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目覚めない少女たち
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翌朝。
固い椅子の上で寝たせいで熟睡できたとは言えない目覚めだった。私と九条さんは朝食を食べる間も無く、すぐに設置してあった撮影機材を回収した。
朝っぱらからの重労働に私はすでに疲労困憊だが、九条さんは相変わらず飄々として働いていた。
途中見かけた校内にある自動販売機で、飲み物とパンを購入する。
朝が訪れたというだけで、校内は爽やかな学校へと変身するのだからすごい。夜中の不気味さはどこへやら、誰もいない校舎は開放感で満ちているとさえ思った。
控え室に戻り、撮影機材でやや狭くなった部屋で朝食タイムとする。九条さんは私がパンを差し出す前にポッキーを取り出し、それをかじりながら夜間撮影した映像を早速再生していた。
「九条さん、朝から良くポッキーなんて食べれますね」
私は椅子に腰掛けて呆れながらいう。
「むしろ忙しい朝にはピッタリではないですか。手も汚れず調理いらずで簡易的」
「朝じゃなくても食べてるくせに……」
購入したパンを齧る。あまり食欲のない朝だった。夜遅くまで歩き回り、恐怖心と闘っていた疲労感のせいだろうか。
私の隣の椅子に腰掛け、早送りしながら九条さんは画面を見つめた。あまり期待していない顔だった。
「さて、平日の今日は生徒たちがいる中でやたら歩き回るのもいかがなものかと思いますし、昼間はゆっくりしましょうか。また証言があれば聞くくらいのスタンスで」
「はーい」
「夕方になったら散策開始、夜にはまた撮影。まあ果たしてこの撮影も意味があるのかどうか、ですが……」
はあとため息をつきながら九条さんが言った。
今回設置したのは四箇所。校舎全体を映すところと、後はまさに『適当』に設置したものだ。一年生の教室の一つ、化学室、食堂。
「生徒会室に設置すればよかったですねえ……」
私はパンをもぐもぐと咀嚼しながら声を漏らした。昨日せっかくあそこに出たのに。
「まあ仕方ありませんね、こればっかりは運……」
言いかけた九条さんの言葉が止まる。私はその理由がわかっていた。
二人で眺めていた化学室を撮影した映像に、不審なものが写り込んだからだ。暗視カメラで撮影されている化学室は、ひっそりと無人でずっと静かだった。そこに、人影が映り込んだのだ。
九条さんが早送りをやめて通常の速さに戻す。化学室の一番後ろにカメラは設置してあり、教室全体を見渡せるようになっていた。一番遠くにある黒板の隣りに、いつのまに現れたのかぼんやり黒い影が見える。
ゆらゆらわずかに揺れながら存在していたその影は、時間が経つにつれて姿をはっきりとさせていった。それは私たちの想像通り、一人の女子生徒だった。
ロングヘアの彼女は俯いたまま黒板の隣に立っている。ただ、後ろ向きだった。顔はいまだに見えない。
「顔が見えませんね……」
私は悔しさから呟く。九条さんは答えなかった。
女生徒はしばらくその場に立ち尽くした後、突然横を向いた。これもまた酷く俯いていて、垂れた髪の毛が邪魔で横顔すら拝めない。足音もなくゆっくりゆっくりと移動し、その子は黒板の中央まで移動した。
「……あ」
いつのまにか、その子の手には紐が握られていた。私たちに背を向けるように立つと、なんの躊躇いもなく、紐を自分の首に巻きつける。
そして紐と紐を両手で握りしめると、まさかそのまま首を締め始めたのである。
「! う、嘘でしょう!」
つい声を漏らした。遠目からでもわかるほど、少女はかなりの力で自分の首を締め続けている。腕で締め上げるたびにその頭部が少し震える様子があまりにリアルで、私は目を瞑ってしまいたくなる。
しばらくギリギリと自分自身で首を締め続けた彼女は、ある瞬間ふわりとその格好のまま倒れた。そして床に体が打ち付けられる瞬間、姿が一瞬にして消えてしまった。
「……もはや、首吊りでもないですよね……?」
