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目覚めない少女たち

今が楽しいのは

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 しん、とした音楽室は私と九条さんだけが残っていた。もう気配すら何も残っていない。

「あ、あれ……ちかさん、消えちゃいました……」

 慌てて九条さんを見上げると、彼は机にもたれながら腕を組んで僅かに口角を上げて私をみていた。優しく光るその瞳にたじろぐ。

「あ、の、ちかさんは……」

 声を出してみるものの、うまく言葉が出なかった。九条さんはゆっくり天井を見上げて考える。

「さて、どうなったか私もよく分かりません。なんせ初めてのケースだったので」

「す、すみません私突然でしゃばって……どうしても、他人事に思えなくて」

 ようやく冷静になって謝った。霊と話すのは九条さんの役割だし、私はそんな特技を持っていないのにペラペラと話してしまって。

「いいえ。恐らくですが、あの様子だとあなたの言葉も聞こえていたのでは」

「そ、んな感じがしましたけど……やっぱりまだ生きてる霊体だったからでしょうか」

「多分。謝ることは何もないです、私はお手上げでしたからね。もう出来ることは何もありません。これで木下ちかさんが目覚めなければ、もう他のプロに仕事を回すしかないですね」

 そう言うと、九条さんはガタガタに散らかった机や椅子を整頓し始めた。私は立ち上がって、紐が吊ってあった天井を見上げる。

 起きてくれるといいな、ちかさん。きっと彼女が目覚めれば、引きずられていた他の子達も目が覚めると思うんだけど……。

 そしてどうか、人生にそんなに悲観せず生きて欲しい。

 って、やっぱりでしゃばりすぎたな。これで失敗だったら落ち込んじゃう。

 私ははあとため息をつきながら椅子と机を並べていく。ふと背後から九条さんの声が聞こえた。

「楽しいんですか、今」

 振り返る。彼はいつもみたいな無表情のままで私をみていた。

 ……あ、さっき言ったから?

 ちかさんに、今は結構楽しいですと確かに言った。

 私はほほえんで言う。

「はい、楽しいですよ。怖いこともいっぱいあるけど、伊藤さんと九条さんと働くの、楽しいです」

「そうですか。ならよかった」

 それだけ短く言うと、九条さんは再び机たちを直し始めた。その横顔は真顔だから、彼が今どんなことを思ってあんな質問を突然してきたのは、私にはよく分からなかった。



 それからしばらく経って朝日が登る頃、寝不足で死んだように眠っていた私たちの元へ、木下ちかさんが病院で目覚めたと連絡を受けた。それを聞いた瞬間、私は喜びに飛び上がった。九条さんも一安心、とばかりに息を吐いていた。

 そしてそれをきっかけに、他の子達も次々と目を覚ましていった。やはり、すべての元凶は木下ちかさんの不思議な能力によるものだったと結論づけていいだろう。

 生徒たちが登校する頃には、眠っていた全ての子たちの目覚めが確認でき、私たちの元へ理事長の三木田さんが大喜びで訪ねてきた。九条さんはそのまま、三木田さんには包み隠さず調査報告を行なった。

 想像していた結果とあまりにかけ離れていたからか、三木田さんはかなり驚いていた。が、彼はその話を信じた。普通、なかなか信じられない内容であると思うのだけれど、彼はかなり適応力が高いと思う。

「もう少し、生徒たちの人間関係をどうにかサポートできないか考えてみます。この件はもちろん私の心の中にだけ秘めて」

 そう返事した三木田さんは、やっぱり素敵な先生だなあ、なんて私は思った。




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