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目覚めない少女たち
子供ですか
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「……子供ですか」
ああ、子供向けゲームに一日ハマるような人に言われてしまった。でも今だけは言い返せない。私は項垂れた。
「お願いします、怖いんです。さっき近くで首吊り見ちゃったし、何よりトイレこの部屋から結構遠いんですもん……せめて目の前にあってくれればなんとかなったのに」
「…………」
私は恥を捨てて九条さんにお願いした。そもそも霊を視る仕事とわかって就職したくせに、なんて頼りないんだと思われても仕方ない。
しばらく沈黙が流れ、流石に呆れてられてしまったかと落ち込んでいた時、小さく吹き出す声が聞こえた。
ぱっと顔を上げると、九条さんが俯いて肩を震わせながら笑っていた。くっくっと笑いを堪えているような声が漏れてくる。そんな姿を見たのは初めてのことで、私は唖然としてその光景を見ていた。
いつだって九条さんは能面みたいな顔してて、時々微笑むのすら貴重だっていうのに。
「あ、あの……」
おずおずと声をかけると、ようやく顔を上げてこちらを見た。その顔はどこか子供らしさを感じる微笑みだった。不覚にも、そんな顔を見てしまってとんでもなく心臓が鳴ってしまう。これは反則だ、てゆうか何がそんなに面白かったの?
「面白いですね」
「え、な、何がですか……!」
「まさかこんな大人にトイレに着いてきてくれと言われる経験をするなど、思ってませんでした」
「す、すみません……」
「いいえ、別にそれぐらい構いませんよ、確かに先ほど至近距離で霊を目撃してしまいましたしね。では行きましょうか」
すんなりと私の要望に答えてくれた九条さんは、早速教室から出ていく。私は慌てて洗面道具をキャリーケースから引っ張りだすと、その背中を追った。薄暗い廊下にでるも、九条さんの隣に並ぶと恐怖心はだいぶ薄れる。
なんだか意外だった。そりゃ、一人で行けって冷たく断るようなことはないだろうなとは思っていたけれど、あんなに笑って快く来てくれるなんて。
「ありがとうございます、助かりました……」
「いえ、私は基本人への気遣いなど器用なことはできないので、何かあればそうやって言ってくれればいいんです」
どこか柔らかい口調に、胸が温かくなる。まあ確かに、びっくりするくらいマイペースで他人のことはお構いなしだけど、九条さんって実は他人に興味ないわけではないんだよね。最近分かってきた。
さっきも伊藤さんに目覚めなくなったら困るなんて言ってたし、多分この人根は優しいんだよなあ。じゃなかったら私の自殺を止めたりなんてしてくれるわけない。
……それに気づいているから、こうして意識してしまってるくせに。
「まあ確かに、これだけ広い場所に人がいないというだけで不気味さは出てきますね、人間の心理とは脆いものです」
「九条さんの心は全然脆いように見えませんけど」
「調査を重ねて慣れただけです。今までは一人でやってきたので」
「! そ、それもそうでしたね……!」
今更ながら信じられない。確かに私が入るまでは九条さん一人で依頼を全てこなしていたんだ。病院だって学校だって、霊が出る家にだっていつも一人で臨んでいたのか。
鋼の心臓の持ち主だ……私なら絶対無理、慣れるまで達さないと思う。
「そう思えばすごすぎですね九条さん……信じられません……!」
「まあ、伊藤さんや光さんが入ってきた事でだいぶやりやすくなりましたから。今はかなり負担が減りました」
とても嬉しいお言葉をいただいたが、伊藤さんはともかく私が九条さんの負担を減らせている実感はあまりないのだけれど。
もうちょっと手柄が欲しいなあ……
そうぼんやり考えていると女子トイレに到着する。ほっと息をついて中に入った時、隣にいた九条さんも素知らぬ顔をして入ってきたのに気づいて横を二度見した。まるで自分も女性です、みたいな顔をして入ってくる。
「え、え!? く、九条さん中までは入らなくていいですよ!」
慌てて彼の体を押して外へ追いやる。九条さんは少し首を傾げて平然と言った。
「一人は怖いのではないですか」
「だ、だってここ女子トイレですよ!?」
「今は光さんしかいないからいいでしょう」
「よいわけあるか! トイレの前で待っててください!!」
私に強く押されながら、やや不服そうに目を座らせる。せっかく着いてきたのに追い出すなんて納得いかない、という顔だろうか。
「いくら人がいなくても女子トイレは!」
「以前ぼうっとして間違えて入ってしまったことはあります」
「は!?」
「入ってすぐ女性と鉢合わせたので間違いに気づいたのですが」
普通間違えるだろうか? ぼうっとしてても、女子トイレと男子トイレ間違えるって!
