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真夜中に来る女
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廊下を少し進んで扉を開けるとあまり広くはない居間が見える。冷静に見てみれば、掃除の行き届いた可愛らしいお家だった。造花が飾ってあったり、ぬいぐるみが置いてあったりする。こんな事がなければきっと温かなお家なのだろうと思った。
私はテレビの裏すらしっかり観察した。許可を得て納戸なども開き、キッチンでは食器入れすら開けさせてもらった。そんな中に子供の霊が入ってじっとこちらを眺めていたらどうしようと想像しながら。
それでも異変は何一つなかった。
私は居間から見える庭にも出てみる。特に変わったところはない庭だが、植木鉢の植物たちが枯れているのに違和感を覚えた。なんとなく、大川さん二人はちゃんと植物の手入れをしそうだと思ったからだ。
部屋の中へ戻ると、二階の散策を終えた九条さんが戻ってきていた。
「一階の風呂屋トイレも見てみましたが見つかりません。光さんはどうですか」
「ええ、私も……何も見えません」
見えない、という言葉に大川さんたちはほっとしたようだ。九条さんがすかさず二人にいった。
「今はいない、というだけです。外部の人間がいると最初姿を隠す霊はよくいますし安心できません」
「は、はい」
「単刀直入にいいます。私はこれまで多くの現場をこなしてきましたが、この家はその中でも上位にくるほど嫌な気が強い」
二人は表情を固めた。私も同意だったので何もフォローできることはない。家の中に何もいないのが不思議なほど、この家はどこかおかしい。
九条さんはゆっくり家を見渡しながら眉を顰める。
「女が現れる玄関は無論、とりあえず家中を撮影します。すぐに取り掛かります。光さんいきますよ」
「はい」
家に入って一度も座ることのないまま、私たちは再び車に戻り仕事を始めた。大川さんたち二人を残し車のトランクを開ける。中にはいつものように、撮影機材たちが詰められていた。
無言でコード類を引き寄せる私の耳元で、九条さんが言う。
「どんな印象ですか」
「え、と……変な匂いがします、生活臭じゃない嫌な匂い……暗いし、家の中はちゃんと掃除も行き届いていて可愛らしい装飾もあるのに庭の植物はみんな枯れてるし、ぶっちゃけ私この家で寝れる自信ありません」
「匂いですか、それはまた面白いですね。私は感じませんでした。ですが嫌な印象であることは同感します。私ですら寝るのを戸惑いそうです」
「それはマジでやばいです」
いつも事務所の狭いソファで死んだように眠れる九条さんが眠れないなんて、ここは相当やばい。
彼は一つ重そうなモニターを抱えながら言う。
「夜中とのことなので仮眠でも取ろうと思ってましたがちょっと不可能かもしれませんね。最悪車の中で寝ることにしましょう」
「とうとう車内で寝るんですね……いや、あの家よりいいかも……」
私たちは同時にゆっくり振り返って家を眺める。
瓦にカラスが一羽、止まっている。
そんな何気ない景色ですら不気味でしょうがない、この家はそれほど不思議な力に包まれている。
ごくりと唾を飲んだ。これは本当に、入られないように気を張ってなきゃ。いや気を張っていて予防できるかもわからないけれど。
手に持った荷物をそのまま家の中へと運び込んだ。
全ての撮影機材を使い家中にカメラを設置した。
女が現れるとわかっている玄関を映すものは二台。仰々しいその光景に大川さんたちは驚いていたが、私たちのすることに文句も何も言わずに見守っていた。
今回与えられた控室は一階にある和室だった。八畳ほどの畳に一つの押し入れ。それと八重さんのおばあさんとみられる仏壇がそこにはあった。優しい顔をした写真に一度手を合わせておく。八重さんにもまさこさんにも似た人だった。
夜中の二時まではだいぶ時間があった。普段なら体力を蓄えるために仮眠を取ったりするも、今回ばかりは私たちはどうも寝付けず、かといってまだ明るい外の車の中で寝るものどうも難しかった。仕方なしに九条さんのために持ってきたポッキーを無理やりつまみながら休憩し、何度も家の中を散策しては霊がいないかどうか観察した。玄関の靴箱すら細かく観察を重ねた。中にはスニーカーやヒールが並んでいるだけで異変はない。
