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真夜中に来る女
ふと、思いついたこと
しおりを挟む実害はなかったもののやはり女の嫌な気は強すぎるしなんと言ってもビジュアルが凄まじい。洗面所で手を洗い、気持ちを戒めた。
一番不安を抱いている八重さんの前で、私がびびってちゃダメなんだよなあ。でも怖いものは怖いんだ。
目の下にうっすらできたクマに顔をしかめ、トイレから出る。
ええと、なんだったっけ。女が来る前何してたんだっけ……ああそうだ、八重さんの結婚の障害とやらを本人に聞いてたんだ。でも特にめぼしい情報はなし、と。京也さんが言っていたのはあまり重要なことじゃなかったのかなあ……。
居間へ戻ろうと足を踏み出すも、なんとなくあそこへ戻るのが億劫になり足を止める。正直あまり広いとは言えない部屋に人数はやたら多いし、麗香さんにもやや避けられているしで気まずい。
少しだけ一人で休憩しよう。
そう思い、和室へ戻ろうとしたとき、ふと目に入ったのは玄関のガラス戸だ。
今は外には誰もおらず、明るい日差しが差し込むだけのよくある玄関になっている。
なんとなくふらふらとそこへ歩き、膝を抱えてしゃがみ込んだ。
ぼんやりと扉を眺める。
いつだって女はここから訪問し、一度はまさこさんに化けて出てきた。女も学ぶのだろうか。ここに招き入れた昨晩、扉をくぐってきたあの風貌に動き……思い出しても身震いする。
女が足の骨を折りながらも八重さんに駆け寄ってきた光景を思い出してしまい慌てて思考を止めた。恐怖心はいいことないって、麗香さんも言ってたから!
ふるふると一人で首を振って、思考を違う方向へ持っていこうと努力する。伊藤さんからの情報もあったし、なんとか呪詛をかける相手が誰か候補だけでもあげれないものか。ええと、結婚するとなれば他に誰が関わるんだ? ううん……。
考えてもまるでわからなかった。ぼりぼりと頭を掻く。一応婚約まで行った経験ある女なんだけどな。
またため息をつきながら、目の前に並んだ靴を眺めた。あまり意識したことなかったけど意外と九条さん綺麗な靴履いてるんだなあ。イメージとしては穴でも空いてるかと思ってた。
みんなヒールのない靴の中、一つだけポンと高さのあるそれは無論麗香さんのものだ。やっぱりお洒落だし高そう。私には分からないけどブランドものかな。
てゆうか、この中でも私の靴ってやっぱり一番ボロい……この調査終わったら買い替えよう。
「……ってなに人の靴観察してるんだ私は。変態か」
八重さんが靴について語ってくれたおかげだろうか。なんだか気になるようになっちゃった。
生き生きして可愛らしいパンプスを紹介してくれた八重さんの姿を思い出して少し笑う。早く解決して仕事復帰させてあげたいな、あんなに好きそうにしてるんだから……。
「どうしましたそんなところで」
突然声がかかってびくっとする。振り返ると九条さんが立っていた。私は慌てて立ち上がる。
「あっ、決して変態ではなく……!」
「はい?」
「ちょっとひと休憩入れたくて、八重さんに語られたせいか人の靴が気になっちゃって」
「はあ靴ですか」
九条さんは興味なさそうに言った。そうだよね、九条さん靴になんて興味ないよね。
「八重さん靴を作ってるお仕事で、かなりお好きなんですって」
「ああ、伊藤さんから送られた情報にありましたね、そういうお仕事だと」
「私もそろそろ買い替えたいなって。九条さんは靴とか興味あります?」
「身につけるものの中では唯一買うときに時間をかけますね」
「えええ!」
あまりの驚きに声を上げた。九条さんは目を座らせて言う。
「そんなに驚くこと言いましたか?」
「九条さんが靴に興味あるなんて……! 履ければサンダルでも下駄でも気にしなそうなのに!」
「デザインは別になんでもいいですよ。ただ仕事上歩き回ることが多いので。疲労軽減のために履き心地だけは良く見てます。履き心地がいいのなら下駄でいいですよ」
ああ、そういうことね。なんとなく安心した。それでこそ九条さんだ。下駄はやめてほしい。
胸を撫で下ろして言った。
「よかった、九条さんらしい答えでした……」
「なんと言いますか褒められていないのだけは分かりました」
「あはは、すみません。でも私も履き心地重視です。麗香さんみたいなヒールのある靴も可愛いですけど調査には向かないし、まあそもそも似合わないかもですけど……」
九条さんがゆっくりとこちらに歩み寄り、並べてあった靴を眺めた。そして表情ひとつ変えずに言う。
「あなたも似合うと思いますよ」
「…………
えっ」
「でもまあ確かに調査でこの靴は大変でしょうね。女性は色々種類が多くて困りますね」
出た、この男の天然で女を喜ばせる発言。普段何事にも気をつかえないやつの癖に、突然こういうこと言ってくれるんだから。
喜んでしまった顔を隠すように九条さんから顔を背けた。
「あ、ありがとうございます。そのうちプライベートで買います……」
出かけていくところないけど。
少し温かくなった胸を抱えて膝を抱えた。単純すぎるなあ自分は。
そう苦笑いしたときだった。
ふと。本当にふと、頭の中でひとつの疑問が浮かび上がったのだ。
なぜこのタイミングでそれが閃いたのかと自分でも疑問に思うほどだった。独り言のようにポツリと口から言葉が漏れる。
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