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真夜中に来る女
結婚の障害
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『あ、光ちゃんお疲れ様~!』
「お疲れ様です、伊藤さん」
『昨日大変だったみたいだね……』
「え、ええ、私は何もしてませんが。麗香さんが助けてくれました」
『無事で何よりだよ。気をつけてね。
では早速ですがまた調べ上げた情報を報告しますね』
優しく心配してくれた後、伊藤さんの声がやや低くなった。私は無意識に背筋を伸ばす。果たして、なにか分かったのだろうか。たった一日だけど……
『結論から言いますと、現段階では八重さんに呪詛をかけそうな人は見当たらないんです』
伊藤さんの少し困ったような声に私と九条さんは顔を見合わせる。
『まず疑ったのが婚約者について。京也さんに想いを寄せてる女性による逆恨みなどを疑ってみました。確かに京也さんは仕事もできるし真面目な方で人気な人なんですけど。八重さんもやっぱり職場での評判が良い方で、あの二人ならお似合いだねという感じらしいです』
九条さんは小さく頷く。私もその線が一番濃いなと思っていたのだが……。
『京也さんに言い寄ってる女性もいないしそんな噂も聞かない。今のところ空振りです』
伊藤さんがため息混じりに言った。
『まあ、まだ調べきれてないと思うのでもっと追いますけどね。
あともう一点、この京也さんという方自身についても調べて見ました。例えば八重さんとの結婚が決まった後他に好きな女性ができて八重さんを疎ましく思ったとか、そういうことを想定して』
ドキンと胸が鳴る。先ほど八重さんと話したこともあり、どうかそんな内容であってほしくないと思った。京也さんが浮気していた、なんて。
『で。僕昨日京也さんに接触してきました』
「え!?」
驚きで私は声を漏らす。九条さんは慣れてますと言わんばかりに表情を変えなかった。だってまさか、まだ調べ始めて間もない人に直接……!?
『たまたま京也さんが友達と居酒屋で飲んでてね? 酔っ払いのフリしてそこにはいりこんで、色々聞いてみたんだよね。お酒も入ってると人の口って軽くなることが多いから飲みの席は結構重要。ちなみにそこそこ仲良くなって連絡先は交換できたから次に繋げることも可能』
空いた口が塞がらない。お化けだ。伊藤さん、コミュ力のお化けだ……! もし私だったら、いくらお酒の席とはいえ知らない人たちに話しかけるだなんて無理だし、その後色々聞き出すなんてもっと無理。
唖然としている私を放って九条さんは先をうながした。
「どうでした」
『結婚が決まったことに浮かれてる感じですよ。もうほんと八重さん溺愛! って感じの。どうやら、京也さんが散々八重さんを口説いてようやく付き合い始めたらしいです。結婚が嬉しくて仕方がないって感じでした』
「そうですか……」
九条さんは黙り込んだ。私は京也さんが八重さんに一途であったことにほっと安心するが、相変わらず八重さんに呪詛をかけている人物についてはわからないままだ。調査の前進がないのは悩ましい。
だが電話口の伊藤さんがやや小声で付け足した。
『あの、これはほんとに僕個人の感想なんですけどね』
「何かありました」
『ちょっと愛情が深すぎってぐらいに感じましたよ京也さん。うーん上手く言えないけど。そりゃ彼女にベタ惚れな惚気ぐらい聞いたことありますけど、どうも京也さんは特に凄くて。一緒に来てた京也さんの友達もちょっと困ってましたし』
「結婚間近ではそんなものではないのですか」
『ま、愛情深いのはいいことなんですけどね。
あそれと。結婚について、京也さん言ってました。
一つだけ片付けないといけない事案がある、って』
一つだけ片付けないといけない事案??
