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真夜中に来る女
調査へ出かける前の準備
しおりを挟む二人が一足先に家へ帰った後、一旦九条さんはソファに腰掛けてポッキーを摘んだ。いつもの光景なので、私は何も突っ込まず隣に腰掛けている。
伊藤さんがパソコンを睨みながら九条さんに聞いた。
「古い家と言ってましたけど、二週間前から突然異変が続くとなれば家や土地の原因は低そうですよねえ」
「だと思います。ですが一応調べてください」
「はいはい今やってますよーっと。へえ、ここから車で一時間くらいですかね、結構長閑なところですよ。周りも田んぼと古い家が多そうな……こんな人気のないところに女が来たら怖いだろうな~」
伊藤さんが独り言を言うように呟く。私は彼が見つめているパソコンの画面を見せてもらおうかと立ち上がろうとした時、九条さんが言った。
「光さん先ほどの二人どう思いますか」
「え? ええと、別に何か連れてきてるようには見えなかったです。でもなんていうか、今までの中でも一番こう……疲れているオーラというかなんというか」
「同感です」
持っていたポッキーを私にずいっと差し出した。私としてはもう飽き飽きなその棒を受け取ってとりあえず口に入れる。
「まあ、毎晩毎晩訪問者が来れば寝られないでしょうし疲労が溜まるのもわかりますが、あれはそれだけではなく……霊の影響を受けている可能性も」
「影響、ですか」
「あなたも知っているかと思いますが、強い力を持った悪しき霊は生きてる人間に悪影響を及ぼします、死に至らせることも稀にある」
どきんと心臓が鳴った。私は生憎そこまで強い霊と関わったことはないが、確かに今までの人生『かなりやばいやつ』もお目にかかったことはある。大概道端ですれ違うだけのものなので、実害は被ったことがないが……。
いつにも増して鋭い目をした九条さんが続けた。
「気をつけて行きましょう。あなたは特に入られやすい」
「は、はい」
「伊藤さん、先ほどの二人についても調べられる範囲でいいので調べておいてください」
「はーい」
九条さんはポッキーを全て食べ尽くすと、空になった袋を適当にテーブルの上に放って大きく伸びをする。私は無言でそのゴミを拾ってゴミ箱に捨てた。
ついでに立ち上がり、仮眠室においてあった調査用キャリーケースを取り出す。そこであっと思い出し、ソファに座っている九条さんに声をかけた。
「九条さん、着替え持ってきてくれました?」
このキャリーケースの中身はほぼ私の私物だ。着替えに洗面具、化粧品。ただその隙間に、九条さんのためのポッキーと彼の着替えも詰め込んでいる。前回は伊藤さんが経費で買ってきておいた着替えを入れておいた。その着替えはもう使ってしまったので、新しい着替えを持ってきてくださいとお願いしておいたのだ。
が、彼は無表情でこちらを見る。
「忘れました」
「…………」
想定内。
調査に入ると清潔のことなんか後回しにするこの男、どうせ頭の片隅にも着替えのことなんかなかったに違いない。私は淡々と伊藤さんに言った。
「伊藤さんもう一部頂きます」
「はいそこの紙袋ね」
私たちのやりとりを聞いて、九条さんが振り返る。私は紙袋を彼に見せつけて言った。
「伊藤さんが買ってきてくれてます。経費で。ちゃんと持ってきてくれないと事務所の経費で九条さんの服を買い続けることになります、次回はちゃんと持ってきてください」
彼は呆れたように眉を下げた。
「ですから私別に着替えぐらいしなくても死にませんから」
「そんなの私だって死にませんよ、生きる死ぬじゃなくて必要最低限の清潔感の話です!」
「断言しますが、私は次回の調査の時も着替えなんて忘れてきますよ」
「悲しい断言しないでください」
彼は困ったようにため息をつく。すると思いついた、というように私に言った。
「では光さん、今回着替えた後の私の服もあなたの分と一緒に洗っておいてくれませんか」
「え」
「それを次回持ってきてください、それでいきましょう。お願いします」
解決、とばかりに彼は言い切ったが私はゲンナリする。とうとう食事だけじゃなくて洗濯までさせられるのか、付き合ってもないのに。いや付き合ってても自分でしてほしい。
まあ一緒に洗濯するくらいいいけどさ……
……ってあれ、待ってほしい!
「い、いや九条さん! そ、それは」
「はい」
「ささ、さすがに、く、九条さんのパ……」
言いかけて口ごもる。慌てている私をどうしましたと言わんばかりに彼は首を傾げて私を見ていた。すかさず、伊藤さんがパソコンを見ながら声を上げる。
「九条さん、それって光ちゃんに九条さんの下着洗えって言ってるんですよ」
「……ああ……」
察しのいい伊藤さんの助言で、なんとか九条さんは気づいたらしい。私はほっと胸を撫で下ろす。服ぐらい洗って持ってきてもいいかと思ったけど、流石に下着となれば話は全然違ってくる。普段鈍い九条さんもそれはまずいと思ったのか黙り込む。
伊藤さんは呆れたような声で続けた。
「じゃあ次回は調査の当日、僕か光ちゃんが着替えを持ってこいって連絡入れますから。それでいいですか?」
「はあ、わかりました。なんとか持ってくるようにします」
一件落着したところで、九条さんが立ち上がった。私は慌ててキャリーケースを閉めて彼の元へ寄る。
「伊藤さん、情報はまた私の携帯に送ってください」
「はーい」
「夜中ということで時間はたっぷりありますが、撮影機材の準びもありますし下調べもしたい。早めに行きましょう光さん」
「あ、はい!」
私たちは笑顔で手を振る伊藤さんに見送られ、ようやく事務所を出た。
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