誰もいなくなった化学室を呆然と眺めながら、九条さんに言った。首を絞めるという共通点はあるが、吊ってはいないではないか。
隣の九条さんは険しい顔をしながら少しだけ首をかしげた。そして返事をする間もなく、すぐさまモニターを操作して他の場所を見始めたのだ。
私は鳥肌が立った腕をさすった。自分で自分の首を絞めて死ぬ、だなんて。どうしてそんなことを……。
だが、どうやら九条さんが気にしているのはそこではないようだった。長い指で録画場面を操作しながら言う。
「もしかすると、ですが」
「え?」
「彼女は……
我々に見て欲しいんですかね」
「……え?」
その言葉の意味がわからずぽかんとして隣をみる。
けれど数分後、私は説明されずとも九条さんの言葉を理解することとなった。
昨晩設置した撮影場所四箇所、全てに首吊りの霊は映っていたのだ。
校舎全体を映すものには、昨日私たちが目にしたのと同じように飛び降りながらの首吊り。食堂と教室は天井からぶら下がった紐に首を通して吊るオーソドックスな(と表現していいのだろうか)やり方の首吊りの一部始終が映っていた。
どれも共通してロングヘアの女生徒。頑なに顔は映っていいない。
これだけ広い校舎で適当に設置したカメラ全てに映り込む。これは確かに、九条さんの言う通り相手が私たちにアピールしているとしか思えなかった。
自殺を、アピール?
私は腕を組んで考え込む。
「自殺してるとこをアピールとは、どう言うことなんでしょうか?」
「……正直こんなパターンは見たことないですね」
「あ、例えば!」
脳内に浮かんだ陳腐なホラー小説の内容を思い出して私は声をあげる。
「実はどこかに首吊りの死体があって、それを見つけてほしくてアピールしてる、とかですか!」
「まあ、なくはないですが……。
その割には首吊りのやり方がレパートリーに富んでいるのは変ですね。それこそ死んだ時のやり方でアピールしてくると思うのですが」
「確かに」
あっさり引き下がった。
「まあ、その線も探りましょう。ここ最近の行方不明者が生徒内にいないか伊藤さんに調べてもらいましょう」
納得のいかない顔で、九条さんはそう言った。
固い椅子の上で寝たせいで熟睡できたとは言えない目覚めだった。私と九条さんは朝食を食べる間も無く、すぐに設置してあった撮影機材を回収した。
朝っぱらからの重労働に私はすでに疲労困憊だが、九条さんは相変わらず飄々として働いていた。
途中見かけた校内にある自動販売機で、飲み物とパンを購入する。
朝が訪れたというだけで、校内は爽やかな学校へと変身するのだからすごい。夜中の不気味さはどこへやら、誰もいない校舎は開放感で満ちているとさえ思った。
控え室に戻り、撮影機材でやや狭くなった部屋で朝食タイムとする。九条さんは私がパンを差し出す前にポッキーを取り出し、それをかじりながら夜間撮影した映像を早速再生していた。
「九条さん、朝から良くポッキーなんて食べれますね」
私は椅子に腰掛けて呆れながらいう。
「むしろ忙しい朝にはピッタリではないですか。手も汚れず調理いらずで簡易的」
「朝じゃなくても食べてるくせに……」
購入したパンを齧る。あまり食欲のない朝だった。夜遅くまで歩き回り、恐怖心と闘っていた疲労感のせいだろうか。
私の隣の椅子に腰掛け、早送りしながら九条さんは画面を見つめた。あまり期待していない顔だった。
「さて、平日の今日は生徒たちがいる中でやたら歩き回るのもいかがなものかと思いますし、昼間はゆっくりしましょうか。また証言があれば聞くくらいのスタンスで」
「はーい」
「夕方になったら散策開始、夜にはまた撮影。まあ果たしてこの撮影も意味があるのかどうか、ですが……」
はあとため息をつきながら九条さんが言った。
今回設置したのは四箇所。校舎全体を映すところと、後はまさに『適当』に設置したものだ。一年生の教室の一つ、化学室、食堂。
「生徒会室に設置すればよかったですねえ……」
私はパンをもぐもぐと咀嚼しながら声を漏らした。昨日せっかくあそこに出たのに。
「まあ仕方ありませんね、こればっかりは運……」
言いかけた九条さんの言葉が止まる。私はその理由がわかっていた。
