視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~

橘しづき

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光の入らない部屋と笑わない少女

あの子と再び

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「なんかさ、不幸中の幸いって言っていいのか分からないけどさ。この半年間、リナちゃんはそれなりに大事にされてたっぽいんだよね。栄養状態も問題ないし、色々なものを買い与えられてて」

 三人である一室に通されリナちゃん達を待っている時、伊藤さんが小さな声で話した。

「ああ……そんな感じありましたね。初めは本当の親子と信じて疑いませんでした」

「まあさー、リナちゃんが話せなくなって病院に連れて行ったってのは嘘みたいだったけど、一応心配して僕らに依頼を寄越したんだしねぇ。やり方歪んでるけど」

 最初に会った様子を思い出す。リナちゃんをいつでも愛おしそうに抱きしめて、名前を呼んでいたのに。あれこそが異常だったなんて。

 ……人は見かけによらない。少し心臓が冷えた。

 伊藤さんが続ける。

「どうも岩田さんって、子供が出来ない体質だったみたいだね。それで昔結婚しようとした相手にも逃げられちゃって、少しずつ狂ってしまったみたい」

「悲しい話ですね……」

 彼女がやったことは許されることではないし、人間として最低の事だ。ただ、その心の闇の裏にはやはり悲しみが存在していたのか。

 絶望という悲しみを受け入れて生きていく方法を、彼女は見いだせなかったんだ。

「まあ、かといって同情はできないけどさ」

「それはそうですね。と、いうか伊藤さん、どこでそんな情報を仕入れたんですか?」

 心の中で芽生えた疑問をぶつけてみた。彼はニコリと笑顔で言う。

「警察の人に顔見知りがいてさ。まあ僕たちも今回巻き込まれた関係者だしちょっと聞いてみた」

「…………」

 ここ最近、伊藤さんの顔の広さや人懐こさがあまりに驚異すぎて少し引いている自分がいる。スーパー伊藤さん、これ敵に回しちゃダメなやつ。

 一体どうなったらこんなふうに育つんだろう。今度じっくり彼の半生を聞いてみたいと思った。

 隣でパイプ椅子に腰掛けている九条さんが苦い顔をして言う。

「それにしても、一週間ほど拘束され中々の労力を消費する依頼だったのに今回はタダ働きです。大変不愉快です」

 困ったように息を吐く九条さんに呆れて言った。

「依頼料いらないって言ったの九条さんですよ」

「そう宣言したことは後悔してませんがね。早く次の依頼が入ってこなければ。出来ればさっさと解決できる容易なもので」

「前から思ってましたけど九条さんって意外とお金にシビアですよね」

「当然です、こちらも商売ですよ。金がなくてはポッキーも買えない」

「その基準なんだ……」

 私がポツリと呟いた隣で、伊藤さんが声を大きくして言った。

「いいですよ依頼料くらい! 命が無事なんですから!」

 九条さんと二人ギクっと反応する。伊藤さんは鼻息荒くして言う。

「誘拐犯とわかってて二人で会おうとするなんて、律儀なのもいいですけど時と場合を考えてくださいよ九条さん! 警察の人にも注意されたでしょう!?」

「はい、あの後しこたま叱られました」

「光ちゃんが行っちゃった後の僕の気持ち分かります!? リナちゃんいるから追いかけられないし、警察に電話して早く来いってブチ切れる事しか出来なかったんですから!」

(ブチ切れ伊藤さん、ちょっと見てみたい……)

「光ちゃんも女の子なんだから、無茶しないの!」

「「はい、すみませんでした」」

 私と九条さんの声が重なる。あれ以降一日一回はこのお叱りを伊藤さんから受けている。だいぶ心配掛けてしまったらしい、まあそれもそうだ。素直に反省せねばならない。

 確かに無謀なことをしたと自分でも思う。九条さんもだけど。

 項垂れているところに、ノックの音が響いた。

 はっとして私達は立ち上がる。開いた戸の先に、見覚えのある顔が見えた。

「リ……加奈子ちゃん!」

 私はわっと笑顔になる。

 目のクリッとした可愛らしい女の子は、父親と見られる男性に抱っこされていた。彼女を抱く人は優しそうなタレ目の男性だった。そしてその隣に、ショートカットの黒髪の女性がいる。

 パッと見て上品だなと感じるご夫婦だった。二人は私たちを見るなり、泣きそうな顔で部屋に入ってきて深々と頭を下げた。こちらが恐縮してしまいそうな勢いでつい慌てる。

「加奈子の母です。この度は……本当に、本当にありがとうございました!」

「あなた方のおかげで加奈子と無事再会できて……なんとお礼を言っていいか分かりません」

 目と顔を真っ赤にしているお二人に、ああ本当に加奈子ちゃんをずっと待っていたんだと痛感させられる。

 隣の九条さんが言った。

「顔を上げてください、我々はそんな大層なことはしていません。お嬢さんが幼いながらに必死にシグナルを送ってくれたおかげですよ」

 二人は顔を上げる。私は加奈子ちゃんを見た。

 お父さんの首にぎゅっと腕を巻きつけてくっついている。笑顔までは見れないが、その表情は柔らかく普通の子供に見えた。

 ああ、やっぱり。本当のご両親の前では、そんな顔をするのね。

 つい鼻がつんとなる。あれだけ無表情で言葉を失くしていた女の子が、今ようやく自分を取り戻そうとしている。

 お父さんは加奈子ちゃんをそっと下ろした。加奈子ちゃんの手にあのぬいぐるみはなかった。本当の親の元にいれば、もう必要ないようだ。
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