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真夜中に来る女
朝比奈さん
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九条さんは決まりだとばかりに私たちに声をかけた。
「夜間外に出るのは危険です。朝になったら我々は一旦事務所に帰りその人に依頼をかけて再び連れてきます。
今のところあの女は家に入るようなことはしていない。すでに家中影響は受けているようですが家の中にいればまだ安全と言えます。特に夜間は絶対に家から出ないでください」
大川さんたち二人は怯えながらも頷いた。
眠ることもせずに朝を迎え、私たちはあの家を出た。
ガラス戸を開く瞬間はドキドキして心臓が痛かった。しかし外は爽やかな鳥の鳴き声が響き渡るだけで、女の姿も気配も感じられなかった。
ただ、玄関の前には赤茶色の不思議な液体がずるずると這ったような跡が残っていた。それを見つけたときつい顔を歪める。
重いものを引きずったような跡だ。土なのか、それにしては赤い。それにそこからは変な匂いを感じた。生臭いような、これまで嗅いだことのない匂いだ。
それを踏まないようにして乗り越え九条さんの車に乗り込む。その瞬間全身にどっと疲れが押し寄せた。一睡も眠っていないし、夜中あんな体験をしては当然の反応だと言える。
そんななか九条さんは眠そうな顔もせず、しっかり覚醒したままハンドルを握って車を走らせた。
「あれ、お帰りなさい? もう解決でした?」
私たちが事務所にたどり着いた時、伊藤さんが中で出迎えてくれた。癒されるそのオーラに泣き出してしまいそうになる。パソコンの前に座ったまま目を丸くして私たちを見ていた。
ああ、生きててよかった。伊藤さんの顔見たらそんな風に感じてしまった。
九条さんが言う。
「ああ、あまりの展開に伊藤さんへの連絡すら忘れていました」
「え、あまりの展開?」
スタスタと事務所に入り込み、奥からポッキーを取り出してきた九条さんは立ったままそれを食した。普段なら呆れていたかもしれないが、彼にとってはそれが最高の休息なのだから今回は何も言えない。
「上級クラスの代物でした」
「え?」
「一歩間違えれば、死にます」
伊藤さんが顔を歪めた。九条さんははあとため息をつく。
「未練があって残っているようなものではありませんでした。私レベルでは完全にお手上げです。浄霊なんて不可能です」
「二人ともたった一晩でげっそりしてると思いました……」
「特に伊藤さん、あなたはただでさえ霊に寄られやすい。今回は死んでも依頼者の家に行かないでください」
「死んでもですか……」
「それといつも以上にお守りを肌から離さずに。私や光さんに付いてこないとも限りませんからね」
真剣な九条さんの様子に、さすがに伊藤さんも背筋をのばした。彼は本当に霊を寄せ付けやすい体質で、普段はどこかの偉いお寺でいただいたお守りでその体質を守っているらしい。
伊藤さんは早速ポケットに入っているお守りをしっかり確認したあと私たちに尋ねた。
「でも依頼どうするんですか、断る?」
「いいえ、あのまま置いておいたら命すら危ういと判断したので。他所へ依頼します」
「…………
えっ!!!」
やけに伊藤さんが大声で驚く。
「今から電話掛けてみます」
「え、え、あの、朝比奈さんを呼ぶってことですか!?」
「はい」
私は黙って二人の会話を聞きながら、伊藤さんも知ってる人なんだなあ、と感心する。そういう情報もこれから覚えていかねば。
そんなことを考えていると、伊藤さんがチラリと私をみた。その視線は、何だか気まずさを感じるようなもので、彼からそんな視線をもらったのは初めてだ。
……なんだろう、伊藤さん?
