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真夜中に来る女

再び現場へ

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 いつもの車に乗り込もうとした時、麗香さんが当然のように助手席に座ったため私は後部座席に入り込んだ。仕方ない、そうなるのが自然だ。

 そういえば一番最初の調査の時、まだ九条さんを信じ切っていなかった私は今みたいに後部座席に座っていたなあなんて思い出す。

 いつしか当然のように助手席に座るようになっていたけれど、その当たり前の光景が酷く懐かしかった。

 九条さんの隣に座った麗香さんは九条さんに雑談を話しかけ笑っていた。彼も時折相槌を打っている。車内に明るい声が響いていた。

 いつも沈黙が多い私の時はまるで違う光景に、心が沈んでしまうのは否めなかった。

 背後から麗香さんの姿を見る。手にしている小さなハンドバックは私すら知っているブランドもので、多分着ている服もいいとこのなんだろうなあと予測できた。

 手元にある自分のカバンは古びてて型崩れしていた。そういえば靴もおしゃれなヒールだったなあ麗香さん。私は履き古したローヒールの靴だ。

 私も小物、新しいもの買おうかな。

 そう思いながら首を振った。まず春服だよなあ。お給料も十分頂いてるけど、なんせ私は自分の物が少なすぎる。全てを捨てて一度死のうとした経緯があるからだ、自業自得。優先順位の高いものから買い揃えねば。

 美しく着飾れた麗香さんをぼんやり眺めながら、ああこんなふうにはなれないな、と思った。






「ええっと……あなた、が?」

 大川まさこさんがやや戸惑ったように麗香さんを見た。玄関先で立つまさこさんと八重さんは、不安げな顔をしていた。

 私たちは靴を脱ぐこともせずに三人立っていた。九条さんと麗香さんが並び、私はその後ろにいる。

 家に着いた頃にはもう外は暗くなってきていた。田んぼの中を通りあのおうちに戻ると、ほっとしたような大川さん親子に出迎えてもらったわけだが、麗香さんの姿を見た途端二人はキョトンとした。

 まさこさんと八重さんは無言で目を合わせる。彼女たちが何に戸惑っているのかはよくわかっていた。

 麗香さんはにこっと笑い言う。

「朝比奈麗香と言います。ナオ……九条の紹介できました!」

「は、はあ……あの、有名な除霊師さんだと伺っておりますが……」

「んー有名かしら? まあ、そこそこ名は知れてると思いますよ」

 二人の顔には『不安』の文字が書き込まれていた。それは最もだと思う。私だって最初麗香さんを見た時驚いた。あまりにイメージとかけ離れすぎている。

 九条さんが二人に言った。

「腕は確かです。少し調べれば彼女の名前は出てくると思いますが」

 あ、と八重さんが小さな声で呟く。

「確かに……お母さん、朝比奈って見たわよ。どっかの口コミで……でも依頼する連絡先が見つからなかったの」

「そうだった、かしら」

「多分、そう……」

 戸惑うお二人を何も気にしていないように麗香さんは断りもなく靴を脱いだ。ヒールをしっかり並べると、足を踏み入れる。古い家特有の床の軋みが聞こえた。

 そして無言でぐるりと家全体を見回す。

 私と九条さんも釣られてその場で辺りを見た。やはりどこか暗い家。同時に私はうっと鼻を手で覆った。あの不思議な匂いが今朝より強くなっている気がしたのだ。

 言葉に表現できない匂い。朝はじっとりとした土や埃のような匂いだったが、今はそこに酸っぱい匂いが混ざっているような気がした。

 私の様子に気づいたのは麗香さんだった。

「あら、黒島さんわかる?」

「え」

「うんうん、これ気づかない人がほとんどだろうけどねー。うん、なるほど」

 麗香さんは考え込むようにして腕を組む。大川さんたちは不安げにそれを見つめていた。麗香さんは感心したように大川さんたちに言った。

「いい家ですね」

「……へ?」

「ここ。凄くいい家だわ」

「い、いえ、祖母の家で古いし広くもないですが……」

「私が言ってるのは家の価値についてじゃないです。家ってね、人がずっと住まう場所でしょ? 住む人たちによって顔を変えるのよ不思議と。おばあさまでしたっけ、その頃から大事にされてる家ね。きっと笑顔の絶えない家族だったでしょ?
 家は大事にして幸せな気をずっと吸ってると住む人々を守ろうとするのよ。一種の結界みたいなもん。この家はいい家よ、頑張って二人を守ろうとしてる」

 麗香さんは腕を組んだまま優しく微笑みながら天井を見上げた。私も同じようにしてみるが、そこには特に何も見えない。
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