65 / 449
目覚めない少女たち
消えた首吊り
しおりを挟む
何も言わず、九条さんはドアノブを握り直した。今までよりさらに力を込めるように、もう片方の手を壁に置く。
九条さんの背後にいた私は、何となくしゃがみ込んでドアの近くに顔を寄せた。さっきみたいに少し開いた瞬間、中が見えるかもしれないと思ったのだ。
ごくりと唾を飲み込み、瞬きもしないようにじっと白いドアを見つめる。
九条さんが力を込めてその戸を押した瞬間、とうとうそれが十センチほど開かれた。無理矢理こじ開けた感じなんだろう。
私は素早くその隙間から中を覗き込んだ瞬間、息が止まった。
九条さんはさらに力を入れてドアを押した。
ずっ ずっ ずっ
ほんの少しずつ、ドアが押されていく。それと同時に、何か重いものが引きずられるような音が響いた。
廊下の光が中に漏れ、中にあるものがさらに鮮明に見えた。
長いロングヘア、俯いた顔。紺色のスカートに力なく落ちている腕。至近距離に、ドアにもたれかかって俯いている少女がいる。あまりの光景に、私は硬直して叫ぶことすら忘れた。
その白く細い首にはロープが巻きつけてあり、部屋の中のドアノブへと繋がっていたのだ。
「あなたは何を」
九条さんがそう尋ねた瞬間だった。突如ドアが勢いよく開かれたのだ。
はっとした瞬間には、もう少女の霊は跡形もなく消えてしまっていた。中には机や椅子、多くの資料などが乱雑に置いてある部屋のみ。
しん、とした沈黙が流れる。私は未だしゃがみ込んだまま停止していた。
首吊り。ドアノブに紐を繋げての。
「……逃げられましたね」
悔しそうな九条さんの声がする。私ははあっと息を大きく吐き、両手で顔を覆った。
「光さん顔は見えましたか」
「いいえ、横からの姿で、ひどく俯いてましたから……ロングヘアで顔は覆われていたし」
「でしょうね。形から見て、ドアノブを使用しての首吊り、ですか?」
「その通りです……」
あんな至近距離で首吊り姿。私の心臓は一旦止まったかと思った。
夕方に見た窓から飛び降りるタイプとはまた違った首吊り方法。一体なぜ、あの霊はこんなにも首吊りを繰り返しているんだろう。
「九条さんは何か聞こえたんですか?」
「いいえ、声ではなくはじめ物音が聞こえたんです。会話は何もできてません、しようとしたら消えてしまったので」
「……心臓に悪い」
「それにしても、今度はドアノブを使っての首吊り……やはり、微妙にやり方に差がある……。これは一体?」
「というか、この学校にきて半日で二度も遭遇できるなんて運がいいんだか悪いんだか、ですね」
私はしゃがみ込んだまま低い声でそう独り言のように呟いた。普通霊って最初は大人しくなることが多いのに、今回はすでに二回もお会いできてる。
ふと九条さんの顔を見上げると、彼は目を丸くして私を見下ろしていた。その表情に驚く。
「え、何ですか、なんか変なこと言いましたか私?」
「いえ、最もです。確かに出向いてすぐに霊を見つけるパターンもありますが、これだけ広い空間で探し回らねばならない状況にしてはなかなかの確率です」
それだけ言うと、九条さんはじっと誰もいない生徒会室を見つめた。私も何となく視線の先を追ってみるが、とく何も珍しいものはない。
私たちはそのまま、ただ黙って考え込んでいた。
その後控え室に戻り、私たちはどっと疲れた体を休ませるために一度仮眠を取ろうという話になった。九条さんは教室にある椅子や机をいそいそと運んでは寝床の準備をしていた。
私はといえば、だ。
もう時刻は日付も変わり、これから睡眠となる。今日の入浴は諦めている、明日昼間どこかでシャワー室を借りよう。
ただ、化粧を落として顔を洗いたかった。メイクをしたまま眠るのは女として断固避けたい。
ここで一つ問題が生じていた。比較的分かりやすい問題点だ。
『怖い』。
私は椅子を並べる九条さんの背中を見ながら悩んでいた。夕飯を食べ終えた後歯を磨いた時、なぜ化粧も落としておかなかったんだ。なけなしの女としての美意識が働いてしまった。
この教室は廊下の一番端に存在していた。トイレはというと、教室を出てしばらく歩かねばならない。あの暗い廊下を歩いて、誰もいないトイレに行って、電気をつけて、広いトイレの中で顔を洗わねばならない。
