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真夜中に来る女

身代わり

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 しばらく八重さんと体をくっつけて待っていたところに、玄関の扉が開かれた音がした。二人ではっと顔をあげ、恐る恐るリビングから顔を出す。

「ただいまあー! まさこさんもそこで会ったわよ!」

 紛れもない麗香さんだった。彼女は玄関に立ち、キョロキョロと不愉快そうに辺りを見渡している。その背後から慌てたようなまさこさんが靴を放りながら家に上がり、八重さんの元へ駆け寄ってきた。

「八重!」

「お、かあさん」

「大丈夫だった? 平気なの?」

「うん、大丈夫……玄関を開けそうになった瞬間黒島さんが止めてくれたから……」

 まさこさんははあーと大きく息を吐き、私に向かって頭を下げて礼を言った。とんでもないと返事を返し、私はそのまま麗香さんのところへ駆け寄った。

 麗香さんはポケットから小瓶を取り出し周りに多く吹きかけていた。よくよく見ればきている服が変わっている。買って着替えてきたのだろうか。なんというか、ずっと思っていたがこの人九条さんに負けず劣らずマイペースなところがある。

「いやねこれ。怒ってるのかしら、最初よりずっと力が強くって」

「麗香さん」

「気づかず扉開けてたら終わってたわね。あ、お弁当買ってきたの、お昼ご飯に食べましょうー」

 あっからかんと言う姿にズッコケそうになる。こっちはあと一歩で死んでかもしれないのにと言うのに。

 ただその気楽さは、今は必要だと感じた。このギスギスした家の中で、全員が全員暗い顔をしていてはあの女に飲み込まれそうだと思う。

 私はすこしほっとして肩の力が抜けたのを自覚した。食欲なんてないけど、お昼にしようか。

「じゃあ、八重さんたちも——」

 そう話かけた時、麗香さんの後ろから九条さんが現れた。彼は普段と変わりなく無表情でやや乱れた髪のまま登場したのだが、その腕に一人の人間が抱えられていた。髪の長い女性だった。

「きゃあっ!!」

 つい飛び跳ねて驚く。だがすぐに、九条さんの抱えるそれがマネキンであることに気がついた。

 九条さんは無言でそれを玄関に置く。

「びび、びっくりしました……! マネキンですか?」

 恐る恐る覗き込んでみると、やはりそれはよくあるマネキンだった。だが、セミロングの髪や顔立ちがなんとなく……八重さんに似ているように感じた。

「ええ、買ってきました。これを探すのに結構苦労しました。麗香がこだわっていたので」

「これが身代わり人形ってことですか……?」

 麗香さんは満足げに頷いてマネキンを指先で撫でる。私の悲鳴を聞いてきたのか、後ろから八重さんたちがやってきたのに気がつく。

「普段はここまでこだわらないんだけどね。今回は気合入れて探したわよ。たかがマネキン、されどマネキン。ほんの少しでも八重さんに似てるなと思えるものにしたのよ。私完璧主義だから」

 八重さんとまさこさんがマネキンを覗き込んでいる。麗香さんが八重さんに言った。

「八重さん、あなたが普段身につけている下着、洋服を揃えて一式私に頂戴。それから髪の毛を少しカットしたものと爪も」

「か、髪と爪、ですか……!」

「私の作る身代わり人形は自己流で作ってるんだけどね。今まで失敗したことないの、安心して。あなたの一部をこの人形に託してあの女に攻撃させる。女は役割を果たしたと思って消えるはず」

 麗香さんの言葉に私たちは息をのむ。一気に緊張感が増した。

 麗香さんは鋭い目で言った。

「今夜、あの女を家に招き入れる」










 昼食は無言で進んだ。麗香さん一人を除いて。

 特に八重さんとまさこさんは不憫なほどぐったりとして食事も進んでいないようだった。それでも八重さんは無理に食物を口に運んでいた。芯が強い人だと思う。

 九条さんたちが買ってきてくれた豪華なお弁当を食しながら、ただ今夜くる女のことで頭がいっぱいだった。

「ほらほら、そんな暗い顔しないで。いーい? 沈んだ気持ちや恐怖心は何もいいことないのよ。こっちがどんと構えてないと女も力を増すわ。怯えずに堂々としてるのが一番」

 麗香さんは一人普段通りのテンションで言った。いや、普段通りなのは九条さんもだけれど。

 言いたいことはわかる。でもさすがにこの状況じゃなあ……。

 麗香さんはぱくぱくとおかずを口にしながら、あっと思い出したように隣に座る九条さんに言った。

「ナオあげるわ。これ好きでしょ」

 当然のように自分の箸でぽいっと何やらおかずを九条さんの元へ運んだ。彼も特に否定せず無言で食べ続けた。少しだけ気になった私はチラリと彼の手元を見る。

 薩摩芋の甘露煮だった。

「ナオって甘い味したおかず好きよね。ご飯進まないのに」

 笑いながら麗香さんが言う。私はすぐに視線を自分のお弁当に戻し、黙々と食事を続けた。

 そうか。九条さん、甘党だもんね、甘いおかずが好きなのは容易に想像できることだ。だから私が作ってきた薩摩芋も好きだって言ってくれたんだ……。

 特に心は乱れなかった。いい加減二人の様子を見慣れたのかもしれないし、今日の決戦のことで頭がいっぱいなのかもしれなかった。

 麗香さんの自由奔放な性格は九条さんに似合ってると思った。彼はあまりにマイペースで掴めない人だから、あれくらい強引で自由な女性の方がいいのかもしれない。私とはまるで正反対な人だ。

 手元の箸を少しだけ強く握りしめた。大丈夫、もう結構慣れた。十分すぎるほど理解したから……

「光さんのやつの方が美味しいですね」

 突如そんな声が正面から聞こえて顔を上げた。

 予想外の台詞にただ固まる。

 九条さんは無表情で口をもぐもぐと動かしながら、再び言った。

「この薩摩芋。光さんが作ったやつの方が美味しいです」

 他の人たちの視線が一気に私に集中した。


 …………ちょっと、待ってよ。急に、そんなこと。




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