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真夜中に来る女

薩摩芋

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「光ちゃんもまた調査始まると大変だね、早く終わるといいんだけどね?」

「そうですね、長期戦はなるべく避けたいです。着替えとかも困るし、なんか痩せるし……」

「えっ! 確かに調査終わる頃げっそりしてるもんね光ちゃん……無理しちゃだめだよ、九条さんのポッキー奪って食べるんだよ!」

「あは、ありがとうございます」

「現場に入ると僕は全然協力できなから申し訳ないなー差し入れくらい行くから!」

「ありがとうございます」

「あ、早く食べないと依頼者さん来ちゃうね」

 伊藤さんは慌てて頬張る。大したことない弁当を、本当に美味しそうに食べてくれるからこちらも嬉しくなってしまう。対して九条さんはいつものように無表情でもぐもぐと食べ続けていた。米粒はついたままだ。

 まあ、彼も美味しいですよって言ってくれたことあるからいいんだけど。

 気持ちのいい食べっぷりで伊藤さんは食べ続けながら言う。

「ねえ、この肉団子? めちゃくちゃ美味しいね」

「そうですか? 結構簡単なんですけど」

「もし機会があったら次もこれ入れて」

「よろこんで!」

 今現在プライベートで手料理を振る舞う相手などいない私にとって、こんなに美味しそうに食べてくれる人がいるというのはかなりありがたい。自分だけのための料理とは味気ないものなのだ。

 チラリと時計を見上げ、私も食べることに集中して箸を進める。さてどんな依頼内容やら。

 一足先に食べ終えた伊藤さんがトイレへと立っていく。残された私と九条さんは、無言で二人ともおにぎりを頬張っていた。

 九条さんはマイペースにゆっくり食事をとっている。春の日差しを眩しそうに眺めながら、思い出したように言った。

「今日の朝光さんが電話くれたんですね」

「はい、朝伊藤さん忙しそうにしてたので。九条さんもうちょっと他に起きる方法ないんですか? いい目覚ましとかないですかね」

「私もこれまでの人生色々試行錯誤したんですがね。仕事中だったりするとすぐに覚醒するのに、そのほかはまるで夢の中から抜け出せなくて」

「どんな夢見てるんですか」

「今日は大きなカラスに連れ去られる夢を」

「悪夢!!」

 つい笑ってご飯を吹き出しそうになってしまう。同時にカラスに連れ去られていく九条さんも想像してしまった。子供みたいな夢を見るんだな意外。

 笑う私を横目で眺めながら、彼は小さくなったおにぎりを最後一口で口にいれた。

「笑いすぎです」

「あはは、すみません。それとずっと口の端に米粒ついてますよ、依頼者のかた来るんだから取ってください」

「ずっと前からならなぜもっと早く教えてくれないのですか」

「九条さんは米粒ついてても恥ずかしいとか思わないかなって」

「思いませんけど」

 再び吹き出してしまった。男前の無駄遣い、顔だけ見れば文句の付け所がない綺麗さなのに、なんて身だしなみに無頓着なんだろう。私と伊藤さんがいなかったらご飯つけたまま相談を聞いていただろう。

「あっと、いけない本当に急がなきゃ時間が」

 慌てて食事を続ける。九条さんは水をいくらか喉に流し込むと、突拍子もなく言い放った。

「私は薩摩芋の甘露煮です」

 顔を上げて意味不明な自己紹介をしてきた男をぽかんとして見る。急にどうした、九条さんが薩摩芋??

 理解していない私に気づいたのか、彼がこちらをゆっくり振り向く。ご飯粒が取れた端正な顔立ちで私を見た。

「光さんの弁当のおかず。また入れてきてください」

「……は」

 それがさっき伊藤さんが言った、お弁当のおかずのリクエストだとようやく気がついた。正直なところ、あれは私の晩御飯の残りだった。

 美味しいと言ってもらえただけでも嬉しかったけれど、特にお気に入りのメニューを聞くとまた全然気分が違う。

 薩摩芋、の、甘露煮。

 沸き上がる嬉しさとムズムズする複雑な気持ちを必死に押し殺しながら、私はただ短く『はい』と答えるしかできなかった。にやけてしまいそうになる頬を誤魔化すために、必死にご飯を口の中に入れて噛み締めた。今もし家に帰宅したら、私山ほど薩摩芋の甘露煮作っちゃいそう。










「初めまして、大川八重と申します」

 上品そうな女性が頭を下げた。白いカーディガンに紺色のスカート。セミロングの髪の毛がふわりと揺れる。年は二十代後半と言ったところだろうか、柔らかそうなオーラを感じる方だった。

 大川さんの後ろでもう一人、中年の女性が頭を下げる。ショートカットの小柄な人で、六十歳くらいに見える。

「母の大川まさこと言います」

 事務所を訪れたお二人はまず入り口でそう丁寧に挨拶をした。伊藤さんが素早く反応してソファへ誘導する。

「お待ちしていました! こちらへどうぞ」

 二人はおずおずと言った様子で事務所中央にある黒い革のソファへと移動し腰掛ける。九条さんも立ち上がり、二人の前へ移動した。私もその隣へ腰掛ける。

 母娘二人の相談者だったとは。きっと同居しているに違いないと思った。

「初めまして、九条尚久と言います」

「黒島光です」

 挨拶を述べると、二人は再びゆっくり頭を下げる。私はじっと二人を見据えた。

 今のところ、何かを連れている様子はない。だが、二人から漂う悲壮感というか、落ち込んだオーラが非常に気になった。無論ここに相談に来る人はみんなそれなりに困った様子で尋ねてくるのだが、この二人は特に顔にどっと疲れが出ている。

 八重さんがキョロキョロとあたりを見渡した。私は微笑んで声をかける。

「思ったより普通の事務所で驚かれました?」

「あ、ごめんなさい……はい、いらっしゃる方々もお若くて、その想像と違ったものですから」

「ふふ、私も最初そう思いましたよ。大丈夫です、怪しいところじゃないですよ」

 私の声かけに、八重さんは僅かに表情を緩めた。そこへコーヒーを淹れ終えた伊藤さんがやってきて、さらに場の雰囲気が和む。

「そうそう! 僕も元は依頼者でしたけど最初は来るのにすっごくビビってて! 拍子抜けですよねえ」

 二人の前に湯気のたつコーヒーが置かれる。母のまさこさんは会釈してそれを少しだけすすった。八重さんは手をつけることなくじっと座っている。

「それで、どんな内容のご相談ですか」

 九条さんが本題に入った。二人の顔が一気に陰る。まさこさんはカバンからハンカチを取り出し、それで額の汗を拭いながら言う。

「私と娘は二人暮らしでして、元は私の母の……つまりは八重にとっての祖母の家に住んでいるんです。長く住んでいましたけど、住み心地のよい家でした。それがここ最近、突然……」

 ハンカチを握る手に力が入る。八重さんがバトンタッチしたように続けた。

「真夜中に、女が来るんです」

「女?」

 九条さんが少し首を傾ける。八重さんは一度呼吸を整えるようにして息を吐いた。見れば、彼女の手は酷く震えている。
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