結果、家の中には何も見つけれらない。まあ夜中に訪問してくるのだから、まだこの中には住み着いていないと考えるがふさわしい。
夕飯は大川さんたち二人が私たちの分まで作ってくれた。とてもおいしい料理だが、正直味わうだけの余裕がなかった。
私たち四人はただ、夜中の二時十三分を怯えながら待ち続けた。
夜が訪れると、辺りは一気に真っ暗になった。
都会とは違う夜に少し不気味さを感じた。人の声は皆無、車の通る音すらたまにしか聞こえず、大変静かな場所だった。怪奇など無しにこんな静かな夜を過ごしたいと残念に思う。
私と九条さんは夕飯を食べ終えると、そのまま玄関に居座った。二時十三分にならないと霊は訪問してこないだろうが、それでもその間に何かあればと思ったからだ。
やや冷える廊下に大川さんがくれた毛布に包まり、入れてもらった温かいお茶を啜りながら時間が経つのを待ち続けた。普段九条さんとは会話が少ないと言っても、これほど必要最低限な会話しかしないのは初めてのことだった。
私たちはアンテナを張りながらただ無言で待ち続けた。
「二時を過ぎました」
九条さんが厳しい声で言う。私はびくりと反応する。
携帯を見てみれば確かに、もう午前二時だった。気を落ち着かせるために冷めたお茶を喉に流す。九条さんもポッキーを齧りながら玄関の戸を見た。
彼は最後の一口を頬張ったあと、立ち上がって玄関の灯りを消した。一気に真っ暗になり、手に持つ携帯電話の明かりが恋しい。
その明かりから九条さんの顔がぼんやりと浮かんで見えた。
「大川さんたちは返事をしたこともないと言っていました。つまりは居留守を使っているわけです。ここで玄関の電気をつけていては、中に人がいると相手に教えるようなもの。電気は消しておきます」
「あ、なるほど……」
「ですが流石に暗過ぎますかね、もう少し明かりを……」
その時背後から物音を感じる。振り返れば大川さんたち二人が立っていた。二人とも非常に怯えた表情だ。少し離れた居間の扉が開いており、そこから光が漏れて辺りが少しだけ見やすくなった。
私はテレビの裏すらしっかり観察した。許可を得て納戸なども開き、キッチンでは食器入れすら開けさせてもらった。そんな中に子供の霊が入ってじっとこちらを眺めていたらどうしようと想像しながら。
それでも異変は何一つなかった。
私は居間から見える庭にも出てみる。特に変わったところはない庭だが、植木鉢の植物たちが枯れているのに違和感を覚えた。なんとなく、大川さん二人はちゃんと植物の手入れをしそうだと思ったからだ。
部屋の中へ戻ると、二階の散策を終えた九条さんが戻ってきていた。
「一階の風呂屋トイレも見てみましたが見つかりません。光さんはどうですか」
「ええ、私も……何も見えません」
見えない、という言葉に大川さんたちはほっとしたようだ。九条さんがすかさず二人にいった。
「今はいない、というだけです。外部の人間がいると最初姿を隠す霊はよくいますし安心できません」
「は、はい」
「単刀直入にいいます。私はこれまで多くの現場をこなしてきましたが、この家はその中でも上位にくるほど嫌な気が強い」
二人は表情を固めた。私も同意だったので何もフォローできることはない。家の中に何もいないのが不思議なほど、この家はどこかおかしい。
九条さんはゆっくり家を見渡しながら眉を顰める。
「女が現れる玄関は無論、とりあえず家中を撮影します。すぐに取り掛かります。光さんいきますよ」
「はい」
家に入って一度も座ることのないまま、私たちは再び車に戻り仕事を始めた。大川さんたち二人を残し車のトランクを開ける。中にはいつものように、撮影機材たちが詰められていた。
無言でコード類を引き寄せる私の耳元で、九条さんが言う。
「どんな印象ですか」
「え、と……変な匂いがします、生活臭じゃない嫌な匂い……暗いし、家の中はちゃんと掃除も行き届いていて可愛らしい装飾もあるのに庭の植物はみんな枯れてるし、ぶっちゃけ私この家で寝れる自信ありません」
