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光の入らない部屋と笑わない少女

もっと大事なもの

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 お母さんが加奈子ちゃんの頭に手を置いて言う。

「……まだ、言葉は喋らないんです。やっぱり、カウンセリングに通って時間をかけていくしかないみたいで」

 6歳の少女にとっての半年はかなり長い。その間外にも出れず両親と離されては、心に大きな穴があくことは免れない事実だと思う。あの女がしでかした罪は重い。

 伊藤さんが加奈子ちゃんの前にしゃがみ込み、目を細めて笑った。

「でも、表情が全然違いますよ! うん、時間かかってもいいよ。加奈子ちゃんのペースでゆっくり楽しくやれればいいよね」

 伊藤さんの言葉に、加奈子ちゃんが小さく頷いた。伊藤さんがニコニコ顔で彼女の頭を撫でる。

 お父さんが言った。

「警察に今回のあらましは聞いています。その、守護霊に関連することで依頼を受けてきたとか……」

 少し戸惑う口ぶりに、九条さんは首を振った。

「すみません、一般的な方々に受け入れ難い事案であることは承知しています。ですが、我々から見たらそれが真実なので警察にもそのまま告げました。
 加奈子さんにつく力の強い守護霊がなんとか守ろうと必死になっていたのです。彼女の力なくては解決に至りませんでした」

「……そう、なんですか」

「普通守護霊はなかなか人前に現れないし人を攻撃しませんからね。よほどの霊でした。
 ありがとう、と思っていれば伝わると思いますよ。力の強い守護霊なので、これからも加奈子さんを守ってくれると思います」

 九条さんの言葉に、二人は顔を見合わせた。そして微かに微笑む。

「普段なら、そう言った類の話は信じないタイプなのですが……今回ばかりは、信じざるを得ません。その守護霊とあなた方のおかげでこうして加奈子と会えた。紛れもない事実です。全てのものに、感謝します」

 二人は再び深く頭を下げた。

 ああ、半年間、どんな思いでいたのだろう。

 大事な子供がいなくなり消息も掴めなくなって、最悪の事も考えて、毎日きっと地獄を味わっていたに違いない。

 どうかこの温かい家族が、失った時間を埋めていけますように。

 私がそう心で祈っていると、つんと腕が引っ張られる感覚に気づく。ふと下を見てみれば、加奈子ちゃんが私の服の袖を握ってこちらを見上げていた。

 私の袖と同じように、隣にいる九条さんの白い服の袖も小さな手で握っている。

 少し驚きながらも、私と九条さんはしゃがみ込んで彼女と視線を合わせた。大きな二重の目がこちらを見ている。

「加奈子ちゃん、よかったね。たくさんご両親に甘えてね」

 私がそう話しかけると、彼女は頷いた。

 そしてほんの僅かに、口元を緩めて微笑んだ。

 その表情を見た瞬間感激で心が震える。あれだけ人形のようだと思っていた少女が、何をしても反応してくれなかった少女が笑っている。その微笑みからは、「ありがとう」が伝わってくる気がした。

 隣の九条さんを見てみれば、彼も驚くほど優しい顔で微笑んでいた。そして加奈子ちゃんの頭をそっと撫で、言う。

「あなたは非常に強い子です。これから先もきっと大丈夫。いつかまた、会いましょうね」

 反則並みの笑顔が二つ、ここにある。

 ぐっとくる感動と、こんな時にときめいてしまう気持ちで心が混ざった。笑顔、って、なんでこんなに特別なんだろう。

 涙が溢れそうになるのを必死に抑え込み、そしてドキドキしている心臓も抑え込んだ。私はただ、加奈子ちゃんに優しい笑顔だけを見せた。

 加奈子ちゃんの手を引いて、ご両親が幸せそうに笑う。そしてまた最後に深々と頭を下げた。

「……あ」

 頭を下げたその一瞬の背後に映り込む。

 彼らの後ろに、あの女の人がいた。白い着物を見に纏い、髪はしっかり結われていた。

 だが今日見えた彼女は優しく微笑んでいた。赤い紅をさした唇が見える。そして少しだけ私たちに頭を下げると、そのまま加奈子ちゃんの中に入るようにすっと消えた。

 ……あの人のことも、あんなに怖がってしまったけれど。

 守護霊として最高の役割を果たしていた。これから先もずっと加奈子ちゃんを見守っていくんだろうなぁ。なんて凄い力なんだろう。霊にも色々種類があって、優しい霊もあるんだな。

 三人が部屋から出て行った後、私達はほうっとため息を漏らした。それだけでお互いの感情がわかるようだった。
 
 伊藤さんが少し潤んだ瞳で言う。

「依頼料よりずっと価値あるものが見れましたね」

 そう、本当にそうだ。私は大きく頷いた。お金より、加奈子ちゃんという子を助けられたと言うことはずっと大きなことだ。タダ働き上等だ。

 九条さんは何も答えなかった。でも、目を少しだけ細め、もう閉められた扉を見つめているその横顔が、彼の返事のような気がした。






「それにしても不覚でした。あの子を初めて見た時、見覚えがあるなと一瞬思ったんです。でも深く考えませんでした。おそらく、行方不明になった半年前にテレビか新聞で見たんでしょうね」

 加奈子ちゃんと会った帰り道。三人で夕焼け色に染まる道を歩いていると九条さんが言った。それを聞いて思い出す、そういえば私も見たことあるように感じたんだ。

「私も一瞬思いました……! 私は人気の子役に似てるからそれでかなぁ、なんて思って」

「意外と人間の第一印象は的確で正しいのですね。あの時気づいていれば」

 少し悔しそうに言う九条さんに、伊藤さんがフォローした。

「いや、でも半年前にみた写真と随分印象違ってましたよ? トレードマークのロングヘアもバッサリ切られてたし、何より表情が全然違いますもん。気づかなくても仕方ないですよ」

 そう言った彼は彼で、視線を落として呟いた。

「僕こそ、情報収集係なのにあの親子のことまでは調べなかったな~……調べたらすぐ分かったのに。これからは依頼人の素性も調べなきゃかなぁ」

「でも! まさか依頼人が誘拐犯だなんて思いませんし、プライバシーもあるから仕方ないですよ!」

「まあ、それもそうなんだけどさー。色々反省しちゃうよね」

 三人ではあと息を吐く。そんな空気を変えるように、九条さんが言った。

「まあ、今回はかなり稀なケースですから。仕方ありませんね」

「そう、ですよね」

「次に生かしましょう!」

 私達はなんとか振り切ってそう言った。そんな時、伊藤さんがポケットを漁る。

「あ、仕事用の携帯だ! 依頼かな、ちょっと失礼!」

 彼は私たちから少し離れて電話に出た。私と九条さんは一旦足を止めて、伊藤さんの後ろ姿を見ていた。

 寒い空気が肌を刺す。私はちらりと、隣にいる九条さんを見上げた。彼は相変わらず黒いコートを着て、ポケットに手を入れていた。寒さからか、ほんの少し頬が赤い。

「なんか……すみませんでした」

 私は呟く。ずっと言おうと思っていた事だ。

 九条さんが私を見る。

「何がですか」

「本格採用されて初めての仕事で、頑張るぞと意気込んでたんですけど、全然役に立ってなくて」

 そう、自覚していた。私は今回まるで役に立てていない。

 加奈子ちゃんのコミュニケーションは伊藤さん頼みになってしまったし、霊は見えたものの解決に繋がるような事は何一つ見ていない。守護霊だなんて気づかなかったし。

 九条さん一人でもよかったと思う。
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