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真夜中に来る女

私とは正反対の人

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「麗香」

 九条さんが呆れたような声で止めた。そんなこといちいち言うな、と言っているようだった。その声が、先ほどの言葉は事実なんだと証明している。

 頭を金槌で殴られたようなショックを受けた。

 脳内は真っ白、全身は固まって1ミリも動けなかった。でもなるほど、確かにそうだとしたら色々と繋がってくる。

 有名な方だというのに九条さんの交渉は一瞬で通ったこと、伊藤さんの心配そうな顔、ファーストネームで呼び合う二人、敬語を使わない九条さん……。

 九条さんに付き合ってた人がいたくらい分かっていた。変人とはいえいい大人なのだし中身はいい人なのだし。それでもまさか、こんな綺麗で明るい人だとは。想像以上に私に絶望を与えた。

 お洒落で華やかで、私とはまるで正反対の人だと思ったからだ。

「はいはーい、余計なこと言ってないで仕事しろってことね。詳しく聞かせてよ今回の件」

 麗香さんはくるりと踵を返して九条さんの元にいき、隣に座った。彼から詳細を聞きながら頷く。並ぶ二人の姿があまりに絵になっていてさらに私に追い討ちをかけた。

 なんて美男美女。よく忘れちゃうけど、九条さんって顔やスタイルは本当に整ってるんだ。最高にお似合いの二人だった。

「光ちゃん? 大丈夫……?」

 小声で私に呼びかけてきた伊藤さんの顔をみてハッとする。いけない、もう仕事は始まっているというのに完全に私情でいっぱいいっぱいになっていた。

「は、はい!」

 混乱する自分を必死に戒める。ぐっと前を向いて気を引き締めた。

 とりあえず二人のことは後で考えてクヨクヨしなくては。仕事優先!

……できるかな。

「……という感じで」

「ううん、とにかく見てみないとなんとも言えないわね。現場へ行きましょう、ナオが私に寄越すくらいだからよっぽどなんだと思うけど」

 いつのまにか話し終えた二人はすでに立ち上がって移動の準備をし始めていた。私も荷物を持とうとして、九条さんが言う。

「光さん、あなたは今回待機していてください」

 驚いて振り返る。なぜか麗香さんも目を丸くして私をみていた。

「え、な、なんでですか?」

「今回は相手が相手なので。危険が及ぶ可能性があります、伊藤さんとここに」

「そんな!」

 まさか留守番をさせられるとは夢にも思っていなかった。確かに相手はものすごく怖いし強いのは分かりきっているけれど、私も最後まで見届けるつもりでいたのに。

 首を振って彼に懇願した。

「私も連れていってください!」

「なぜですか、怖いでしょう」

「そりゃ怖いけど……」

「特にあなたは入られやすい。今までとは相手が違います」

 九条さんの鋭い視線に黙り込んだ。確かに私は霊に入られやすい。しかも自分でコントロールできないという未熟なものだ。何度か九条さんに心配をかけてしまったことがある。

 それでも置いて行かれるなんて……。

「でも、私もこの事務所の社員ですし、まだまだ未熟だからこそいろんな現場を経験したいです。大川さんたちも心配だし……最後まで見届けたいです!」

 私は強い口調で彼に縋りついた。九条さんは私が食い下がったことが意外だったのか、驚いたようにしてこちらを見下ろしている。

 本心だった。確かに凄く怖いし危険も伴うことは分かっているけれど、私だって早く一人前になりたい。強い霊相手にも動じないようになってみたい。

……と同時に、九条さんと麗香さんが二人きりで仕事に行くのが何だか心配だ、という邪な気持ちが多少あったのも事実なのだが。

 私の必死な願いに反応したのは、意外にも麗香さんだった。

「え、あなた入られやすいの?」

「え……」

「可哀想! あれって辛いのよね、私も場合によっては故意的にそうさせることもあるの。でもキツいからやりたくないもの。そうなのー体質なんだろうねえー」

 感心したように麗香さんは言い、私をじっと見た。そして一つ大きく頷くと、九条さんに向き直り言った。

「私がいるんだから大丈夫よ。もし万が一入られたら出してあげられるから。連れてってあげましょ、確かにこういう経験も必要よ」

 笑いながら私の肩をポンと叩いた。ふわりと甘い香りがする。香水なのだろうか、私ですらウットリしてしまいそうないい香りだった。

 九条さんは仕方ない、というようにため息をつくと私に向き直る。

「何か異変を感じたらすぐに麗香のそばに行ってください」

「は、はい」

「麗香も。油断は禁物ですよ」

「なんで私にまで敬語なのよ」

「今からは仕事に入りますから。では行きます」

 九条さんがそう言ったのをきっかけに、事務所から出ていった。最後に振り返って伊藤さんの顔を見ると、普段より増して心配そうに私を見ながら小さく手を振っていた。

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