視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~

橘しづき

文字の大きさ
上 下
59 / 449
目覚めない少女たち

証言3

しおりを挟む
「目撃されたのはどなたですか」

 九条さんが尋ねる。中央のセミロングの子が手を挙げた。

「はい、はい! えっと、澤井めぐみといいます!!」

 嬉しそうにいうその子を見て、若いなあ、と年寄りみたいなことを思ってしまった。イケメンと関わるだけで友達同士と騒げる、学生ならではのノリだ。ちなみに私は学生時代もそんなノリを味わえていないのだが。

 九条さんはひとつ頷き、座ったまま言った。

「では澤井さんのみこちらへ。他の方は外でお待ちいただけますか」

 残念そうにする三人に、澤井さんは嬉しそうにピースして見せた。首吊りの霊を見たというのに、まるでそんなことを感じさせない。

 三人はそのまま教室から出、澤井さんは九条さんの隣の椅子に腰掛けた。私もとりあえず、澤井さんの隣に座る。

「初めまして、九条といいます」

「黒し」

「九条さん! 何歳なんですか?」

「二十七です」

「私二年です、十個上かあ」

 私の自己紹介は完全にスルーされたのをもう突っ込まない。もう澤井さんの眼中に私は存在しないのだ。

 やや複雑な気持ちを抑え込み、私は黙ってことの成り行きを見守る。

「やっぱり大人って感じですよねえ~もう芸能人みた」

「では、あなたが見た体験をなるべく細かく話してください」

 目をキラキラさせて九条さんを見つめる澤井さんの言葉を遮り、九条さんは促した。

 彼女は一瞬不服そうにしたものの、すぐに証言を始めた。



証言③   校舎の裏


 えっと、五日前のことです。時刻は放課後の、多分五時半頃だったと思います。

 私はその日友達と残って教室で喋ってたんです。別に普通の話題ですよ、テレビがどうとか先生がどうとか。よくあるんです、帰りに教室で残って少しお菓子食べたりして。

 途中、話してた友達がトイレに行きました。私はその場で待ってて、ぼうっと椅子に座ってたんです。教室には私以外もう誰も残っていませんでした。

 教室は夕焼けの赤色に染まってて、何をするでもなくただぼーっとしてたんですけど……。

 どこかから、不思議な音が聞こえてきたんです。

 こう、ええっと……何かが擦れる音みたいな。規則的に、ずっ、ずっ、みたいな感じ。最初はなんだろーぐらいだったんですけど、しばらく続くもんだから気になっちゃって。

 ずっ、ずっ、ずっ

 立ち上がってどこから聞こえる音か探しました。それが外から聞こえる音だってすぐにわかって、窓から外を覗いたんです。

 私の教室は二階にあります。それで、窓から見えるのは校舎の裏で、すぐそばに大きな木が植えてあるんです。桜の木だったかなあ。

 すごく太い幹をしていてしっかりした木なんですけど、その木にぶらさがってました。

 女の子です。

 木の高い場所に紐が括り付けられていて、首を吊ってぶら下がっていました。その体が不自然なほどに揺れていて、まさに今その子が首吊りした直後みたいに見えました。揺れるたびに女の子の首がぐにゃぐにゃ人形みたいに揺れて、ゾッとする光景でした。女の子はびくとも動かず、それもまた人形のようでした。

 あの音は、その子の革靴が木の幹とぶつかって擦れる音だったんです。

 私とにかくびっくりして、その時にはもう首吊りの霊がでるって噂は聞いてたのでそれだって思いました。

 トイレに行った友達を探しに行って、二人でもう一度教室に戻ってみましたけど、もう音も首吊りも無くなっていました。あれは絶対見間違いなんかじゃないです。








 よくあんなルンルンテンションで話に来たなと感心する目撃情報だった。視えるのが日常の私でも、いつもいる教室からそんなものをみたらしばらく引きずると思う。メンタルの違いだろうか。