私と九条さんはゆっくり首を傾げた。
『そこは突っ込んだけどさすがに答えてもらえなかったんですよねーなんか障害でもあるんですかね?』
「……どうでしょうか。八重さんからは伺っていませんが」
『うーん、とにかく時間も無いでしょうし少しでも調べ続けます。今のところそっちは大丈夫ですか?』
「麗香が壁を作ってくれてるので。ただそれも彼女の精神力が持つ間だけだと思います、限界を感じたら呪詛返ししかないでしょう」
『なんとかいい報告できるように頑張ります』
それだけ言うと伊藤さんは電話を切った。ふうとため息が漏れてしまう。
結局八重さんを恨んでるような人は今のところ見当たらない。さて、どうするんだろうこれから……。
「結婚するにあたって障害とは例えば何がありますか」
九条さんが突然私に尋ねた。
「え、しょ、障害ですか……」
実際婚約で失敗した私に聞くのもどうなのだ。恋愛偏差値も低いし。それでも一般論で必死に考えて答えてみる。
「た、たとえばやっぱり、ご両親の反対とか、うーん……価値観の違い? 仕事を辞めるかどうかとか、あとは、……なんでしょう」
ドラマなどで見たありきたりな展開だ。捻ってもあまり出てこない。それでも九条さんは感心したように呟く。
「ああ、なるほど……例えば京也さんのご両親が結婚を反対して八重さんを呪っている、など考えられませんか」
「う、あるんですかね? そもそも人を呪おうとする気持ちすらよくわからないから……」
「それもそうですね。その線も探るよう伊藤さんに連絡しておきます」
「あの、それとなく八重さん本人に聞いてみます。それが一番確実だと思うので」
「ああ、よろしくお願いします。光さんと八重さんは結構波長が合うようですね」
「そ、そうなんでしょうか。マネキンを仕入れるときにちょっと色々話せたからかもしれません。では聞いてみます」
私は立ち上がってそのまま和室を後にする。一旦一人になった廊下ではあとため息をついた。まだ呪詛をかけている人物が誰かわからない。いやわかったところでどう動けばいいのかさえわからないけど……。
だめだ。今回の件は分からないことが多すぎる。
「お疲れ様です、伊藤さん」
『昨日大変だったみたいだね……』
「え、ええ、私は何もしてませんが。麗香さんが助けてくれました」
『無事で何よりだよ。気をつけてね。
では早速ですがまた調べ上げた情報を報告しますね』
優しく心配してくれた後、伊藤さんの声がやや低くなった。私は無意識に背筋を伸ばす。果たして、なにか分かったのだろうか。たった一日だけど……
『結論から言いますと、現段階では八重さんに呪詛をかけそうな人は見当たらないんです』
伊藤さんの少し困ったような声に私と九条さんは顔を見合わせる。
『まず疑ったのが婚約者について。京也さんに想いを寄せてる女性による逆恨みなどを疑ってみました。確かに京也さんは仕事もできるし真面目な方で人気な人なんですけど。八重さんもやっぱり職場での評判が良い方で、あの二人ならお似合いだねという感じらしいです』
九条さんは小さく頷く。私もその線が一番濃いなと思っていたのだが……。
『京也さんに言い寄ってる女性もいないしそんな噂も聞かない。今のところ空振りです』
伊藤さんがため息混じりに言った。
『まあ、まだ調べきれてないと思うのでもっと追いますけどね。
あともう一点、この京也さんという方自身についても調べて見ました。例えば八重さんとの結婚が決まった後他に好きな女性ができて八重さんを疎ましく思ったとか、そういうことを想定して』
ドキンと胸が鳴る。先ほど八重さんと話したこともあり、どうかそんな内容であってほしくないと思った。京也さんが浮気していた、なんて。
『で。僕昨日京也さんに接触してきました』
「え!?」
驚きで私は声を漏らす。九条さんは慣れてますと言わんばかりに表情を変えなかった。だってまさか、まだ調べ始めて間もない人に直接……!?
