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目覚めない少女たち

窓から

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 ああでも、ちゃんと人を好きになるんだ。私は変に感心する。そこだけ情報を得ることができた。九条さんが恋をする姿なんて想像つかなかったのに。同時に、どこか胸が痛む自分もいた。九条さんが好きになってきた女性って、どんな人なんだろう。

 じゃあ今までどんな人を好きになったんですか、と突っ込もうとしたとき、それより早く九条さんが私をみて聞いた。

「そういうあなたはどうなんです」

「へ」

 まさか質問を返されると思っていなかった私は変な声を漏らしてしまった。九条さんが恋話に乗っている、意外すぎる展開だ。

 いやそんなことより、なんて答えようか一人慌てふためく。何を隠そう今好きな人は目の前にいるあなたです、なんて言えるはずもなく、なんと言って誤魔化すのがいいのか経験値の低い私にはすぐに分からない。

 だが私より先に、九条さんが口を開いた。

「ああ、以前付き合っていた人は明るくて人気者のリーダーだと言っていましたね」

「……あ」

 言われて思い出す。婚約まで約束したことのある元恋人のことだった。

 初めて付き合った人だった。この視える能力のことを話せずにいたが、ある日バレてしまった。それから音信不通になり振られた。その後私の妹と付き合うという笑えない後日談つき。

 確かに思い出せば、すごく好きだった彼は九条さんの言う通り明るくてみんなの中心にいた、どちらかといえば伊藤さんタイプだ。あそこまで神がかっていないが。

 いつもニコニして、人の輪に入れない私を誘ってくれるような人だった。

 ちらりと横を見る。

 ……どうして今は、正反対の人を好きになったんだろう。

 元恋人以外にも、好きになった人は九条さんみたいなタイプじゃなかった。こんなマイペースで何考えてるかわかんない人、好きになったことないのに……。

「でも、い、今は……」

 少し裏返る声を何とか絞り出す。恥ずかしくて俯きながら言う。

「好みも、変わったかも、しれないです……」

 九条さんに想いを伝えるなんてことは考えていない。でも、勘違いはしてほしくない。気づいて欲しいなんて欲張りなことは思わないから。

 私が勇気を出してそう言ったにもかかわらず、九条さんは当然ながら何も感づかずに近くの教室の扉を開けて確認していた。中を見渡しすぐに戸を閉める。

「そうですか。人間年を取ると色々な好みも変わってきますからね」

 興味なさそうなその言い方に、がくりと肩を落とす。いや、想定内の反応だ。私にまるで関心ありませんよという口ぶり。万が一にも彼が私を気にかけてくれてたら、ここからもっと突っ込んできてくれるはずだもの。

 気づかれないようにため息を漏らした。ここ一ヶ月以上長く一緒にいるのに、異性として見られていないなんて絶望を覚える。

 そりゃ九条さんと付き合えたらなんて想像もつかない展開だけど、片思いする身としてはそういうゴールを夢見てしまうものだ。

 私はなんとなく不貞腐れて歩き出した。すぐ後ろを九条さんがついてくるのがわかる。

 学生時代も周りから少し浮いていた私は、片想い常習犯だ。告白だってしたことはない。

 こっそり誰を好きになってこっそり見つめて、こっそり諦めていく。友達すらいない自分は恋を相談する相手もいなかったから、本当にこの胸の中にだけ秘めてきた。

 そう思えばどちらかと言えば今の私はこれでも積極的な方だと思う。きっとそれは、みえざるものが視えるというトップシークレットを九条さんが知っていてくれるからだ。

 人を避けていた原因を、理解してくれている。それは私にとって凄いことで、九条さんは今まで出会った中でも特別な人なのだ。

 長い廊下を歩きながら、いくつも並ぶ教室を眺める。人気のないそこは怖さと、どこか寂しさも兼ねていた。

 もし学生時代に九条さんと出会えてたら。ふとそんな想像が頭をよぎる。

 この力を理解してくれる人がいたら、私はもう少し前向きに生きていけたのかな。もっと器用に生きて、友達もちょっとくらい作れていたのかな。

 一人で登下校する時間は寂しかった。移動教室も話し相手もなく歩くのは辛かった。お昼の時間はかろうじて優しいグループの子達が誘ってくれたから孤立化は避けれたけれど、その会話に入ることはあまりなくただ聞いてたまに笑ってみるくらいだった。

 どうしてもっと上手く立ち回れなかったんだろう、と今更思う。

 廊下に霊がウヨウヨしてても、今なら上手く避けて無視だってできるのに。あの頃の私はそんなことすらできない不器用な人間だった。

 もう一度、戻ってやり直してみたいのになあ

「九条さん、九条さんの学生の頃って……」

 笑いながら言いかけた時だった。

 コツン、と左側から音がした。反射的にその方をみる。

 真っ暗なグラウンドを見渡せる窓たちが連なっている。よく磨かれたそれは今は夜の暗闇を映し出し、私の顔も反射していた。夜空は美しく星たちが輝いている。

 その窓から見えたのは、茶色の革靴だった。

「……え」

 両足がゆらりと揺れ、コツン、と革靴が窓にぶつかる。

コツン、コツン

 窓から見えるのは白い両足と白いソックス、そして革靴のみ。綺麗にそろっている二本の足は、ぶらぶらと揺れてその弾みでこちらに時折ぶつかっていた。

 ひや、と心臓が冷える。

 分かっていた。その足の正体を。

 恐らく、上の階の窓から首吊りをした霊の下半身だけがこの階の窓から見えているのだ。私はゆっくり二、三歩後退する。この状況では顔はお目にかかれそうにない。

「くじょうさ」

 隣に話かけた瞬間、自分の顔が固まった。

 そこには、無人の廊下が長く続いているだけの光景だった。

「……え、く、九条さん??」

 震える声で名前を呼ぶ。確かに、間違いなくついさっきまでいたのに。私は慌ててもう一度大きな声で彼の名前を呼んだ。無情にも、返事はなく私の声だけが響き渡る。

 嘘でしょう、どこに行ったの?

 はっとして窓をみる。だがもうそこには、あの二本の足はなくなっていた。

 少し安堵するもすぐに首を振る。九条さんはどこに行ったの? こんなところで私一人だなんて、耐えられるわけない。
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