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目覚めない少女たち

生徒会室

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 日も暮れて生徒や教師たちもいなくなり、最後に挨拶に来てくれた東野さんから夜間についての注意事項などを聞かされた後、私たちはすぐに動き出した。

 台車を使って撮影機材を移動し、その録画を開始したのだ。とはいっても、私も九条さんも今回はあまり録画に期待はしていなかった。出現場所がこれほどばらついており、そんなタイミングよく霊を捉える可能性は低いと思っていたからだ。

 あとは自分たちの足。これにかける。

 カメラを設置したあと、軽く夕飯を食べた私たちはただひたすら校内を歩こうという話になっていた。どこかでまた首吊りと遭遇するのを探し続ける、というわけだ。根気の必要なことだがこれが仕事なので仕方ない。

 キャリーケースに入っていた簡素な食事とおやつを食べた私たちは、早速校内探索へ出かけていた。



「九条さん私ね、今心で自分を褒め倒してるんです」

「どうしてですか」

「個人行動をやめてくれって九条さんに懇願したこと。間違っても受け入れなくて正解でした」

 私は普段より幾分か低い声でそう言った。

 もうとっくに夜を迎え、誰もいなくなった学校内は覚悟していたそれ以上に不気味だった。電気はついているので明るさは十分だというのに、どんよりと影が集まっているように見える。廊下には昼間同様よくない者も集まっているし、ここを一人で歩けだなんて拷問だと思った。

 真っ暗な外が窓から見える。誰もいないグラウンドが寂しい。私たちの歩く足音がやけに響き渡る。

「前、病院も調査で行ったじゃないですか。あれも不気味だなあと思ってたけど、断然こっちの方が嫌です。病院は看護師さんとか人がたくさんいましたもん」

 夜になると冷え込んできたため、腕をさすりながら言った。九条さんと探索を始めてかなり経つが、今のところ首吊り霊は出会えていない。

 ただ暗く広い学校を歩き回っているだけ。こんな形になる調査も初めてだった。普段はどこかのお宅に呼ばれることが多かったからだ。

 歩いて霊を見つけましょう、その顔を見ましょうだなんて、正気の沙汰とは思えない内容だ。

「逃げたいですか」

 九条さんが隣から聞いてくる。

「え?」

「普通なら逃げ出してると、伊藤さんが言ってました」

 隣を見れば、九条さんのまっすぐな瞳が私を映していた。なぜか分からないが、その顔をみてどきりとする。慌てて視線を逸らした。

「ええと、逃げ出したくはなりますけど?
 それはこの場から逃げたいってだけで、その、仕事そのものから逃げたいわけじゃないっていう……何言ってるんだろう、意味わかります?」

 自分でもよく分からない言葉を並べてしまって焦る。夜の学校自体は逃げたくなるほど嫌いだが、仕事を辞めたいわけではないって伝えたかったのに。

 私が死ぬ覚悟を改められたのは間違いなく九条さんのおかげで、仕事は怖いけどいつだって必ず九条さんがフォローしてくれてるから頑張れてる。

 めちゃくちゃ変人だけど、悔しいことに頼りにはしているのだ。

「そうですか、ならよかったです」
 
 私のしどろもどろな説明に納得した九条さんは、それ以降は何も言わずに廊下を歩き続けた。彼なりの、私へのフォローのつもりだったのかもしれない。

 それから無言でただ廊下を歩き、時折教室を覗き込んでみるも、なかなかタイミングよく首吊りは見えない。ただ疲労感が体に溜まっていく一方だ。夜も更ければ眠気が出てくる。ああ、化粧を落として顔を洗いたいなあなんてぼんやり思っていた。

「一旦控え室に戻って休息を挟みますか。気がつけばもう日付がかわりました」

「え、もうそんな時間でした?」

 九条さんがポケットから携帯を取り出して私に見せる。確かに、数字は零時を回っていた。

 携帯も持っていないし、腕時計というものも付けていないので時間の把握ができない。給料入ったし、どちらか手に入れようか。

 隣であくびする声が聞こえた。

「今朝早く起きてしまったので眠いです、昼寝もしてませんし。ゲームって怖いですね」

「ああ、あの……」

 子供向けの体験ゲームね。

 そう言おうとして口をつぐむ。いや別に言ってやってもいいけど、なんとなく本人には黙っておいてあげようという心が働いた。

「朝方になれば撮影機材の回収もありますし……休憩してもう一度散策したあとは仮眠をとりましょうか、体力が持ちません」

「あの、もし寝るとしたらどこで寝ます?」

「控え室の椅子でも机でも並べるか、ああ、それが嫌なら光さんは保健室でも」

「絶対いや」

 即答した。保健室って。夜中に保健室で一人寝るって! 冗談じゃない!

 私はううんと唸りながら反省する。

「こうなれば簡易的な布団か毛布も準備がいりますね……もうキャリーケースパンパンなんですけど」

「あれ以上荷物増やす気ですか、女性は大変ですね」

「手ぶらの九条さんが変なんです」

 呆れながら話して足をすすめている時、突然九条さんがはっとしたような顔つきになった。同時に、彼の足が止まる。

 私も釣られて足を止めた。九条さんはゆっくりと、すぐ隣にある部屋を見た。

 その緊迫した顔に一気に不安が押し寄せる。私も恐る恐る、彼が見る方へ視線を向けた。

『生徒会室』

 プレートには、そう書かれていた。

「く、くじょ」

「しっ」

 声をかけた私に、彼は人差し指を立てて止める。ぐっと言葉を飲み込んだ。九条さんの特技は霊の声を聞くこと。私には聞こえない何かが響いてきたとみて間違いない。

 彼はゆっくり扉の前に移動する。教室は引き戸だが、そこは押すタイプのドアだった。九条さんは無言でドアノブを握る。

 私はそれを背後から眺め、緊張と恐怖で大きく鳴り響く心臓をなんとか抑えようと努力する。

 ドアノブがゆっくり下げられた。

 ぐっと力を入れてそれを押した九条さんだったが、ドアはわずかに揺れるも開きはしなかった。九条さんは少しだけ首を傾げる。

 鍵がかかっているんだろうか。

 彼は無言で再びドアを押した。その時、一瞬だがドアがわずかに開いたのを私は見逃さなかった。

 鍵がかかっているわけではない。ドアが、開かないんだ。

 この扉の一枚向こうで、誰かがドアノブを握って押さえている場面を想像してゾッとする。でも首吊りの霊が、そんなことをするだろうか。例えばふざけて侵入した生徒たちが隠れているとか、そういう展開だったらいいのに。いやそうであってほしい。
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