視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~

橘しづき

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目覚めない少女たち

誰?

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 以前付き合っていた人から告白された時も驚いたけれどそれとは比にならない衝撃。私は震える声で尋ねた。

「ほ、本当ですか……」

「ええ。視える能力も全て含めてあなたが好きです」

「私……?」

「そうです、あなたがです」

 今まで、この力を知った上で愛してくれた人は母しかいなかった。

 父も妹も、婚約者だった人も、霊が視えるなんて疎ましい力を嫌がって離れていった。だから、これを受け入れてくれる人に出会えるなんておもっても見なかった。

 ぐっと目に涙が溜まる。好きな人に思いが通じるって、こんなに幸せなことだったっけ。満たされた思いで胸がいっぱいになる。もうこのまま時が止まればいいのにと思った。

 すごく変な人だけど、実は責任感が強くて優しい人。ずっと、この人が好きだった。

 涙目で九条さんを見上げ、笑う。

「嬉しいです、私……」

「なぜ泣くんですか」

「嬉しいからです」

「そうですか」

 九条さんは相変わらず優しい笑顔で私を見続けている。彼がこんな顔をするなんて。夢でも見てるみたい。

 ああ、今まで頑張って生きてきたご褒美を神様がくれたのかな。だとしたら、本当にありがとうと言いたい。

「さあ、帰りましょう」

 未だ呆然としている私を起こすようにして九条さんが私に呼びかける。私もようやく自力で地面に座り、慌てて言った。

「え、でも調査は……そう、私見えたんです、あれは……!」

「危険です。もう調査は終わりです」

 私の言葉を遮りながら彼はキッパリと言った。危険、といえばそうだけれど、そんなの初めからわかっていた事だし、私の感覚では今回の依頼はそこまでヤバい相手とは思えない。これまでにもっとえげつないものと出会ったことはあるからだ。

 もしや、私だけ帰されるのだろうか。

「九条さん、私大丈夫です。一緒に残りますから……」

「私も帰ります。依頼は断ります。さあ、帰ってゆっくりしましょう、温かい食事でもとって」

 私の方を見て、彼はまた優しく笑った。その長く美しい指を伸ばして私の頬を撫でる。でもそんな嬉しい動作にときめくより前に、私は時間が停止したように全身を止めた。

 帰ります? 依頼は断ります??

 どうしました、とばかりに彼は私を優しい目で見ている。それは紛れもなく九条さんで、彼のガラス玉みたいな瞳には私が映っていた。

「帰るんですか、九条さんも……」

「ええ」

「依頼、終わりですか……」

「そうです。仕事は終わりにしてあなたとゆっくり過ごします」

 九条さんの白い肌、長めの無造作な黒髪、長い睫毛に高い鼻。

 見慣れたそれが、一気に違和感と変化する。



「……あなた誰ですか……?」



 掠れた自分の声が喉から漏れた。九条さんは微笑んだまま表情一つ変えず私を見ている。私の頬に、汗が一つ流れた。

 九条さんはとてつもない変人だ。彼の頭を一度覗いて見たいと思うくらい。

 それでも、仕事に対しては熱意もあるし責任感もある。これまでの仕事ぶりを見ていればそれはよくわかっていた。例え私を一人仕事から離したとしても、せめて自分一人は残って調査を続ける人。その律儀さが仇になり、以前依頼者とトラブルになり警察と伊藤さんに叱られたほど。

 それくらい、彼は変なところでまっすぐなのに。

 今目の前にいるこの九条さんの顔をした男は、仕事なんか投げ出そうとしている。私がちょっと気を失っただけで別段危険なんか感じていないのに。

 九条さんじゃ、ない。

 この人は違う、あの九条さんじゃない。

 そう、そうだ。何を甘い言葉にほだされていたんだ自分は。九条さんが私に告白なんかしてくるはずがないじゃないか。さっきまであんなに私の恋愛に興味なさそうにしてたのに。

「九条さんはここで帰ろうだなんて言いませんよ……彼は、絶対に」

「光さん」

「あな、あなた誰ですか」

 優しく微笑んだままのその顔が、どこか作り物のように感じた。私はほんの少し後ずさって男から距離をとる。彼は未だ何も言わない。

 一気に恐怖感に襲われた私はどうしようか頭の中で迷っていると、次の瞬間目の前の九条さんの瞳が少し揺れた。

 そして、整った彼の顔が、力任せに曲げられた粘土のようにぐにゃりと歪んだのだ。

「ひっ……!」

 目と口がくっつきそうなほどぐにゃぐにゃになったその顔を見た途端、逃げ出そうと振り返り立ち上がろうとする。しかし、背後には人影があった。

 五メートルほど離れた場所に、少女は立っていた。もう何度も見た制服姿、ロングヘア。彼女は今は首吊りをしておらず、ただ立って私をじっと見つめていた。土気色の顔からは正気を感じられない。

「あ、あなた……!」

 声をかけた瞬間、がしっと肩を掴まれる。はっとして反射的に振り返ると、もはや元の姿の面影もない九条さんだった物体が私の肩に手を置いていた。

 潰れた口から声が漏れる。

「イキ、マショウ、一緒ニ」

「は、はなして!」

 慌ててその手を振り払おうとするも、凄い力で握られており爪が肩に食い込んでいた。

「離して! 離して! 私はこんな九条さんいらない!! 私は、こんな世界にいたいとは思わない!!」

 肩にある腕を振り払おうと懸命に暴れるも、それはびくともしなかった。ここから逃げ出さねば、自分は終わりだと思った。

 偽物に愛されてたってそんなもの嬉しくはない。辛くても、一度死のうとさえ思った私は再び現実を生きることを選んだ。

 これは、決して「幸せ」なんかじゃない。


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