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真夜中に来る女
暗い家
しおりを挟むもう乗り慣れた九条さんの車の助手席に座り、伊藤さんからもらった住所をナビで入力して出発する。九条さんはスムーズなハンドル捌きで車を運転していく。
私たち二人は長く時間を共にするが、その間盛り上がって雑談をするわけではない。それはやはり九条さんというマイペースな人と笑いながら談笑するのは中々難しいことで、小一時間沈黙が流れることも普通だ。時々思い出したようにプライベートな話もしたりはするが、ずっと盛り上がり続けるのは不可能。初めは流れる沈黙を気まずく思ったこともあるが、今は慣れた。
今回も出発してから三十分以上、私たちは黙って目的地に向かっていた。時々九条さんとどうでもいい会話を二、三交わした程度だった。
伊藤さんが言うには長閑な場所だと言っていた。田舎は嫌いではないが、近くに人気がない場所とは視える者としてはやや薄気味悪いことも事実だ。
「とりあえずはカメラを設置して撮影ですか?」
私は尋ねる。力の強い霊は高性能なカメラに映る事が多い。それは何度か仕事をこなしてきた私も経験済みだ。大体最初は撮影しながら様子を伺う。
九条さんはハンドルを握りながら頷く。
「ですね。夜中にやってくることは確実でしょうから、その時会話ができれば解決も早いかもしれませんが」
「律儀に毎日来るって言ってましたもんね」
「一点、疑問があるのですが」
赤信号になり車が停車する。ウィンカーの音が車内に響いている。
「女が現れたのは二週間以上も前だと言っていました。それから毎晩。一度警察に相談したとは言っていましたが、それにしてもうちに相談に来るのに時間が空きすぎてる気がしますが」
「まあ……警察に見えないって言われた段階でこの世のものじゃないってわかったはずですし、私ならすぐにでもお寺なりなんなりいくとは思いますけど、考え方は人それぞれですから」
「あれほど気に負って顔色を悪くするほどなら、もっと早く来てもいいと思うんです」
「まあ、そうですね……かなり切羽詰まった感じではありましたね。その間自分たちでお札貼ったり塩盛ったりして対応頑張ったんじゃないですか」
首を傾げて考える。普通のみえない人が心霊調査事務所だなんて来るのは気が引けるだろうし、相談に来るのに悩んでも仕方ないと思うのだが。
「それならいいのですが……」
九条さんはそれだけ言って黙り込んだ。赤信号が変わり車が動き出す。辺りはだいぶ古い道になっていた。車道に引かれた白線はだいぶ禿げ、辺りも家より木々や畑などの光景が増えてきた。
窓からその光景を眺めながら、なるほど確かに長閑な場所だ、と思う。
「もうそろそろ見えてきてもいい頃です」
車通りもだいぶ減ってきた道を進みながら九条さんが言った。私は目の前のナビをじっと眺め辺りを見渡す。
家はそう密集していない。目的の場所は見つかりやすいと思うのだが……
田んぼのある細い道を進みながらじっと眺めている時、私は地図と見比べて指を刺した。
「あ、九条さんあ」
言いかけてふと止まる。小さめな戸建ての家が目に入ってきた途端、どこか不思議な気持ちになったからだ。
家は確かに少し古そうなものだった。だが造りとしてはよくあるタイプのお家だ。二階建ての黒い瓦、薄い茶色の壁。別段目立つ家ではない。
それなのに、その家だけ周りから浮いているような、黒い何かがあたりにあるような感覚に陥った。こんなこと今までは感じたことがなく、自分で焦る。
「く、九条さん、あの家では」
私が言うより前に、彼も気づいていたようだ。ハンドルを握ったままどこか鋭い目をしているように見える。
「あの表現しにくいんですけど……なんか、いやーな感じがするんですが……」
ありきたりな言い方しかできないのに歯痒さを感じながらも告げる。彼は頷くこともなくじっと考え込むようにして低い声で言う。
「やはり、心していきましょう。特に光さん入られないように」
「はい……」
そう言われましても、自分でコントロールできないだが。心の中で嘆いていると、車がとうとう家の前まで到着する。車を駐車すると、その音を聞きつけてきたのか大川さんたちが家から出てきた。ほっとしたような顔つきだ。
私たちは車から降りる。家を目の当たりにし、ぶるりと悪寒が走った。なんの変哲もない家なのに、なんでこんな嫌なんだろう。
娘の八重さんが丁寧に頭を下げる。
「遠いところわざわざすみません……狭い古い家ですが、どこでも入っていただいて構いませんどうぞ」
ぐっと息をのみながら招かれるままに玄関へ向かう。そこは古い家ならではの、すりガラスの引き戸だった。まさこさんがガラガラと戸を引いて開ける。見えた家はやはりよくあるタイプのお家だ。
右手に茶色の靴箱、玄関すぐ前には少し角度の大きな階段。古びた板の廊下。
九条さんがすぐさま家に入りその後ろを続く。途端、不思議な匂いに包まれた。埃のような、砂のような、土のような……。それは決して人の家の生活臭ではなく掃除の手抜きによるものでもないと気づいた。
これは、生きている者の匂いではない。
直感で私はそう感じ心臓がやや鼓動を早くする。家の中はどこか暗くも見えた。上を見上げると電気はしっかり付いていた。
まさこさんが私たちに言う。
「居間はこちらです、すぐにお茶でも……」
「その前に家の中を調べさせて頂けますか。何か、いたとしたら私たちには見えるかもしれないので」
「あ、は、はい」
九条さんはそう言い放つと靴を脱いだ。私もそれに続き彼の物と一緒に靴を揃えると、恐る恐る廊下を進んでみる。
「光さん、とにかく細かく見ていってください。何か少しでも見つけたら教えてください」
「あ、はい」
いつもよりどこか声が厳しく聞こえる九条さんに背筋を伸ばしながら、私はまず玄関を一度ゆっくり見渡した。不安そうに私たちを見ている親娘の姿が目に入ったくらいで、あとはなにもみえない。
九条さんは無言で二階へ登っていった。この雰囲気で一人で二階へ行けるとは彼はやはり度胸が座っている。私はごめんだと思った。
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