「そ、それ大丈夫でした!? 痴漢扱いされませんでした?」
「素直に間違えましたすみませんと謝ったら、しょうがないですよねえと笑ってましたよ」
「……九条さんって、ほんとその顔面でよかったですよね」
私は嫌味っぽく言ってやった。この人の変人具合、顔がだいぶフォローしてくれてると思う。この顔じゃなかったら人生終わってたかもしれない。
「顔? 顔は今関係ないのでは」
「むしろ顔しか関係ありませんよ。
とにかく少しの間だけ待っててください! お願いします!」
私はそう断言しながら九条さんを外へと追いやった。渋々彼は外で立ち止まる。思えば確かにトイレまで着いてきてもらっておきながら外で一人放置させるのはあんまりかもしれないがら仕方ない。
私は急いで女子トイレの中へ入っていった。
ああ、子供向けゲームに一日ハマるような人に言われてしまった。でも今だけは言い返せない。私は項垂れた。
「お願いします、怖いんです。さっき近くで首吊り見ちゃったし、何よりトイレこの部屋から結構遠いんですもん……せめて目の前にあってくれればなんとかなったのに」
「…………」
私は恥を捨てて九条さんにお願いした。そもそも霊を視る仕事とわかって就職したくせに、なんて頼りないんだと思われても仕方ない。
しばらく沈黙が流れ、流石に呆れてられてしまったかと落ち込んでいた時、小さく吹き出す声が聞こえた。
ぱっと顔を上げると、九条さんが俯いて肩を震わせながら笑っていた。くっくっと笑いを堪えているような声が漏れてくる。そんな姿を見たのは初めてのことで、私は唖然としてその光景を見ていた。
いつだって九条さんは能面みたいな顔してて、時々微笑むのすら貴重だっていうのに。
「あ、あの……」
おずおずと声をかけると、ようやく顔を上げてこちらを見た。その顔はどこか子供らしさを感じる微笑みだった。不覚にも、そんな顔を見てしまってとんでもなく心臓が鳴ってしまう。これは反則だ、てゆうか何がそんなに面白かったの?
「面白いですね」
「え、な、何がですか……!」
「まさかこんな大人にトイレに着いてきてくれと言われる経験をするなど、思ってませんでした」
「す、すみません……」
「いいえ、別にそれぐらい構いませんよ、確かに先ほど至近距離で霊を目撃してしまいましたしね。では行きましょうか」
すんなりと私の要望に答えてくれた九条さんは、早速教室から出ていく。私は慌てて洗面道具をキャリーケースから引っ張りだすと、その背中を追った。薄暗い廊下にでるも、九条さんの隣に並ぶと恐怖心はだいぶ薄れる。
なんだか意外だった。そりゃ、一人で行けって冷たく断るようなことはないだろうなとは思っていたけれど、あんなに笑って快く来てくれるなんて。
「ありがとうございます、助かりました……」
「いえ、私は基本人への気遣いなど器用なことはできないので、何かあればそうやって言ってくれればいいんです」
どこか柔らかい口調に、胸が温かくなる。まあ確かに、びっくりするくらいマイペースで他人のことはお構いなしだけど、九条さんって実は他人に興味ないわけではないんだよね。最近分かってきた。
さっきも伊藤さんに目覚めなくなったら困るなんて言ってたし、多分この人根は優しいんだよなあ。じゃなかったら私の自殺を止めたりなんてしてくれるわけない。
……それに気づいているから、こうして意識してしまってるくせに。
「まあ確かに、これだけ広い場所に人がいないというだけで不気味さは出てきますね、人間の心理とは脆いものです」
「九条さんの心は全然脆いように見えませんけど」
「調査を重ねて慣れただけです。今までは一人でやってきたので」
「! そ、それもそうでしたね……!」
今更ながら信じられない。確かに私が入るまでは九条さん一人で依頼を全てこなしていたんだ。病院だって学校だって、霊が出る家にだっていつも一人で臨んでいたのか。
鋼の心臓の持ち主だ……私なら絶対無理、慣れるまで達さないと思う。
「そう思えばすごすぎですね九条さん……信じられません……!」
「まあ、伊藤さんや光さんが入ってきた事でだいぶやりやすくなりましたから。今はかなり負担が減りました」
とても嬉しいお言葉をいただいたが、伊藤さんはともかく私が九条さんの負担を減らせている実感はあまりないのだけれど。
もうちょっと手柄が欲しいなあ……
そうぼんやり考えていると女子トイレに到着する。ほっと息をついて中に入った時、隣にいた九条さんも素知らぬ顔をして入ってきたのに気づいて横を二度見した。まるで自分も女性です、みたいな顔をして入ってくる。
「え、え!? く、九条さん中までは入らなくていいですよ!」
慌てて彼の体を押して外へ追いやる。九条さんは少し首を傾げて平然と言った。
「一人は怖いのではないですか」
「だ、だってここ女子トイレですよ!?」
「今は光さんしかいないからいいでしょう」
「よいわけあるか! トイレの前で待っててください!!」
私に強く押されながら、やや不服そうに目を座らせる。せっかく着いてきたのに追い出すなんて納得いかない、という顔だろうか。
「いくら人がいなくても女子トイレは!」
「以前ぼうっとして間違えて入ってしまったことはあります」
「は!?」
「入ってすぐ女性と鉢合わせたので間違いに気づいたのですが」
普通間違えるだろうか? ぼうっとしてても、女子トイレと男子トイレ間違えるって!
「そ、それ大丈夫でした!? 痴漢扱いされませんでした?」
「素直に間違えましたすみませんと謝ったら、しょうがないですよねえと笑ってましたよ」
「……九条さんって、ほんとその顔面でよかったですよね」
私は嫌味っぽく言ってやった。この人の変人具合、顔がだいぶフォローしてくれてると思う。この顔じゃなかったら人生終わってたかもしれない。
「顔? 顔は今関係ないのでは」
「むしろ顔しか関係ありませんよ。
とにかく少しの間だけ待っててください! お願いします!」
私はそう断言しながら九条さんを外へと追いやった。渋々彼は外で立ち止まる。思えば確かにトイレまで着いてきてもらっておきながら外で一人放置させるのはあんまりかもしれないがら仕方ない。
私は急いで女子トイレの中へ入っていった。
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