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目覚めない少女たち

依頼

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 その日の午後、まったりとしている私たちの元に訪れたのは、ピシッとしたスーツを身に纏った上品な男性だった。年は70前後というところだろうか。

 背筋はピンと伸び、白髪混じりの髪は綺麗にまとまっていた。知性を感じるその佇まいに、こちらの緊張度も上がるようだった。

 彼は黒いソファに腰掛け、伊藤さんが出した熱いお茶をゆっくり啜る。そして私たちをまっすぐ見つめて自己紹介をした。

「アポイントも取らず突然訪問して申し訳ありませんでした」

「いいえ、大丈夫です」

 正面に座った九条さんはいつのまにか仕事用の鋭い視線になっていた。私はその隣に腰掛けながら仕事の依頼ということで緊張感を持ちながら男性を見た。

 彼は非常にゆったりとした動きで、持っていた革の鞄から何やらパンフレットのようなものを取り出し私たちに差し出した。九条さんが受け取ったそれを覗き込んでみれば、学生姿の男女の写真が表紙にある。そして大きな文字で、『一ノ瀬高校』と書かれている。

「あ……私知っています。有名な進学校です」

 つい反応して言った。そう、この辺りでは有名な進学校だ。私は逆立ちしても入れないような偏差値の高校で、有名な学校なのだ。

「私も名前は存じ上げています」

 九条さんがいう。そういえば彼はどこの学校出身なんだろう、なんて関係ないことが脳裏をよぎった。

「私はそこの理事長をしております、三木田です」

「あ、そうなんですか!」

 私は納得の声を漏らす。なるほど、この気品や落ち着いた佇まい、あの有名な学校の理事長となれば納得がいく。どこかしら教育者っぽいオーラがある。どんなオーラだと聞かれればうまく説明はできない。

 微笑んだ三木田さんは、軽く頭を下げた。この人はきっと優しい教育者なんだろうと想像する。

「それで、今回はどのような依頼で」

「校内で起こっていることでして、立て続けに不思議なことが続いております」

「学校内ですか」

 九条さんはパンフレットを見ながら呟いた。

 怪奇、怪談、といえばおのずと思い浮かべるのは学校だ。それでも、私はここにきて学校からの依頼を受けたことはなかった。病院はあったけれど、他は個人的なお家とかに呼ばれることばかりだったのだ。

 学校での怪奇だなんて。また雰囲気でるなあ。

 三木田さんが困ったように眉をひそめる。

「先程もおっしゃっていただきましたが、我が校は進学校でして、学力の高い生徒が大勢います。ですが今回の件でみな恐怖心が出ておりパニック状態になる可能性も」

「ということはそれなりに知れ渡っているんですね。詳しく聞かせてください」

 九条さんはパンフレットを軽く机の上に放ると、真剣な眼差しで三木田さんを見る。

 彼はゆっくり頷いて話し出した。

「まず一つ目ですが……女生徒達が夜眠った後、目覚めない者が相次いでいます」

 九条さんの目がさらに鋭く光った。

「目覚めない?」

「全ての異変は、ここ二週間ほど前から突然始まりました。一人の女生徒が朝何をしても目を覚さず、ご両親が慌てて病院へ連れて行ったのです。そこで脳波など様々な検査を施すも原因が分からず、その生徒は未だに眠ったままなのです」

「え、二週間ずっと寝たきりということですか?」

 驚いて声を上げると、三木田さんは苦い顔をして頷き額の汗をハンカチで抑えた。

「ええ、一度も目覚めることなく……」

 私と九条さんは顔を見合わせる。彼はその端正な顔を歪めることなく話す。

「一般的にも過眠症と呼ばれる過度に睡眠をとる疾患はありますが、あれは全く目覚めないというわけではありません。二週間ずっととなれば他に原因が考えられる。
 相次いでる、ということは、他にもそういった少女達が?」

「ええ、はじめに眠ってしまった女生徒に続くように、この二週間で計四人の生徒達が同じように眠り始めています」
 
 これはまた新しいパターンだ、と思った。未だかつてこんな形の怪異には出会ったことない。

 三木田さんは続けた。

「四人全員が大きな病院で精査中です。同じ現象が相次いでるので何か感染症を疑ってはいたんですが、四人はクラスも部活もバラバラで何も接点がない四人なんです。
 まだ世間に情報が流れていませんが、時間の問題だと思います」

「そうなればかなり大きな騒ぎになることは間違い無いですね。
 他にも何か気になることでも?」

「まるで別ですが、同じ時期に学校内で幽霊を見るという生徒が続出してまして。目覚めない少女たちのことは噂が出回ってみな知っている状況なので、集団ヒステリーかと思っていました。三日間休校を挟んでみましたが、結局事態は収まっていません。
 あらゆるところで、首吊りの霊を見ると話題なのです」

「首吊り、ですか……」

「生徒たちの心のケアをと思い寺にお祓いを頼んだりスクールカウンセラーをおいたり努めましたがまるで効果がみられない。そしてついには教師までも、首吊り死体をみたというものが現れまして。
 そしてこういった場所に調査を依頼しにきたのです。正直申しますと、あまり心霊現象やそれに関するお仕事の方を信じてはいませんでした。でももう藁をも掴む思いで……」

 三木田さんは苦しそうに言い俯いた。

 普段霊をみる機会がない者が、信じられない現象と出会ってしまった時、パニックに陥るのは致し方のないことだ。それを無視するか改善するかでも道は分かれるが、この人はなんとか解決しようと試みたらしい。

 目覚めない少女達に相次ぐ首吊りの姿。これでは勉強どころではない。

 九条さんはしばらく考えるように沈黙を流した後、三木田さんに質問を重ねた。

「ここ最近、学校関係者に首吊りをした者は」

「いいえ、一人もおりません」

「首吊りの霊の目撃証言はどういった場所が多いですか」

「全てを把握してはおりませんが、様々な場所です。それこそトイレだの体育館だの」

「首吊りの霊の目撃証言に共通点は」

「吊っているのは女生徒らしいです。そこだけはみんな共通して話しているようです」

「ふむ……」

 彼は再び考え込むように黙った。三木田さんはじっと静かに九条さんの動向を伺っている。

 しばらくして、九条さんは決意したように頷いてまっすぐ前を見た。

「分かりました。早急に取り掛かります」

「はあ……そうですか! ありがたい」

「どんな部屋でもいいので我々専用の部屋を一つ用意していただけますか。恐らくですが泊まり込みになる可能性が高いので周りの人たちへの説明もお願いします。
 それと目覚めない少女達の名前や簡単なプロフィールを教えてください。
 可能であれば、首吊りを目撃した人たちから直接話を伺えればありがたいです」

 次から次へと出てくる要望に、三木田さんは丁寧に一つずつ頷いて反応した。

「了承しました。手配します」

「パニックを抑えるためにもなるべく早く取り掛かります。準備が出来次第伺います」

 三木田さんはほっと安心したように少し微笑んだ。そして立ち上がり、深々と私たちに頭を下げた。

「どうぞ、解決へ導いてくださいませ。よろしくお願いいたします」

 紳士な彼はそれだけいうと、颯爽と事務所から出て行った。僅かに香る上品なコロンの残り香が室内に漂う。

 ずっと離れたところで無言で話を聞いていた伊藤さんが勢いよく椅子ごとくるりとこちらを向いた。やや困り顔だ。
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