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真夜中に来る女
女がくる
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「女です。毎晩必ず二時十三分になると、女が訪問してくるんです……」
「それはいつからですか」
「もう、二週間以上前になります。ある日突然の訪問で」
「家を訪ねてくるんですね? ドアを開けたことは?」
「一度もありません、そんな恐ろしいこと……返事もしたことはありません」
まずそんな真夜中に訪れる人間などマトモなわけがないのだから、迎えはしないし返事もしないのが普通だ。特に女性二人暮らしなのだし。
九条さんは腕を組んで言う。
「確かにそんな夜中に訪ねてくる人間など普通でないのは間違いありませんね。ですが、ただ訪ねてくるだけなら霊というより人間である可能性が……」
九条さんの言葉に、まさこさんが強く首を振った。ダラダラと流れる汗を必死に拭きながら言う。
「警察にね、行ったんです」
私と九条さんが顔を見合わせた。警察に相談ずみだったとは。
まさこさんは眉間に深い皺を寄せながら続ける。
「始めは無視してただけですけど、何日も続いたので警察に連絡したんです。実害はないですが、不審者であることは間違い無いから、一度その時間帯に周辺をパトロールしてくれるって」
「そ、それで?」
私は身を乗り出して続きを尋ねた。まさこさんはコーヒーを一口飲んで心を落ち着け、語った。
「警察がきてくれるなら安心だと、八重と二人家で待機していて……その晩もキッカリ、いつも通りに女はやってきたんです。しつこいくらいにうちの玄関を叩いて、叩き続けて……」
九条さんも真剣な目でまさこさんを見ている。
「どうなりました」
「……それでも、全く警察の人が来てくれる様子がなかったんです。変だなと思って、早く来てくれないと女が帰ってしまう。私は慌てて電話しました。そこで言われたセリフが」
『あの、大川です! 今女が訪ねてきています、到着はまだですか? 女が帰ってしまいますから……』
『……え、大川さん、今女が来てます?』
『来てますよ! 玄関の扉を叩いています! 早く来てください!』
『…………あの、大川さん。
僕あなた方の玄関が見える位置に立ってますけど。
今誰もいませんよ』
その光景を想像してゾッとする。部屋の温度は十分暖かいはずなのに、私は腕をさすった。
二人は苦しそうに俯いた。八重さんが言う。
「遠回しに二人で精神科の受診を勧められました……でもあの言い方は、私たちが悪戯で警察に相談しに行ったと勘違いされているみたいでした。でも、私たちには本当に見えてるんです。本当なんです!」
九条さんは黙ったまま鋭い目で二人の話を聞いていた。先ほど、依頼者本人が思い込んでいたり人間が犯人である可能性もあると言っていたけれど、その可能性は低いだろうと私は思った。
二人が二人とも精神病にかかり同じ幻覚を見る可能性は非常に低いと思うからだ。それに、八重さんもまさこさんも今話している段階で特に変な言動はない。
私はちらりと隣の九条さんを見上げる。
「その女はどのような人物ですか」
「古い家なので、カメラつきのインターホンがないんです……あっても確かめる勇気がないかもしれません」
「女が訪ねてくる以外に異変は」
「いいえ、何も……それが原因で二人とも疲れ果てているくらいです」
「昼間は特に異常はなし、というわけですね。なるほど……」
彼は一度黙り込み静かに考え事をした。私たちはそれをじっと見守る。しばらくして、九条さんはうんと頷いて顔を上げた。
「とにかく実物を見なくては始まりません。お家へ伺ってもよろしいですか」
「! はい、はい勿論です!」
二人は嬉しそうに笑った。自分たちの話を信じてもらえたことにホッとしているのかもしれなかった。
九条さんはそんな二人にニコリとも笑いかけずに言う。
「女の姿を確認できた場合、解決するまで泊まり込みであなたがたの家にお邪魔することになるかと思います、何も起こらない昼間でも我々には何か見えるかもしれない。不都合があれば昼間は滞在をやめますが」
「とんでもない! 是非、泊まってください。私たち二人じゃ心ぼそくて……」
「では可能であれば一室、お貸しいただいて我々の控室とさせてもらいたい。家の中や外など撮影すると思います。正直解決にどれほどの時間を要するかはわかりません。よろしいですか」
「はい!」
縋るように私たちを見る八重さんやまさこさんを見て、よっぽど怖い目に遭っているんだなと哀れに思う。そりゃ夜中に変な女が来て、他の人間には見えないなんて言われたらなあ……。そう言う気持ち、私たちには嫌と言うほどわかる。
九条さんは決まりだと言わんばかりに立ち上がる。
「準備が出来次第伺います。住所と電話番号を伊藤に伝えておいてください。あなたがたは先に帰宅を」
まさこさんは少し落ち着いたように、一息ついてコーヒーを飲む。八重さんはまだ緊張しているのか、一度もそれに口をつけないまま頭を下げた。
