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真夜中に来る女
画像に集中せねばならないのに
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「……九条さんと麗香さんって、そんなに付き合い長いんですか……」
ポツンと尋ねた。今聞くべきことじゃないと少し後悔したが、九条さんは何も表情を変えずに答えてくれた。
「ええ、事務所を立ち上げて少ししてから知り合いました。今回のように依頼を流すことや、対応に困った時は電話で相談したり」
「あ……もしかして首吊り事件の時、電話で相談してた相手って……!」
「麗香ですよ」
サラリと出るその名前に自分の気持ちはずんと落ちてしまう。
そうか、そうだったのか。一緒に仕事はしてなくても、そうやって影から九条さんを支えていたのか。
そんな存在がいるだなんて思ってもみなかった。しかもそれが元恋人だなんて。そりゃあんなに綺麗な人と一緒にいれば好きになる理由もわかる。
……どうして別れちゃったのかな。
「あの、くじょ」
「この辺ですね」
録画してあった映像を早送りしていた彼は言った。私は慌てて気を引き締める。だめだ、今回全然調査に集中できていない。こういうところだだめなんだってば。
私は目の前のモニターを見つめた。辺りは暗く、玄関外の外灯がぼんやりと灯を洩らしている光景だ。その周りに蛾が異様に集まっているのがわかる。時刻は午前二時を示している。
私たちはぐっと画面に集中した。だがその時、画面全体にノイズが走る。未だ何も現れていない映像が不自然に揺れる。
少し経ってそれはプツンと切れた。九条さんがいくらか操作しても、映像は続きを再生することはなかった。
もう一つのカメラの方の映像も全く同じ道を辿っている。女が現れる少し前に、急に撮影が止まっているのだ。
九条さんがふうと息を吐いてモニターの電源をおとした。
「まあ想定内です。今までの霊に比べて格段に強いですからね」
「まるで映ってませんでしたね……」
「また夜の訪問を待って麗香に直接見せるしかなさそうです」
「そうですね……」
九条さんが立ち上がったと同時に、すぐそばにある襖が勢いよく開かれた。そこから麗香さんがひょっこりと顔を出す。
「あ、ねえどう? 映ってたー?」
「いいえ、まるで」
「んーまあしゃあないね。えっと二時……何分だっけ? その時に直接お会いするしかないわねー。それまで仮眠でも取ろうかしら」
昨日までの家なら寝るのはごめんだと思っていたが、先程の麗香さんの行為で家中は一気に居心地がよくなっていた。これならば確かに仮眠を取るのも可能そうだった。
麗香さんの背後から、慌てたような八重さんの声が響いた。顔は見えないが、麗香さんの後ろに一緒にいたらしい。
「あ、そうだ! 布団が二組しか用意してなくて……うっかりしてました、人数が増えると分かっていたのに」
そんな声に麗香さんがにっこり笑う。
「あ、大丈夫よ。私ナオと一緒に寝ればいいから」
「え゛」
変な声を漏らしたのは私だけでなく八重さんもだった。二人の声が重なる。私に至っては目と口をぽかんと開けた間抜けな顔で固まってしまっていた。
九条さんはふうと一度息を吐くと、廊下にいるであろう八重さんに声をかけた。
「八重さん布団についてはお気になさらず」
ぎょっとして彼の白い横顔をみた。まさか、本当に麗香さんの案でいくの!? 私その隣で一人で寝るの!? どんな状況!!
「油断はならないので仮眠は順番に取るようにしますから。二組もあれば十分です」
その台詞を聞いて脱力する。そうか、そういう意味。よかった、九条さんなら深く考えずにそうしちゃうのかと思った……。
胸を撫で下ろしている私を、麗香さんはなぜか微笑んで見ていた。慌てて頬を引き締める。仕事中なのだと何度自分を戒めればいいのか。
九条さんは私を振り返り言う。
「光さん寝てていいですよ」
「え、でも」
「順番にしますから。麗香も、仮眠を取りたいのなら今のうちに。夜は長いですよ。八重さんすみませんがお水をいただいても?」
「あ、居間へどうぞ。お茶いれますから……」
「ではお言葉に甘えて」
九条さんはそう言い残してすぐに和室からスタスタと出て行ってしまった。彼の黒髪が見えなくなって、残されたのは私と麗香さんだった。
彼女は壁にもたれてにっこりと笑う。
なんとなく気まずくなった私は急いで押し入れから布団を二組取り出して素早く敷いた。今日会ったばかりの人と布団を並べて寝るだなんてちょっと気まずいけど仕方ない。
「麗香さんどうぞ!」
「あ、ありがと!」
着ていたグレーのジャケットを脱ぐと適当にぽいっと置いた。そして布団に向かって勢いよくダイブする。
「あは! 布団なんて久しぶりー。修学旅行みたいね?」
「そ、そうですね……」
「そんな緊張しなくても。今のうちに寝といた方が賢いわよ」
「あ、はい」