正直に認める。夜の学校は私の想像を絶して怖かったのだ。
しかも先ほど至近距離で首吊りの霊を新たに見てしまい、私の恐怖アンテナはビンビンなのだ。
「…………九条さん」
私は恐る恐る声をかける。彼は手を止めることなく答えた。
「はいなんですか」
「お願いが、あるんです」
「はあ、なんでしょう」
「…………トイレ着いてきてくれませんか」
まさかさっきこの男がかました冗談が現実になってしまうと誰が想像しただろうか。自分の愚かさに呆れる。
ピタリと手を止めた九条さんが振り返る。
九条さんの背後にいた私は、何となくしゃがみ込んでドアの近くに顔を寄せた。さっきみたいに少し開いた瞬間、中が見えるかもしれないと思ったのだ。
ごくりと唾を飲み込み、瞬きもしないようにじっと白いドアを見つめる。
九条さんが力を込めてその戸を押した瞬間、とうとうそれが十センチほど開かれた。無理矢理こじ開けた感じなんだろう。
私は素早くその隙間から中を覗き込んだ瞬間、息が止まった。
九条さんはさらに力を入れてドアを押した。
ずっ ずっ ずっ
ほんの少しずつ、ドアが押されていく。それと同時に、何か重いものが引きずられるような音が響いた。
廊下の光が中に漏れ、中にあるものがさらに鮮明に見えた。
長いロングヘア、俯いた顔。紺色のスカートに力なく落ちている腕。至近距離に、ドアにもたれかかって俯いている少女がいる。あまりの光景に、私は硬直して叫ぶことすら忘れた。
その白く細い首にはロープが巻きつけてあり、部屋の中のドアノブへと繋がっていたのだ。
「あなたは何を」
九条さんがそう尋ねた瞬間だった。突如ドアが勢いよく開かれたのだ。
はっとした瞬間には、もう少女の霊は跡形もなく消えてしまっていた。中には机や椅子、多くの資料などが乱雑に置いてある部屋のみ。
しん、とした沈黙が流れる。私は未だしゃがみ込んだまま停止していた。
首吊り。ドアノブに紐を繋げての。
「……逃げられましたね」
悔しそうな九条さんの声がする。私ははあっと息を大きく吐き、両手で顔を覆った。
「光さん顔は見えましたか」
「いいえ、横からの姿で、ひどく俯いてましたから……ロングヘアで顔は覆われていたし」
「でしょうね。形から見て、ドアノブを使用しての首吊り、ですか?」
「その通りです……」
あんな至近距離で首吊り姿。私の心臓は一旦止まったかと思った。
夕方に見た窓から飛び降りるタイプとはまた違った首吊り方法。一体なぜ、あの霊はこんなにも首吊りを繰り返しているんだろう。
「九条さんは何か聞こえたんですか?」
「いいえ、声ではなくはじめ物音が聞こえたんです。会話は何もできてません、しようとしたら消えてしまったので」
「……心臓に悪い」
「それにしても、今度はドアノブを使っての首吊り……やはり、微妙にやり方に差がある……。これは一体?」
「というか、この学校にきて半日で二度も遭遇できるなんて運がいいんだか悪いんだか、ですね」
私はしゃがみ込んだまま低い声でそう独り言のように呟いた。普通霊って最初は大人しくなることが多いのに、今回はすでに二回もお会いできてる。
ふと九条さんの顔を見上げると、彼は目を丸くして私を見下ろしていた。その表情に驚く。
「え、何ですか、なんか変なこと言いましたか私?」
「いえ、最もです。確かに出向いてすぐに霊を見つけるパターンもありますが、これだけ広い空間で探し回らねばならない状況にしてはなかなかの確率です」
それだけ言うと、九条さんはじっと誰もいない生徒会室を見つめた。私も何となく視線の先を追ってみるが、とく何も珍しいものはない。
私たちはそのまま、ただ黙って考え込んでいた。
その後控え室に戻り、私たちはどっと疲れた体を休ませるために一度仮眠を取ろうという話になった。九条さんは教室にある椅子や机をいそいそと運んでは寝床の準備をしていた。
私はといえば、だ。
もう時刻は日付も変わり、これから睡眠となる。今日の入浴は諦めている、明日昼間どこかでシャワー室を借りよう。
ただ、化粧を落として顔を洗いたかった。メイクをしたまま眠るのは女として断固避けたい。
ここで一つ問題が生じていた。比較的分かりやすい問題点だ。
『怖い』。
私は椅子を並べる九条さんの背中を見ながら悩んでいた。夕飯を食べ終えた後歯を磨いた時、なぜ化粧も落としておかなかったんだ。なけなしの女としての美意識が働いてしまった。
