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目覚めない少女たち
後日
しおりを挟む「どうやらね、木下ちかさん、眠っていた間の記憶は全然ないらしいんですよ」
伊藤さんが腕を組んでそう言った。
調査終了してから三日。あのあと私と九条さんは疲労から死んだように眠り、自宅でゆっくり休暇をとった。あまり長い時間の調査ではなかったが、なんと言っても活動量が半端ではなかったのだ。
その間、情報収集のスペシャリスト伊藤さんは、その後のちかさんたちのことを調べていたらしい。ちかさんを含め眠っていた全ての子たちは特にその後の検査等でも異常なく、退院も間近であると伝えられた。
事務所で伊藤さんとソファに座って話を聞いていた。九条さんは少し離れたところで一人ポッキーを頬張っている。
「じゃあ、首吊りしてたこととか、私たちのことはもちろん覚えてないんですか……」
「そう。本人はある日眠って起きたら病院だし両親は泣いてるだしでびっくりしたみたい」
「そんなことあるんですねえ……色んな能力がこの世にはあるんですね。世界は広いです」
感心するように言った。結果自殺を阻止して説得した後ちかさんたちは目覚めたのだし、多分九条さんが立てた仮説は間違ってないはず。無意識のうちに深い眠りについて、それだけでなく周りの子も引き連れてっちゃうんだもんなあ……
伊藤さんが難しい顔をして腕を組んだ。
「色々調べてみたんだけど、ちかさんに変わった能力があるって噂とかはちっとも聞かなかったんだよね。こればっかりは調べるにも限度があって。無自覚か、それとも本人が頑なに隠してきたのかは分からない」
「私も視えることは家族以外知りませんでしたし、調べようがないですね」
「心配なのは、もう同じようなことが起きなきゃいいけどってこと。ねえ九条さん?」
伊藤さんが九条さんに呼びかけた。彼は例の棒を手に持ち、それを眺めながら答える。
「彼女の交友関係が改善されたわけではないですからね。今回はよくうまく行ったと思います。光さんのお手柄でしたね」
ストレートに言われて、何となく恥ずかしくなって顔を伏せた。隣の伊藤さんがよかったねと言わんばかりにニコリと笑ってみせる。素直に喜んでいいのだろうか、まあせっかくあの九条さんが褒めてくれているのだから受け取っておこう。
「あ、ありがとうございます……」
「それとアフターケアは伊藤さんがやっておいてくれましたから、うまくいくといいですね」
「アフターケア?」
私が首を傾げて伊藤さんを見る。彼は頭をかいて答えた。
「そんな大そうなことじゃないけど……ほら、澤井さん。あの子、ちかさんのクラスメイトなんだよね」
「あ、そうでしたか!」
「うん、それで今回の真相は正直に言えないけど、ちょっと誤魔化しながら伝えたんだよね。『学校生活であまり友達と馴染めないこととかで悩んでる心に変なものが入ったみたいで』って。あの子ってほら、クラスでも中心にいそうなタイプじゃない? それでいて感が良さそうだったし。案の定結構真剣に話を聞いて、これからは少しちかさんに話しかけてみるって言ってたよ」
「なるほど、アフターケア……!」
澤井さんは確かにキラキラグループの女子だろう。その子が少しでも声をかけてくれれば状況が変わるかもしれない、ってことか。
感心して伊藤さんの顔を見た。さすがだな、と思っていたが、当の本人の表情はあまり冴えない。
「まあ、お節介の可能性も高いんだけどさ。ちかさんと澤井さんってタイプ違いそうだし……」
自信なさげに言う伊藤さんに、九条さんが割って入った。
「きっかけを掴めるかどうかはもう木下ちかさん本人次第ですよ。もし今後また同じような現象が起こるのならまた連絡がくるはずです。対策を新たに考えねばなりませんね」
解決したと思ったが、まだ全て終わったわけではないかもしれない、ということか。複雑な現状にため息を漏らす。
思春期の心は繊細だ、不安定でアンバランス。それがしっかり自立するのには、彼女はまだまだ若すぎる。
後味のすっきりしない終わりに私が表情を曇らせていると、伊藤さんがそれを断ち切るように言った。
「でもまあ、とりあえずはみんな目が覚めたし、やっぱりあれ以降首吊りの証言は出てこないっていうしさ。二人ともお疲れ様でした!」
「伊藤さんこそ……あ、そうだ!」
私は話途中で思い出し、立ち上がって置いてある自分の鞄を漁った。中から取り出したものを見て、伊藤さんが素早く気づき声をあげる。
「あれ! 携帯買ったの!?」
「あ、そうなんです。この前お給料いただいたし、正直あまり必要ない存在なんですけど……伊藤さん番号聞いてもいいですか?」
「そうなんだよかった! なんかあった時連絡できないと困るもんね。休みたい時とか、僕のところにLINEしてくれればいいからね。番号はねー……」
買ったばかりの携帯に彼が読み上げる番号を入力していく。実は、第一号の登録だったりする。前の携帯は破棄したから引き継ぎもできないし、すぐに連絡先を交換できる友達もいないのだ。自分で言ってて悲しすぎる。
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