屈託なく笑う麗香さんの隣の布団に潜り込む。最初から思ってたけど、この人って明るくて人見知りしないよなあ。あまりコミュニケーション能力が高くない自分には到底振る舞えない言動だ。
ポツンと尋ねた。今聞くべきことじゃないと少し後悔したが、九条さんは何も表情を変えずに答えてくれた。
「ええ、事務所を立ち上げて少ししてから知り合いました。今回のように依頼を流すことや、対応に困った時は電話で相談したり」
「あ……もしかして首吊り事件の時、電話で相談してた相手って……!」
「麗香ですよ」
サラリと出るその名前に自分の気持ちはずんと落ちてしまう。
そうか、そうだったのか。一緒に仕事はしてなくても、そうやって影から九条さんを支えていたのか。
そんな存在がいるだなんて思ってもみなかった。しかもそれが元恋人だなんて。そりゃあんなに綺麗な人と一緒にいれば好きになる理由もわかる。
……どうして別れちゃったのかな。
「あの、くじょ」
「この辺ですね」
録画してあった映像を早送りしていた彼は言った。私は慌てて気を引き締める。だめだ、今回全然調査に集中できていない。こういうところだだめなんだってば。
私は目の前のモニターを見つめた。辺りは暗く、玄関外の外灯がぼんやりと灯を洩らしている光景だ。その周りに蛾が異様に集まっているのがわかる。時刻は午前二時を示している。
私たちはぐっと画面に集中した。だがその時、画面全体にノイズが走る。未だ何も現れていない映像が不自然に揺れる。
少し経ってそれはプツンと切れた。九条さんがいくらか操作しても、映像は続きを再生することはなかった。
もう一つのカメラの方の映像も全く同じ道を辿っている。女が現れる少し前に、急に撮影が止まっているのだ。
九条さんがふうと息を吐いてモニターの電源をおとした。
「まあ想定内です。今までの霊に比べて格段に強いですからね」
「まるで映ってませんでしたね……」
「また夜の訪問を待って麗香に直接見せるしかなさそうです」
「そうですね……」
九条さんが立ち上がったと同時に、すぐそばにある襖が勢いよく開かれた。そこから麗香さんがひょっこりと顔を出す。
「あ、ねえどう? 映ってたー?」
「いいえ、まるで」
「んーまあしゃあないね。えっと二時……何分だっけ? その時に直接お会いするしかないわねー。それまで仮眠でも取ろうかしら」
昨日までの家なら寝るのはごめんだと思っていたが、先程の麗香さんの行為で家中は一気に居心地がよくなっていた。これならば確かに仮眠を取るのも可能そうだった。
麗香さんの背後から、慌てたような八重さんの声が響いた。顔は見えないが、麗香さんの後ろに一緒にいたらしい。
「あ、そうだ! 布団が二組しか用意してなくて……うっかりしてました、人数が増えると分かっていたのに」
そんな声に麗香さんがにっこり笑う。
「あ、大丈夫よ。私ナオと一緒に寝ればいいから」
「え゛」
変な声を漏らしたのは私だけでなく八重さんもだった。二人の声が重なる。私に至っては目と口をぽかんと開けた間抜けな顔で固まってしまっていた。
九条さんはふうと一度息を吐くと、廊下にいるであろう八重さんに声をかけた。
「八重さん布団についてはお気になさらず」
ぎょっとして彼の白い横顔をみた。まさか、本当に麗香さんの案でいくの!? 私その隣で一人で寝るの!? どんな状況!!
「油断はならないので仮眠は順番に取るようにしますから。二組もあれば十分です」
その台詞を聞いて脱力する。そうか、そういう意味。よかった、九条さんなら深く考えずにそうしちゃうのかと思った……。
胸を撫で下ろしている私を、麗香さんはなぜか微笑んで見ていた。慌てて頬を引き締める。仕事中なのだと何度自分を戒めればいいのか。
九条さんは私を振り返り言う。
「光さん寝てていいですよ」
「え、でも」
「順番にしますから。麗香も、仮眠を取りたいのなら今のうちに。夜は長いですよ。八重さんすみませんがお水をいただいても?」
「あ、居間へどうぞ。お茶いれますから……」
「ではお言葉に甘えて」
九条さんはそう言い残してすぐに和室からスタスタと出て行ってしまった。彼の黒髪が見えなくなって、残されたのは私と麗香さんだった。
彼女は壁にもたれてにっこりと笑う。
なんとなく気まずくなった私は急いで押し入れから布団を二組取り出して素早く敷いた。今日会ったばかりの人と布団を並べて寝るだなんてちょっと気まずいけど仕方ない。
「麗香さんどうぞ!」
「あ、ありがと!」
着ていたグレーのジャケットを脱ぐと適当にぽいっと置いた。そして布団に向かって勢いよくダイブする。
「あは! 布団なんて久しぶりー。修学旅行みたいね?」
「そ、そうですね……」
「そんな緊張しなくても。今のうちに寝といた方が賢いわよ」
「あ、はい」
屈託なく笑う麗香さんの隣の布団に潜り込む。最初から思ってたけど、この人って明るくて人見知りしないよなあ。あまりコミュニケーション能力が高くない自分には到底振る舞えない言動だ。
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