「匂いですか、それはまた面白いですね。私は感じませんでした。ですが嫌な印象であることは同感します。私ですら寝るのを戸惑いそうです」
「それはマジでやばいです」
いつも事務所の狭いソファで死んだように眠れる九条さんが眠れないなんて、ここは相当やばい。
彼は一つ重そうなモニターを抱えながら言う。
「夜中とのことなので仮眠でも取ろうと思ってましたがちょっと不可能かもしれませんね。最悪車の中で寝ることにしましょう」
「とうとう車内で寝るんですね……いや、あの家よりいいかも……」
私たちは同時にゆっくり振り返って家を眺める。
瓦にカラスが一羽、止まっている。
そんな何気ない景色ですら不気味でしょうがない、この家はそれほど不思議な力に包まれている。
ごくりと唾を飲んだ。これは本当に、入られないように気を張ってなきゃ。いや気を張っていて予防できるかもわからないけれど。
手に持った荷物をそのまま家の中へと運び込んだ。
全ての撮影機材を使い家中にカメラを設置した。
女が現れるとわかっている玄関を映すものは二台。仰々しいその光景に大川さんたちは驚いていたが、私たちのすることに文句も何も言わずに見守っていた。
今回与えられた控室は一階にある和室だった。八畳ほどの畳に一つの押し入れ。それと八重さんのおばあさんとみられる仏壇がそこにはあった。優しい顔をした写真に一度手を合わせておく。八重さんにもまさこさんにも似た人だった。
夜中の二時まではだいぶ時間があった。普段なら体力を蓄えるために仮眠を取ったりするも、今回ばかりは私たちはどうも寝付けず、かといってまだ明るい外の車の中で寝るものどうも難しかった。仕方なしに九条さんのために持ってきたポッキーを無理やりつまみながら休憩し、何度も家の中を散策しては霊がいないかどうか観察した。玄関の靴箱すら細かく観察を重ねた。中にはスニーカーやヒールが並んでいるだけで異変はない。
結果、家の中には何も見つけれらない。まあ夜中に訪問してくるのだから、まだこの中には住み着いていないと考えるがふさわしい。
夕飯は大川さんたち二人が私たちの分まで作ってくれた。とてもおいしい料理だが、正直味わうだけの余裕がなかった。
私たち四人はただ、夜中の二時十三分を怯えながら待ち続けた。
夜が訪れると、辺りは一気に真っ暗になった。
都会とは違う夜に少し不気味さを感じた。人の声は皆無、車の通る音すらたまにしか聞こえず、大変静かな場所だった。怪奇など無しにこんな静かな夜を過ごしたいと残念に思う。
私と九条さんは夕飯を食べ終えると、そのまま玄関に居座った。二時十三分にならないと霊は訪問してこないだろうが、それでもその間に何かあればと思ったからだ。
やや冷える廊下に大川さんがくれた毛布に包まり、入れてもらった温かいお茶を啜りながら時間が経つのを待ち続けた。普段九条さんとは会話が少ないと言っても、これほど必要最低限な会話しかしないのは初めてのことだった。
私たちはアンテナを張りながらただ無言で待ち続けた。
「二時を過ぎました」
九条さんが厳しい声で言う。私はびくりと反応する。
携帯を見てみれば確かに、もう午前二時だった。気を落ち着かせるために冷めたお茶を喉に流す。九条さんもポッキーを齧りながら玄関の戸を見た。
彼は最後の一口を頬張ったあと、立ち上がって玄関の灯りを消した。一気に真っ暗になり、手に持つ携帯電話の明かりが恋しい。
その明かりから九条さんの顔がぼんやりと浮かんで見えた。
「大川さんたちは返事をしたこともないと言っていました。つまりは居留守を使っているわけです。ここで玄関の電気をつけていては、中に人がいると相手に教えるようなもの。電気は消しておきます」
「あ、なるほど……」
「ですが流石に暗過ぎますかね、もう少し明かりを……」
その時背後から物音を感じる。振り返れば大川さんたち二人が立っていた。二人とも非常に怯えた表情だ。少し離れた居間の扉が開いており、そこから光が漏れて辺りが少しだけ見やすくなった。
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