首を傾げる私に、九条さんが言った。
「とりあえずまずは交渉してみます。光さんは休んでてください」
「あ、は、はい!」
彼はポケットから携帯を取り出してそう言った。私はとりあえず仮眠室へ入り、冷蔵庫を開ける。九条さんの分の水も取り出し、ついでに何かお腹に入れるものを探す。食欲は全くないが、この状態では今後食事するタイミングも失いそうだ、食べられるときに食べておかねば。
インスタントの味噌汁を二人分作る。冷凍の焼きおにぎりも温めそれらをお盆に乗せてカーテンを開ける。九条さんもポッキー以外を食べなくちゃ。
「夜間外に出るのは危険です。朝になったら我々は一旦事務所に帰りその人に依頼をかけて再び連れてきます。
今のところあの女は家に入るようなことはしていない。すでに家中影響は受けているようですが家の中にいればまだ安全と言えます。特に夜間は絶対に家から出ないでください」
大川さんたち二人は怯えながらも頷いた。
眠ることもせずに朝を迎え、私たちはあの家を出た。
ガラス戸を開く瞬間はドキドキして心臓が痛かった。しかし外は爽やかな鳥の鳴き声が響き渡るだけで、女の姿も気配も感じられなかった。
ただ、玄関の前には赤茶色の不思議な液体がずるずると這ったような跡が残っていた。それを見つけたときつい顔を歪める。
重いものを引きずったような跡だ。土なのか、それにしては赤い。それにそこからは変な匂いを感じた。生臭いような、これまで嗅いだことのない匂いだ。
それを踏まないようにして乗り越え九条さんの車に乗り込む。その瞬間全身にどっと疲れが押し寄せた。一睡も眠っていないし、夜中あんな体験をしては当然の反応だと言える。
そんななか九条さんは眠そうな顔もせず、しっかり覚醒したままハンドルを握って車を走らせた。
「あれ、お帰りなさい? もう解決でした?」
私たちが事務所にたどり着いた時、伊藤さんが中で出迎えてくれた。癒されるそのオーラに泣き出してしまいそうになる。パソコンの前に座ったまま目を丸くして私たちを見ていた。
ああ、生きててよかった。伊藤さんの顔見たらそんな風に感じてしまった。
九条さんが言う。
「ああ、あまりの展開に伊藤さんへの連絡すら忘れていました」
「え、あまりの展開?」
スタスタと事務所に入り込み、奥からポッキーを取り出してきた九条さんは立ったままそれを食した。普段なら呆れていたかもしれないが、彼にとってはそれが最高の休息なのだから今回は何も言えない。
「上級クラスの代物でした」
「え?」
「一歩間違えれば、死にます」
伊藤さんが顔を歪めた。九条さんははあとため息をつく。
「未練があって残っているようなものではありませんでした。私レベルでは完全にお手上げです。浄霊なんて不可能です」
「二人ともたった一晩でげっそりしてると思いました……」
「特に伊藤さん、あなたはただでさえ霊に寄られやすい。今回は死んでも依頼者の家に行かないでください」
「死んでもですか……」
「それといつも以上にお守りを肌から離さずに。私や光さんに付いてこないとも限りませんからね」
真剣な九条さんの様子に、さすがに伊藤さんも背筋をのばした。彼は本当に霊を寄せ付けやすい体質で、普段はどこかの偉いお寺でいただいたお守りでその体質を守っているらしい。
伊藤さんは早速ポケットに入っているお守りをしっかり確認したあと私たちに尋ねた。
「でも依頼どうするんですか、断る?」
「いいえ、あのまま置いておいたら命すら危ういと判断したので。他所へ依頼します」
「…………
えっ!!!」
やけに伊藤さんが大声で驚く。
「今から電話掛けてみます」
「え、え、あの、朝比奈さんを呼ぶってことですか!?」
「はい」
私は黙って二人の会話を聞きながら、伊藤さんも知ってる人なんだなあ、と感心する。そういう情報もこれから覚えていかねば。
そんなことを考えていると、伊藤さんがチラリと私をみた。その視線は、何だか気まずさを感じるようなもので、彼からそんな視線をもらったのは初めてだ。
……なんだろう、伊藤さん?
首を傾げる私に、九条さんが言った。
「とりあえずまずは交渉してみます。光さんは休んでてください」
「あ、は、はい!」
彼はポケットから携帯を取り出してそう言った。私はとりあえず仮眠室へ入り、冷蔵庫を開ける。九条さんの分の水も取り出し、ついでに何かお腹に入れるものを探す。食欲は全くないが、この状態では今後食事するタイミングも失いそうだ、食べられるときに食べておかねば。
インスタントの味噌汁を二人分作る。冷凍の焼きおにぎりも温めそれらをお盆に乗せてカーテンを開ける。九条さんもポッキー以外を食べなくちゃ。
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