二人で眺めていた化学室を撮影した映像に、不審なものが写り込んだからだ。暗視カメラで撮影されている化学室は、ひっそりと無人でずっと静かだった。そこに、人影が映り込んだのだ。
九条さんが早送りをやめて通常の速さに戻す。化学室の一番後ろにカメラは設置してあり、教室全体を見渡せるようになっていた。一番遠くにある黒板の隣りに、いつのまに現れたのかぼんやり黒い影が見える。
ゆらゆらわずかに揺れながら存在していたその影は、時間が経つにつれて姿をはっきりとさせていった。それは私たちの想像通り、一人の女子生徒だった。
ロングヘアの彼女は俯いたまま黒板の隣に立っている。ただ、後ろ向きだった。顔はいまだに見えない。
「顔が見えませんね……」
私は悔しさから呟く。九条さんは答えなかった。
女生徒はしばらくその場に立ち尽くした後、突然横を向いた。これもまた酷く俯いていて、垂れた髪の毛が邪魔で横顔すら拝めない。足音もなくゆっくりゆっくりと移動し、その子は黒板の中央まで移動した。
「……あ」
いつのまにか、その子の手には紐が握られていた。私たちに背を向けるように立つと、なんの躊躇いもなく、紐を自分の首に巻きつける。
そして紐と紐を両手で握りしめると、まさかそのまま首を締め始めたのである。
「! う、嘘でしょう!」
つい声を漏らした。遠目からでもわかるほど、少女はかなりの力で自分の首を締め続けている。腕で締め上げるたびにその頭部が少し震える様子があまりにリアルで、私は目を瞑ってしまいたくなる。
しばらくギリギリと自分自身で首を締め続けた彼女は、ある瞬間ふわりとその格好のまま倒れた。そして床に体が打ち付けられる瞬間、姿が一瞬にして消えてしまった。
「……もはや、首吊りでもないですよね……?」
誰もいなくなった化学室を呆然と眺めながら、九条さんに言った。首を絞めるという共通点はあるが、吊ってはいないではないか。
隣の九条さんは険しい顔をしながら少しだけ首をかしげた。そして返事をする間もなく、すぐさまモニターを操作して他の場所を見始めたのだ。
私は鳥肌が立った腕をさすった。自分で自分の首を絞めて死ぬ、だなんて。どうしてそんなことを……。
だが、どうやら九条さんが気にしているのはそこではないようだった。長い指で録画場面を操作しながら言う。
「もしかすると、ですが」
「え?」
「彼女は……
我々に見て欲しいんですかね」
「……え?」
その言葉の意味がわからずぽかんとして隣をみる。
けれど数分後、私は説明されずとも九条さんの言葉を理解することとなった。
昨晩設置した撮影場所四箇所、全てに首吊りの霊は映っていたのだ。
校舎全体を映すものには、昨日私たちが目にしたのと同じように飛び降りながらの首吊り。食堂と教室は天井からぶら下がった紐に首を通して吊るオーソドックスな(と表現していいのだろうか)やり方の首吊りの一部始終が映っていた。
どれも共通してロングヘアの女生徒。頑なに顔は映っていいない。
これだけ広い校舎で適当に設置したカメラ全てに映り込む。これは確かに、九条さんの言う通り相手が私たちにアピールしているとしか思えなかった。
自殺を、アピール?
私は腕を組んで考え込む。
「自殺してるとこをアピールとは、どう言うことなんでしょうか?」
「……正直こんなパターンは見たことないですね」
「あ、例えば!」
脳内に浮かんだ陳腐なホラー小説の内容を思い出して私は声をあげる。
「実はどこかに首吊りの死体があって、それを見つけてほしくてアピールしてる、とかですか!」
「まあ、なくはないですが……。
その割には首吊りのやり方がレパートリーに富んでいるのは変ですね。それこそ死んだ時のやり方でアピールしてくると思うのですが」
「確かに」
あっさり引き下がった。
「まあ、その線も探りましょう。ここ最近の行方不明者が生徒内にいないか伊藤さんに調べてもらいましょう」
納得のいかない顔で、九条さんはそう言った。
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