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真夜中に来る女

新たな展開

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「て、手に負えないって……どういうことですか!?」

 戸惑ったようなまさこさんの声が背後から聞こえる。九条さんは一旦目を閉じ、ふうとため息をつく。私も平常心を取り戻すために真似して深呼吸した。

 九条さんが私の肩から手を下ろす。そしてゆらりと立ち上がった。

「大丈夫ですか光さん」

「な、なんとか……」

 九条さんはまさこさんの質問に答えず、再び誰もいなくなったガラス戸を見た。私は近くにおいてあったお茶を一気に飲み干し、九条さんに続き立ち上がる。

 夢を見た後のようだ。ふわりと浮遊感を感じる。

「まさこさん。我々の前にもどこかへ依頼したのでは」

 突然九条さんがそんなことを言った。驚いて後ろを振り返る。まさこさんと八重さんはお互い支え合うようにして廊下の隅に立っていた。二人とも真っ青な顔をしている。

 まさこさんが勢いよく頭を下げた。

「すみません……! それを話しては始めに断られるかもと思って、隠していたんです……」

「やはり。これだけ強烈な物が毎日来ているというのに、二週間以上放置とは考えにくい。警察に相談後、どこかへ除霊を依頼したんですね?」

「おっしゃる通りです……。その方も、あの女を見た途端無理だとおっしゃって、他を当たるように言われたのです……」

 そういうことか。私は納得する。他の誰かも匙を投げたほどのものということか。

 九条さんはふうと息をついて聞く。

「その者の名前は」

 まさこさんが男性の名前を告げた。私はまるで聞いたことのない名前だったが、九条さんは知っていたらしい。少し驚いたように目を見開くのを見逃さなかった。

「九条さん、知ってるんですか?」

「そこそこ有能な人ですよ。同業者ですから名前くらいは知っています。なるほど、あの彼が無理と断言したものとは……とんでもないものですね」

 考え込むように腕を組む。私たちの元へ八重さんが駆け寄って頭を下げる。

「あの、お願いします、どうにかなりませんか……!」

「無理です」

 キッパリと九条さんは断言する。

「我々のやり方は浄霊です。つまりは霊がこの世に残した未練を探していく。私は霊と会話することが特技で、今までも数多くの霊の気持ちを聞いてきました。

 ですが今回の場合は訳が違う。あれはこの世に未練があるから残っているものではない。恐らく私が話しかけても会話は成立する代物ではありません」

「あ、あの、引っ越せばどうにかなるとか……」

「そう言った問題ではないと思います。あれほど毎日訪れてるのです、あなた方によほど執着していると言えます。それより女が現れる二週間ほど前に、何か変わったことはありませんでしたか。あんなもの、道端で拾ってくることはありえませんよ。例えば心霊スポットに行ったとか、何か新しい物を買った、拾ったとか」

 九条さんの言葉に、二人は顔を見合わせた。しばらく考え込むように黙るも、特に思い当たらないようで首を振る。まさこさんは困ったように答えた。

「何も思いつきません、本当に突然始まったんです」

 今度は九条さんが考え込むようにして黙る。私たちはじっとその光景を見守り、彼の言葉を待った。そしてしばらく経って九条さんが出した言葉は残酷なものだった。

「酷なことを言いますが。
 このままでは命も脅かすほどのものだと私は考えています」

 ひっと声を上げて八重さんが固まる。まさこさんはただ唖然としていた。普段から気遣いもない九条さんだが、今回はそれをフォローする気にはなれなかった。今は遠回しに話している場合ではない。私ですらそう思うのだ。

 もう誰もいなくなったガラス戸を見つめる。そう、私ですらあれは人に危害を及ぼすヤバいものだとわかる。今でも治らない鳥肌をそっとさすった。あんな感覚、初めてだった。

 まさこさんが九条さんに縋りついた。

「おね、お願いします、八重だけでもなんとか助けてくださいませんか……! お金はどうにでもしますから! 娘だけでも!」

「大川さん」

「八重は結婚が決まったばかりで今幸せの絶頂にいるはずなんです……! なんとか、どうかお願いします!」

 まさこさんは目を真っ赤にさせながら何度も何度も頭を下げた。その必死な光景に心が痛む。母が娘を思う気持ちはよくわかる。それに八重さん、結婚するんだ……。そんな大事な時期にこんなことになるだなんて、なんて不運なんだろう。

 九条さんはまさこさんの肩に手を置いた。

「落ち着いてください、話はまだ終わっていません」

「え……?」

「まさか私もあなた方の命も危ういと分かって放り出す真似はできませんよ」

 真剣な眼差しだった。私たちはほっとする。ううん、わかってた、九条さんはこんな中途半端な状態で放棄なんかするはずない。

 同時に不安が押し寄せる。では一体どうするつもりだと言うのか。

「九条さん? でもどうするんですか、あれは私たちに手にはとても……」

「一人、あれに立ち向かえそうな人物を知っています」

 大川さんたちが顔を上げる。私も驚きで言葉を飲む。

「同業者の知り合いはそこそこいます。その中で、私が知る上で除霊の能力は右に出るものはいないと思えるほどの人物がいます。その人に依頼をしましょう」

「除霊師にお願いするってことですか?」

 目を丸くして聞き返した。今まで仕事を他の人に回した経験などないからだ。九条さんは頷いた。

「我々の業界では言わずと知れた人物です。ですが力の強い霊ばかり相手するので体力もかなり消耗するらしく、月に一、二しか依頼を受けないのですがね。力は保証します」

 まさこさんの顔色が変わる。希望を見つけたような顔で私たちに言う。

「そ、そのかたを紹介していただけるのですか!?」

「そのかわり料金も跳ね上がりますよ。今回は私たちには支払いは求めませんからその人への支払いのみにしますが、それでもかなりの出費かと」

「いいです、お金はなんとかします……どうかよろしくお願いします!」

 まさこさんはもはや拝むようにして九条さんにお礼を言った。後ろにいた八重さんも顔を真っ赤にさせながら頭を下げている。私もほっと安堵した。とりあえず希望は一つできたわけだけど……

 小声で尋ねる。

「でも、月に一、二しか仕事を受けないような方、受けてくれますかね……?」

「私が依頼すれば恐らくいけます」

「そうか、ならよか……ん?」

 私が依頼すれば? それって、九条さんと仕事以外でも面識があるということなのだろうか。仲のいい友人とか?

 頭に疑問がよぎったが、この状況でそれは大したことでないと思った。私はすぐに引き下がる。
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