「どうぞ、よろしくお願いします……! 私も母も、参っているんです。九条さん、黒島さん。よろしくお願いします」
「それはいつからですか」
「もう、二週間以上前になります。ある日突然の訪問で」
「家を訪ねてくるんですね? ドアを開けたことは?」
「一度もありません、そんな恐ろしいこと……返事もしたことはありません」
まずそんな真夜中に訪れる人間などマトモなわけがないのだから、迎えはしないし返事もしないのが普通だ。特に女性二人暮らしなのだし。
九条さんは腕を組んで言う。
「確かにそんな夜中に訪ねてくる人間など普通でないのは間違いありませんね。ですが、ただ訪ねてくるだけなら霊というより人間である可能性が……」
九条さんの言葉に、まさこさんが強く首を振った。ダラダラと流れる汗を必死に拭きながら言う。
「警察にね、行ったんです」
私と九条さんが顔を見合わせた。警察に相談ずみだったとは。
まさこさんは眉間に深い皺を寄せながら続ける。
「始めは無視してただけですけど、何日も続いたので警察に連絡したんです。実害はないですが、不審者であることは間違い無いから、一度その時間帯に周辺をパトロールしてくれるって」
「そ、それで?」
私は身を乗り出して続きを尋ねた。まさこさんはコーヒーを一口飲んで心を落ち着け、語った。
「警察がきてくれるなら安心だと、八重と二人家で待機していて……その晩もキッカリ、いつも通りに女はやってきたんです。しつこいくらいにうちの玄関を叩いて、叩き続けて……」
九条さんも真剣な目でまさこさんを見ている。
「どうなりました」
「……それでも、全く警察の人が来てくれる様子がなかったんです。変だなと思って、早く来てくれないと女が帰ってしまう。私は慌てて電話しました。そこで言われたセリフが」
『あの、大川です! 今女が訪ねてきています、到着はまだですか? 女が帰ってしまいますから……』
『……え、大川さん、今女が来てます?』
『来てますよ! 玄関の扉を叩いています! 早く来てください!』
『…………あの、大川さん。
僕あなた方の玄関が見える位置に立ってますけど。
今誰もいませんよ』
その光景を想像してゾッとする。部屋の温度は十分暖かいはずなのに、私は腕をさすった。
二人は苦しそうに俯いた。八重さんが言う。
「遠回しに二人で精神科の受診を勧められました……でもあの言い方は、私たちが悪戯で警察に相談しに行ったと勘違いされているみたいでした。でも、私たちには本当に見えてるんです。本当なんです!」
九条さんは黙ったまま鋭い目で二人の話を聞いていた。先ほど、依頼者本人が思い込んでいたり人間が犯人である可能性もあると言っていたけれど、その可能性は低いだろうと私は思った。
二人が二人とも精神病にかかり同じ幻覚を見る可能性は非常に低いと思うからだ。それに、八重さんもまさこさんも今話している段階で特に変な言動はない。
私はちらりと隣の九条さんを見上げる。
「その女はどのような人物ですか」
「古い家なので、カメラつきのインターホンがないんです……あっても確かめる勇気がないかもしれません」
「女が訪ねてくる以外に異変は」
「いいえ、何も……それが原因で二人とも疲れ果てているくらいです」
「昼間は特に異常はなし、というわけですね。なるほど……」
彼は一度黙り込み静かに考え事をした。私たちはそれをじっと見守る。しばらくして、九条さんはうんと頷いて顔を上げた。
「とにかく実物を見なくては始まりません。お家へ伺ってもよろしいですか」
「! はい、はい勿論です!」
二人は嬉しそうに笑った。自分たちの話を信じてもらえたことにホッとしているのかもしれなかった。
九条さんはそんな二人にニコリとも笑いかけずに言う。
「女の姿を確認できた場合、解決するまで泊まり込みであなたがたの家にお邪魔することになるかと思います、何も起こらない昼間でも我々には何か見えるかもしれない。不都合があれば昼間は滞在をやめますが」
「とんでもない! 是非、泊まってください。私たち二人じゃ心ぼそくて……」
「では可能であれば一室、お貸しいただいて我々の控室とさせてもらいたい。家の中や外など撮影すると思います。正直解決にどれほどの時間を要するかはわかりません。よろしいですか」
「はい!」
縋るように私たちを見る八重さんやまさこさんを見て、よっぽど怖い目に遭っているんだなと哀れに思う。そりゃ夜中に変な女が来て、他の人間には見えないなんて言われたらなあ……。そう言う気持ち、私たちには嫌と言うほどわかる。
九条さんは決まりだと言わんばかりに立ち上がる。
「準備が出来次第伺います。住所と電話番号を伊藤に伝えておいてください。あなたがたは先に帰宅を」
まさこさんは少し落ち着いたように、一息ついてコーヒーを飲む。八重さんはまだ緊張しているのか、一度もそれに口をつけないまま頭を下げた。
「どうぞ、よろしくお願いします……! 私も母も、参っているんです。九条さん、黒島さん。よろしくお願いします」
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