視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~

橘しづき

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目覚めない少女たち

気が遠くなる

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「……という感じで、……その、見たのも一瞬ですしあまり参考にならないかもしれませんが」

 東野さんは申し訳なさそうに言った。九条さんはゆっくり首を振る。

「いえ、とんでもない。いくつか質問してもよろしいですか」

「はい」

「その女生徒の顔は」

「後ろ姿だったんです。髪が長いことしか見えてません」

「声や音は何か聞こえましたか」

「そのキイキイ揺れる音くらいで、声までは」

「それまでも体育館でも目撃情報はありましたか」

「まあ、聞いたことはありますが、証言が集中してるというわけではなく。あくまで噂ですが、目撃はトイレだったり教室だったりバラバラでした」

 九条さんは黙り込んで腕を組む。私は東野さんの証言を想像して背筋が寒くなった。遠目でも、高い天井から長い紐がぶら下がってて、さらに女生徒が揺れてるなんて……不気味すぎる。走って逃げ出すのは普通の感覚だ。

 私も声をあげて質問してみる。

「その、似てるなあと思う生徒とかいませんか」

「いやあ……今時の子達はみんな髪長いし後ろ姿じゃなんとも」

「ですよね」

 暗い中一瞬見ただけだろうし、そこまで判断できるはずもない。

 九条さんは一つ息を吐いて続けた。

「話は変わりますが、現在目覚めない四名の生徒たちの共通点、三木田さんは見当たらないと言ってましたが何かありませんか」

「ああ……それは僕もわかりません。クラスも部活も学年も違うし、多分お互い名前も知らない同士だと」

 九条さんは再び考え込むように一点を見つめる。彼は仕事中は意外と頭が回るので、何か難しいことを考えているかもしれなかった。

 しばらく沈黙が流れた後、九条さんは話を切り上げる。

「わかりました。では、他にも目撃した生徒たちがいればこちらに呼んでみてください」
 
 東野さんは頷き、椅子から立ち上がった。そして私たちに笑いかける。

「この前の廊下をまっすぐ行って左手に職員室があります。手伝えることはなんでも言ってください、力になります」

 彼の好意に二人でお礼を言うと、東野さんは教室から出て行ってしまった。

 九条さんは椅子に座ったまま無言でいる。学校で使われる木の椅子や机がなんだかアンバランスで、少し違和感だ。

「証言第一号が取れましたが、まあまだなんとも言えませんね」

「そうですね……」

「とりあえずこれからできる限り証言を集めます。集まりやすい首吊りの霊から攻めましょう。目覚めない現象と繋がりがあるかは分かりませんが、同時期に発生したとなれば何か関係がある可能性が高い」

「そうですね。証言がいくつか集まれば、また撮影しますか?」

 怪奇が起こるとわかっている場所が特定できれば、九条さんの車に乗せられた高性能な撮影道具でその場所を撮影し続ける。こうすると、霊の姿が映り込むことが多いのだ。

 九条さんは困ったように呟いた。

「そのつもりですが……どうも場所はバラバラとのことですし……」

「そう言ってましたね」

「何より、朝からは生徒たちが来るので、夜間設置した撮影道具を毎回朝方回収せねばなりません」

「げ!!」

 つい悲鳴を上げる。カメラやモニター、多くのコード。高性能なカメラたちは意外と重くセットが大変で、毎回苦労するのだ。それを、一晩ごとに回収と設置を繰り返すだなんて! 私は頭を抱えた。

「あれ結構重いし大変じゃないですか~……」

「しかも学校は広いですから、運ぶにも一苦労ですね。後で台車も借りねば」

「今回は体力勝負になりそうですね……」

「調べ物が終わったら伊藤さんに手伝いに来てもらうことも考えておきましょう。人手が足りませんね」

 九条さんはそう抑揚のない声で言った。





 それから十五分後。

 九条さんと今後について話しているとき、教室の扉が叩かれる音がした。はい、と私が声を上げると、ゆっくりとした速度で戸が開かれた。

 恐る恐ると言った感じで顔を覗かせたのは、ショートカットに眼鏡をかけた、小柄な女の子だった。やや緊張してるようにこちらを見る。

「あの、東野先生から聞いたんですけど……」

 私は急いで立ち上がって彼女の元へ駆け寄った。笑顔で招き入れる。

「こんにちは、来てくれてありがとう。どうぞ座ってください」

「は、はい」

 内気そうなその子は、小股で九条さんが座る席まで移動する。そして、座る彼の顔を見て少し驚いたような表情を一瞬見せる。彼の顔面に騙されているようだ。

「初めまして。九条といいます。どうぞ座ってください」

 無表情でそういう九条さんの言葉に頷き、彼女は座る。私もその隣に腰掛ける。掛けている眼鏡をくいっと上げ、その子は言った。

「一年の山田彩っていいます。あの、見た幽霊の話を聞いてくれるって……」

 もじもじしながらそういう山田さんに、私は笑いかけた。

「あまり緊張しないで大丈夫ですよ。見たことをそのまま教えてください、私たちは全部信じますから」

 プリーツのスカートをぎゅっと握りしめる山田さんは、一度小さく頷く。

「私今までお化けとか見たことなくて、だから幻覚かもって思ってたんです。まだ首吊りの噂とか全然出回ってない頃で……もしかしたらですけど、見たの第一号なのかも」

 私と九条さんは顔を見合わせた。だいぶ早期に目撃したらしい。

 山田さんは小声で語り出した。

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