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目覚めない少女たち

目覚め

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 ゆらゆらと揺られる心地いい動きに、重い瞼を少しだけ持ち上げた。

 体全体が浮いているような感覚に包まれていた。ぼうっとした頭で、視界に映る白い天井を見つめる。それと同時に、見慣れた顔があるのに気がついた。

「……本物……?」

 疑心暗鬼になって独り言を呟く。その独り言に気づいたのか、九条さんがはっと私の顔を見下げた。彼は相変わらず白い肌に無造作な黒髪だった。ただその表情は、少し切羽詰まったような顔に見える。しまった、これはまた偽物か?

「光さん?」

「……え?」

「目が覚めたんですか?」
 
 少し目を見開いて彼は私に尋ねた。私は未だイマイチ回転の悪い頭で考えながらとりあえず頷いてみる。また愛の告白でもされたらどう逃げよう。

 私が頷いたのをみて、はあーっと九条さんは天井を見上げて長い息を吐いた。そしてすぐに眉をひそめた顔で私を見た。

「目覚めないかと思いましたよ」

「はあ……」

「突然気を失って、何をしても目を覚ましませんでした。これまで入られた時はもっと安易に目を覚ましたのに。これは本格的に危ういと判断して今学校を出ようとしていたところです」

「おや……本物?」

「さっきから何を言ってるんですか?」

 私の言葉に首を傾げる。そんな彼の顔を見上げながら、ようやく頭が冷静になってくる。あれ、現実か。今度こそ本物の九条さんなんだろうか? もしまた偽物だったらどうしよう。

 そう混乱している最中、自分の体が浮いていることに気がついた。そういえば、さっきからふわふわと浮遊感に襲われていたのだが……

「……ふぁ!!?」

 状況を把握してつい変な声が漏れた。自分は、九条さんにいわゆるお姫様だっこをされている状態だった。それに気づいた瞬間一気にまた現実ではない説が強まる。だって、九条さんが私をお姫様抱っこって!

「す、すみません九条さん、重くないですか!?」

「ああ、忘れてました」

 彼はそういうとゆっくり私をおろしてくれる。私はそのまま床に座りこむ。未だ全身に力が入らなかったからだ。

 同時に、洋服が所々水に濡れていることに気がついた。はて、と思っていると、九条さんがそれに気づいたようにいう。

「すみません、なんとかして起こそうと水を顔にぶっかけまして」

「…………」

 あ、これ、本物だ。本物の九条さんだ。そう確信する。

 だって甘々な夢を見せようとした偽物の九条さんが女の顔に冷水ぶっかけないでしょう。温かい食事でも取ろうって言ってた人がやらかすとは到底思えない。

 と冷静に分析した瞬間、さっきの抱っこが現実なんだと気がつき顔が熱くなる。いつだか言われた冗談が、ついに現実になるとは。でも、ぼうっとしてたからあんまり感覚覚えてない、しまったもうちょっと味わっておくべき……ってそうじゃない。

「わ、私入られたんでしょうか?」

「……入られた、んでしょうか。
 あまりに目を覚さないので、私はてっきり五人目の目覚めない人になったのかと思ったのです」

 そう言われて一気に心臓が冷える。そうか、私結構危険だったのかも。

 思えば、違和感に気づかないうちは非常に幸せな夢かだった。あのまま時が止まればいいと思うくらい。九条さんの異変に気づかなければ、夢の中でずっと生きていたのかも……。

 九条さんが続ける。

「あなたはここの生徒ではないですが、昔あまり友人がおらず寂しい学生時代だったと言っていたので。霊と波長が合ってしまったのかと」

「そ、そうなのかも……私、今すごく不思議な夢を見てたんです!」

「どんなですか」

「あの!」

 言いかけてはたと止まる。いや待って、どう説明するの? 九条さんに告白されて喜んでたら偽物だと途中で気が付きましたって?

 そんなの、私の恋心ばらすようなものじゃない?

 固まった私の顔を、九条さんが覗き込む。

「光さん?」

「なん、か……幸せな始まりで、すごく……でも、途中でこれは偽物だって気づいたんです。そしたら、こう世界がぐにゃっと曲がった感じで」

 抽象的に話をまとめた。別に具体的に言わなくてもこれで伝わると思う。

 九条さんは腕を組んで考え込む。

「幸せな夢、ですか」

「ええすごく。今考えたらありえない世界なんですけど、あの時はてっきり現実かと思って……でもかろうじて気がつきました」

「幸せな、夢……」

考える九条さんを見ながら私ははっと思い出し、さらに言った。

「私見ました、夢の中で、首吊りの霊の顔を!」

 九条さんが驚いた顔で私を見る。

「なんですって?」

「首吊りしてる子の顔を覗き込んだんです、その後その子が目を開いて声出したりして凄く怖かったんですけど……追われて足首引っ張られたり……でも、確かに見ました」

「どんな子だったんです」

 真剣な九条さんの声が響く。

 私はぐっと彼の顔を見つめて、あの子の名前を告げた。

「……何と言いました?」

 少し目を見開いて、九条さんはそう聞き返した。私は再びしっかりした声で返す。

 決して間違いなどではない。あの夢の中で見たあの子の顔を忘れるわけがないのだ。

 何度も目の前で首吊りを重ねた彼女。なぜこんなことになっているのか私の頭ではまるでわからず混乱しているが、これが事実。

 九条さんはどこか感心したように頷いた。その瞳には、不思議な色が宿っているように感じる。鋭く光るその目に一瞬どきりとする。

「非常に面白い」
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