この教室は廊下の一番端に存在していた。トイレはというと、教室を出てしばらく歩かねばならない。あの暗い廊下を歩いて、誰もいないトイレに行って、電気をつけて、広いトイレの中で顔を洗わねばならない。
正直に認める。夜の学校は私の想像を絶して怖かったのだ。
しかも先ほど至近距離で首吊りの霊を新たに見てしまい、私の恐怖アンテナはビンビンなのだ。
「…………九条さん」
私は恐る恐る声をかける。彼は手を止めることなく答えた。
「はいなんですか」
「お願いが、あるんです」
「はあ、なんでしょう」
「…………トイレ着いてきてくれませんか」
まさかさっきこの男がかました冗談が現実になってしまうと誰が想像しただろうか。自分の愚かさに呆れる。
ピタリと手を止めた九条さんが振り返る。
27
お気に入りに追加
546
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
赤い部屋
山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。
真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。
東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。
そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。
が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。
だが、「呪い」は実在した。
「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。
凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。
そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。
「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか?
誰がこの「呪い」を生み出したのか?
そして彼らはなぜ、呪われたのか?
徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。
その先にふたりが見たものは——。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
【完結】『霧原村』~少女達の遊戯が幽の地に潜む怪異を招く~
潮ノ海月
ホラー
五月の中旬、昼休中に清水莉子と幸村葵が『こっくりさん』で遊び始めた。俺、月森和也、野風雄二、転校生の神代渉の三人が雑談していると、女子達のキャーという悲鳴が。その翌日から莉子は休み続け、学校中に『こっくりさん』の呪いや祟りの噂が広まる。そのことで和也、斉藤凪紗、雄二、葵、渉の五人が莉子の家を訪れると、彼女の母親は憔悴し、私室いた莉子は憑依された姿になっていた。莉子の家から葵を送り届け、暗い路地を歩く渉は不気味な怪異に遭遇する。それから恐怖の怪奇現象が頻発し、ついに女子達が犠牲に。そして怪異に翻弄されながらも、和也と渉の二人は一つの仮説を立て、思ってもみない結末へ導かれていく。【2025/3/11 完結】
視える僕らのルームシェア
橘しづき
ホラー
安藤花音は、ごく普通のOLだった。だが25歳の誕生日を境に、急におかしなものが見え始める。
電車に飛び込んでバラバラになる男性、やせ細った子供の姿、どれもこの世のものではない者たち。家の中にまで入ってくるそれらに、花音は仕事にも行けず追い詰められていた。
ある日、駅のホームで電車を待っていると、霊に引き込まれそうになってしまう。そこを、見知らぬ男性が間一髪で救ってくれる。彼は花音の話を聞いて名刺を一枚手渡す。
『月乃庭 管理人 竜崎奏多』
不思議なルームシェアが、始まる。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。