『たまたま京也さんが友達と居酒屋で飲んでてね? 酔っ払いのフリしてそこにはいりこんで、色々聞いてみたんだよね。お酒も入ってると人の口って軽くなることが多いから飲みの席は結構重要。ちなみにそこそこ仲良くなって連絡先は交換できたから次に繋げることも可能』
空いた口が塞がらない。お化けだ。伊藤さん、コミュ力のお化けだ……! もし私だったら、いくらお酒の席とはいえ知らない人たちに話しかけるだなんて無理だし、その後色々聞き出すなんてもっと無理。
唖然としている私を放って九条さんは先をうながした。
「どうでした」
『結婚が決まったことに浮かれてる感じですよ。もうほんと八重さん溺愛! って感じの。どうやら、京也さんが散々八重さんを口説いてようやく付き合い始めたらしいです。結婚が嬉しくて仕方がないって感じでした』
「そうですか……」
九条さんは黙り込んだ。私は京也さんが八重さんに一途であったことにほっと安心するが、相変わらず八重さんに呪詛をかけている人物についてはわからないままだ。調査の前進がないのは悩ましい。
だが電話口の伊藤さんがやや小声で付け足した。
『あの、これはほんとに僕個人の感想なんですけどね』
「何かありました」
『ちょっと愛情が深すぎってぐらいに感じましたよ京也さん。うーん上手く言えないけど。そりゃ彼女にベタ惚れな惚気ぐらい聞いたことありますけど、どうも京也さんは特に凄くて。一緒に来てた京也さんの友達もちょっと困ってましたし』
「結婚間近ではそんなものではないのですか」
『ま、愛情深いのはいいことなんですけどね。
あそれと。結婚について、京也さん言ってました。
一つだけ片付けないといけない事案がある、って』
一つだけ片付けないといけない事案??
私と九条さんはゆっくり首を傾げた。
『そこは突っ込んだけどさすがに答えてもらえなかったんですよねーなんか障害でもあるんですかね?』
「……どうでしょうか。八重さんからは伺っていませんが」
『うーん、とにかく時間も無いでしょうし少しでも調べ続けます。今のところそっちは大丈夫ですか?』
「麗香が壁を作ってくれてるので。ただそれも彼女の精神力が持つ間だけだと思います、限界を感じたら呪詛返ししかないでしょう」
『なんとかいい報告できるように頑張ります』
それだけ言うと伊藤さんは電話を切った。ふうとため息が漏れてしまう。
結局八重さんを恨んでるような人は今のところ見当たらない。さて、どうするんだろうこれから……。
「結婚するにあたって障害とは例えば何がありますか」
九条さんが突然私に尋ねた。
「え、しょ、障害ですか……」
実際婚約で失敗した私に聞くのもどうなのだ。恋愛偏差値も低いし。それでも一般論で必死に考えて答えてみる。
「た、たとえばやっぱり、ご両親の反対とか、うーん……価値観の違い? 仕事を辞めるかどうかとか、あとは、……なんでしょう」
ドラマなどで見たありきたりな展開だ。捻ってもあまり出てこない。それでも九条さんは感心したように呟く。
「ああ、なるほど……例えば京也さんのご両親が結婚を反対して八重さんを呪っている、など考えられませんか」
「う、あるんですかね? そもそも人を呪おうとする気持ちすらよくわからないから……」
「それもそうですね。その線も探るよう伊藤さんに連絡しておきます」
「あの、それとなく八重さん本人に聞いてみます。それが一番確実だと思うので」
「ああ、よろしくお願いします。光さんと八重さんは結構波長が合うようですね」
「そ、そうなんでしょうか。マネキンを仕入れるときにちょっと色々話せたからかもしれません。では聞いてみます」
私は立ち上がってそのまま和室を後にする。一旦一人になった廊下ではあとため息をついた。まだ呪詛をかけている人物が誰かわからない。いやわかったところでどう動けばいいのかさえわからないけど……。
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