってみると、かなり歩いたと思っていたのに後方に九条さんの車が小さくだが見えた。車が見えたことに、とりあえず少しはホッとする。

「しっ」

 麗香さんの厳しい声が聞こえる。はっとし、私と九条さんは足音を立てないようそうっと麗香さんの隣に行き、懐中電灯の明かりが前方にあたらないように地面に向けた。

 その瞬間、ぶわっとした異臭に包まれむせ返りそうになるのを必死に押さえた。

 ああ、あの匂いだ。女がくるときにいつも匂うあの強烈な。

 涙目になりながらも麗香さんがじっと見つめている先を見た。凛として立つ樹木たちが並ぶ隙間から、一人の人間が見えた。

 それはスラリとした短髪の男性の横顔だった。

 彼が一本の木々に向かって何かをしているのがわかる。まだ私たちには気がついていないようで、集中して必死に何かをしている。

 これまで呪いといえば、白装束を着た女が恐ろしい形相で藁人形に釘を打ち付けているイメージだった。でもそれはまるで違う。そこにいる人は、どこか嬉しそうにしていた。私服は至って普通のもので、ジーンズにシャツを着ている。爽やかそうに見える人が、こんな夜中に何を。

 無言で九条さんが動いた。私と麗香さんは引き止める間もなくそれを追いかける。ズンズンと速い足で京也さんに近づいていく。

 そしてそれと同時に、異臭がさらに強いものになってくるのに気がついた。普段とはどこか違う気がする。いつもより生々しくて、鼻につんとくるような……

「何をしてるのです」

 彼はそう声をかけた。

 金槌を持っていた手をピタリと止め、男性がこちらを振り返る。こんなところで人に会うとは思ってなかったのだろう、目をまん丸にして私たちを見た。

 なかなか高身長で、彫りの深めな男性だった。真面目そうな雰囲気を感じる。人を呪うだなんてしそうにない、普通の男性だった。

「誰ですかあなたがた」

「私の質問が先です。何をしてるのですか和田京也さん」

 名前を呼ばれたことに対し、京也さんはさらに驚いた。手にしていた金槌が地面に落ちる。

「なん……? なぜ僕の名前を? あなた方一体?」

「あなた、大川八重さんに呪詛を掛けてらっしゃるのですか」

 九条さんは続けた。初めて京也さんの体がピクリと動く。

 九条さんは返事を聞くことなくさらに近づいていった。私や麗香さんも続く。もはや鼻がもげてしまいそうな匂いに苦しみながらも私は一本の樹木に近づいた。

「クッサ」

 突然そんなことを言ったのは麗香さんだ。

 彼女は鼻をつまみ顔を歪めて樹木を見た。

「あんたね、どんな人間よ。どおりで女が来る時あんなに臭ったわけね。
 素人がずいぶんと危ない呪詛のやり方してんじゃない」

 麗香さんの声には怒りが満ちていた。

 私は持っていた懐中電灯を目の前の樹木に当てる。その瞬間、小さな悲鳴を漏らしてしまい、つい数歩後ずさった。

 まさか。この匂い。

 愕然として目の前を見つめた。自分が掲げる懐中電灯の明かりが震えている。

 樹木の周りには多くの小動物たちの死骸があった。よくよく見ればやけに虫の死骸も多い。まさか、さきほどから感じていた匂いは現実で匂っていたのか。

 そうだ、女が来るときの匂い……土のような、血生臭いような、酸っぱいような不快な匂い。この状況の匂いだったのか……!

 私はただ黙って近くに立つ京也さんを見た。彼は特に焦る様子もなく真顔でこちらを見ていた。その表情が恐怖心を煽る。

「しかもこの木自体が首吊り死体あった木でしょ? 私にはわかるのよ。そりゃー強力な呪詛も出来上がるわ、これだけ周りの死者の気を巻き込みながら完成させた呪詛なんだものね。その執念感心するわ、そんなに憎かった?」

 怒りに任せて言う麗香さんの言葉にも、京也さんは何もこたえなかった。瞳を揺らすこともなくただじっとこちらを見ている様は人形のようだ、とも思う。

 九条さんがゆっくり懐中電灯を動かす。そしてある場所で、そのあかりがピタリと止まった。

「…………やはり」

「あなたがたなんですかさっきから。邪魔をするつもりなら」

「あなたは八重さんを呪っていない」

 木に貼り付けられ、無数の針と釘で打ち付けられた写真をみる。私はわかりきっている答えだったが、唇を噛み締めながらその写真をしっかりと確認した。

 そして想定内だったそれを見て、あまりの結末に俯いて涙をこぼした。



 
 八重さんのお腹の中にいる小さな命のエコー写真だった。






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