視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~

橘しづき

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目覚めない少女たち

証言1

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 授業が終わり休み時間となったらしい。私たちが校舎に足を踏み入れた時、中には大勢の生徒たちが廊下で忙しそうに走り回っていた。

 制服をきた男女は当然ながらみんな若い。子供でも大人でもないその未成熟さが、とても微笑ましいと思った。私はつい目を細めて彼らを見る。

 楽しそうに笑いながら廊下を歩むその姿に、自分ももう少し青春ぽいことをすればよかったと、今更ながらに後悔する。

 友達らしい友達もいなかった私は、こんなふうに笑いながら廊下を歩くことすらほとんどしなかったなあ。

「おーい走るなよ」

 東野さんが軽く声をかけて注意したとき、女生徒が振り返った。その瞬間、彼女たちは驚いたようにこちらを見たのだ。

 道を開けるようにそろそろと廊下の端に寄る。視線は私たちをじっと眺めたままだ。

「…………?」

 不思議に思いながら歩みを進めれば、すれ違う生徒たちはみんな私たちに注目していたのに気がついた。特に女生徒の多いこと。そこであっと気がつく。

 ちらりと隣を歩く九条さんを見た。これだ、この顔面国宝無駄遣い男のせいか。

 無言で廊下を進む九条さんは、言わずもがな一人浮いてしまうくらい男前だ。悔しいことに彼のビジュアルは文句のつけようがないほど。恋愛や異性に敏感な女子高生たちが注目してしまうのは致し方がないことだと言える。中には男子生徒すらこちらに見惚れていた。

 特に教師でも生徒でもない部外者の私たちはただでさえ目立つ。

「ほらー終礼始まるぞ、教室入れよー」

 東野さんは呆れたように声をかける。それでも女子高生たちの熱い眼差しとひそひそ話は止まなかった。

……やっぱり九条さんって、何も言わなければめちゃくちゃモテるんだろうな……

 そりゃ、この顔でモテないわけないけど。

「ええと、一室使われるということで、空いてる教室があるんですがそこでいいですか?」

「ええ、どこでも構いません」

「こっちです」

 東野さんについて人ごみを抜けていくと、廊下の一番端にネームプレートのついていない教室があった。引き戸の入り口を開けると、物置として使われているようで三分の一ほどはたくさんの荷物が積まれていた。

 テーブルや椅子、パネルに教材。

 電気をつけると、薄暗い部屋が明るく灯る。物置といえども、十分に綺麗な部屋だった。

「すみません、急なので片付けもできてなくて……」

 申し訳なさそうにいう東野さんに、九条さんが答える。

「いいえ十分です、助かります」

「今眠ったまま目覚めない子たちについては、簡単なことだけ三木田が事務所の方へ送ったみたいです」

「ああ、早速ありがとうございます」

「あとー……」

 東野さんが言いにくそうに口ごもる。

「首吊りを見た人たちから直接話を聞きたいってことでしたよね、大々的に生徒たちに言っても興味本位の子たちが押し寄せてたいへんだと思うので、心当たりある生徒たちに個人的に声をかけようかと思ってるんですが……」

「それで構いませんよ。あとは生徒たちからたどっていきます」

 九条さんは教室に入り、隅の方にあった机とテーブルを移動させる。その背中に向けて、東野さんが意を決したように言った。

「ではまず一号、いいですか」

 九条さんが手を止めて振り返る。東野さんは頭をかきながら続けた。

「教師の中で唯一の目撃者、僕なんです」

 九条さんの瞳が鋭くなった気がした。彼は無言で椅子を何脚か取り出し、教室の中央に運び込むと自身も腰掛ける。

「どうぞ」

 東野さんはおずおずとその椅子に座り込む。私もそれに続き、二人の間に腰掛けた。どこか緊張しているように見える東野さんに、とりあえず微笑みかけて言う。

「話せる範囲で結構ですし、私たちは東野さんの話全部信じますから」

 以前伊藤さんが一般人に聞き込みをしていた時、こんな感じのことを言って緊張をほぐしていたのを思い出したのだ。伊藤さんのスーパーな癒しオーラは真似できないが、その世渡り術を少しでも真似してみたかった。

 不器用な私の声かけだったが、東野さんは少し表情を緩めた。ふうと息を吐いて机の上でぎゅっと両手を握る。

「ありがとうございます。やっぱりこういう話って、嘘つきだとか妄想だとか言う人たちも一定数いて。三木田さんは真剣に聞いてくれましたけど、職員の中では少し浮いてしまって」

 俯き加減に寂しそうに言った彼を見て、胸が痛んだ。

 視える者として、視えない者と分かり合えない苦しさはよく知っている。

 私の場合母だけは信じてくれたけれど、父や妹は頭のおかしいやつという認定が下されただけだった。未だにあの二人とは分かり合えていない。いつのまにか、理解されようとすら思わなくなった。

 どう答えようか迷った私の隣で、九条さんがストレートに言った。

「我々は信じます。なぜなら、私たちは視えるからです」

「…………」

 ふ、と東野さんが笑う。そしてすぐに表情を引き締めて私たちを見た。

「僕はバスケ部の顧問をしているのですが、あれは部活も終了し学校に残っていた時でした、確か時刻は夜の二十時頃だったと思います」



証言①   体育館

 生徒たちも帰宅したのを確認し、僕は体育館の鍵を閉めに行きました。体育館はバスケ部とバレー部が使用するので、いつもバレー部の顧問と交代に鍵をかけにいくようにしています。

 体育館に入り、電気をつけたときは誰もいませんでした。それでも万が一誰かいたら大変なので、隅にある体育倉庫もしっかり確認しにいくのが日課です。

「おーい、鍵しめるけど誰もいないかー」

 そう声を響かせながら倉庫まで移動し、埃くさい中もしっかり確認しました。誰もいませんでした。

 片付けもちゃんとされていることを見て、僕は倉庫から出、扉をしっかりと閉めました。

 そのとき、つけたはずの明かりがふと消えたのです。

「……あ?」

 てっきり、誰か他の先生が来てつけっぱなしの電気を消したのだと思いました。慌てて振り返って声を上げました。

「あ、すみません東野ー……」

 背後には、誰もいませんでした。開けっ放しにしていたはずの体育館の出入り口もしっかりと閉じられて。でも、体育館の扉って重くて動かすと大きな音が鳴るはずなんです。僕はそんな音全く気づかなかった。

 そして、

 キイ、キイ

 何か揺れるような音が耳に入りました。

「…………」

 情けないことに、一気に怖くなった僕はすぐさま出口に向かって走り出しました。その頃すでに目覚めない生徒たちや首吊りの霊の噂は大きく出回っていたので、脳裏にそれが浮かびました。

 慌てて出口についたとき、その扉が開くか不安になったけれど、意外にもそれはすんなり開いたので安心しました。重い扉を開き外へ出て、それを再び閉じようと振り返ったときです。

 体育館の中央らへんに、ミノムシのようなものが見えました。

「……え?」

 キイ、キイ  そんな音と同時に、ミノムシは揺れている。

 それが首を吊った女生徒の揺れる音だと気付くのはすぐでした。僕は扉を閉じる余裕なんてなく、そのまま思い切り走って体育館から離れました。

 高い体育館の天井から長くぶら下がった紐、一人でに揺れる制服を着た女子、長い髪だけが、今でも目に焼き付いて離れないんです。
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