 それにしても、体育館に調理室、校舎裏と目撃場所はてんでバラバラだ。

 九条さんはまたしても、今までと同じ質問を繰り返す。

「顔は見えましたか」

「いや、髪の長い女の子ってだけで、後ろ姿でした」

「声などは聞こえてませんか」

「さすがに」

「今目覚めない四名をご存知で?」

「ああ、一人はクラスメイトです」

 九条さんが少し前のめりになる。澤井さんは戸惑うようにややのけぞった。

「どのような方ですか」

「ええ? 至って普通の子ですよ~女の子ですけど、私はそんな仲良くないんですけど……」

 澤井さんは考えるように腕を組む。

「例えばクラスでイジメがあったなど」

「ええ? ないない! どちらかといえば地味な子でしたけど、イジメとか無視とかはほんとないですって!」

 驚いたように言う澤井さんの言葉に嘘はないように感じた。九条さんはそれでも質問を重ねる。

「例えば目覚めなくなった直前、何か変わったことがあったとか」

「特に思い浮かばないですけど~……」

「他の三名との共通点に心当たりは」

「他の子は知らない子ばっかです。だからよくわかんない」

 九条さんはようやく背もたれに背をつけた。しばらく沈黙が流れたあと、話を切り上げるようにして言う。

「分かりました。助かりました、証言ありがとうございました」

 今回まるで言葉を発していない私は、ほっとして澤井さんにお礼を言おうとした。がしかし、今度は彼女が前のめりになって九条さんに問いかけたのだ。

 その表情はさっきの証言中とは違い、好奇心旺盛な女子高生の顔だ。

「九条さんって、彼女いますかー?!」

 真意をついた質問に、一瞬私がむせかえる。怖いもの知らずの若さ、この能面男になかなかぶっ込んでくる。
しおりを挟む
感想 51

あなたにおすすめの小説

視える僕らのルームシェア

橘しづき
ホラー
 安藤花音は、ごく普通のOLだった。だが25歳の誕生日を境に、急におかしなものが見え始める。    電車に飛び込んでバラバラになる男性、やせ細った子供の姿、どれもこの世のものではない者たち。家の中にまで入ってくるそれらに、花音は仕事にも行けず追い詰められていた。    ある日、駅のホームで電車を待っていると、霊に引き込まれそうになってしまう。そこを、見知らぬ男性が間一髪で救ってくれる。彼は花音の話を聞いて名刺を一枚手渡す。 『月乃庭 管理人 竜崎奏多』      不思議なルームシェアが、始まる。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

真空管ラジオ

宮田 歩
ホラー
アンティークショップで買った真空管ラジオ。ツマミを限界まで右に回すと未来の放送が受信できる不思議なラジオだった。競馬中継の結果をメモするが——。

日給10万の結婚〜性悪男の嫁になりました〜

橘しづき
恋愛
 服部舞香は弟と二人で暮らす二十五歳の看護師だ。両親は共に蒸発している。弟の進学費用のために働き、貧乏生活をしながら貯蓄を頑張っていた。  そんなある日、付き合っていた彼氏には二股掛けられていたことが判明し振られる。意気消沈しながら帰宅すれば、身に覚えのない借金を回収しにガラの悪い男たちが居座っていた。どうやら、蒸発した父親が借金を作ったらしかった。     その額、三千万。    到底払えそうにない額に、身を売ることを決意した途端、見知らぬ男が現れ借金の肩代わりを申し出る。    だがその男は、とんでもない仕事を舞香に提案してきて……  

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

みえる彼らと浄化係

橘しづき
ホラー
 井上遥は、勤めていた会社が倒産し、現在失職中。生まれつき幸運体質だったので、人生で初めて躓いている。  そんな遥の隣の部屋には男性が住んでいるようだが、ある日見かけた彼を、真っ黒なモヤが包んでいるのに気がついた。遥は幸運体質だけではなく、不思議なものを見る力もあったのだ。  驚き見て見ぬふりをしてしまった遥だが、後日、お隣さんが友人に抱えられ帰宅するのを発見し、ついに声をかけてしまう。 そこで「手を握って欲しい」とわけのわからないお願いをされて…?

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。