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光の入らない部屋と笑わない少女

少女の気持ち

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「この部屋おもちゃたくさんあるし、こっちに来てみた! でも全然使ってなさそうだね?」

「リナちゃんが遊んでるところ初めて見ましたよ……」

「そうなの? リナちゃん器用だよー創作系得意みたい!」

 リナちゃんは無表情のまま私を見上げている。その顔に、少しだけ笑いかける。

「そっか、よかった」

 そう言った瞬間、伊藤さんたちの背後にいた九条さんがむくっと起き上がった。普段は全然起きないくせに、調査中の彼はいつもタイミングよく起きてくれる。髪は中々芸術的な寝癖がついていた。

 九条さんは振り返って伊藤さんとリナちゃんを見た。すぐに状況を把握したようだった。

「あ。九条さんおはようございます~!」

「……おはようございます。随分親しくなったようですね」

「まあ、全てではないですけど質問すれば頷くくらいはしてくれますよ」
 
 伊藤さんがリナちゃんに笑いかける。九条さんはゆっくり立ちあがり、彼らの作った積み木のお城を挟んで向かいに座った。一つ三角の積み木を選び、そっと積み上げる。

「リナさん、白い着物を着た女に見覚えありますね?」

 即座に彼は本題に入った。回りくどい事はせずに単刀直入に言うのは九条さんの特徴だ。

 伊藤さんが隣で「どうかな?」とリナちゃんに呼びかける。彼女は九条さんが積んだ三角の積み木を見つめながら、小さく頷いた。

 私は息を飲んでその光景を見ていた。ようやくリナちゃんの気持ちが分かる時が来たのだ。

 九条さんはまた一つ積み木を手に持つ。

「そうですか。今もいますか?」

 リナちゃんは今度は首を横に振った。

「夜中になり、岩田さんがうなされると現れますか?」

 頷く。

「その女の人は、リナさんに何かしますか?」

 首を振る。

 九条さんはゆっくりと城を大きくしていった。面と向かって話すより、リナちゃんも圧迫感を感じなくて済むかもしれない。今のところスムーズに意思疎通が出来ている。

「リナさんに何か言ったりしますか?」

 首を振る。

「お母さんがうなされているのは、その女の人のせいだと思いますか?」

 頷く。

「怖いですか?」

 そう九条さんが聞いた時、リナちゃんはぐっと顔を上げた。そして九条さんをしっかり見て、首を振った。


……え、首を振った?


 九条さんはピタリと手を止める。私も伊藤さんもリナちゃんに注目した。

 あの着物の人が怖くない? あの人が怖くて、リナちゃんは外を拒否しているのではないのか。

 確かに悪い物には見えなかったけれど、お母さんがうなされる原因だと思っている相手を怖くない、とは。

 もしやすでにこの子の心はあの女性に魅入られているのだろうか……。

 九条さんはそれでも話のトーンを変えずに続けた。

「怖くないのですか。では、あなたが怖いものはなんですか?」

 そう聞いた時、リナちゃんの目が光った気がした。

 彼女は持っていた積み木を置き、大きな黒い瞳を動かした。じっと見つめるその先には、この部屋の出口がある。

 私たち3人はそちらを見た。

 何の変哲もない扉がそこにある。茶色のドアはよくあるタイプのものだ。何か得体の知れないものがいるだとか、変なものを感じるとかはない。

 だが九条さんはすっと立ち上がった。ちらりと私の方を見、視線で合図する。私も意を決して立ち上がった。

 リナちゃんは未だじっとドアのみ見つめていた。

 私と九条さんは並んでドアの前まで歩む。伊藤さんはそっとリナちゃんを庇うように体を寄せていた。

 九条さんの頭を借りなくても、私にもそれなりの予測が出来ていた。

 全ての元凶はあの女の人じゃない。何かもっと、恐ろしいものがリナちゃん達を苦しめている。女の人の正体は分からないが、リナちゃんがもっと恐ろしい者がいると言うのならそれを信じたいと思った。

 ごくりと唾を飲み、あのドアの向こうに何がいるのか想像した。

 リナちゃんから言葉を奪い、笑顔をなくさせた元凶は一体何なのだろうか? できる事なら救いたいと思った。リナちゃんの笑っている姿を見たいと思った。

 九条さんがドアノブに手をかける。一度私の方を見て確認をとる。私は緊張しながらも、小さく頷いた。

 勢いよくドアを開いた。

「きゃっ!」

 小さな叫び声が響く。はっと見ると、そこに立っていたのは岩田さんだった。

「あ、岩田さん……」

 少しホッとした私をよそに、九条さんは廊下に出てすぐに左右を確認した。じっくり観察するも、そこには何もいなさそうだった。

 私も遅れて確認する。何も異常は見当たらない。

「あの、何か……? リナは大丈夫ですか?」

 心配そうに聞いてきた岩田さんに笑顔を見せた。リナちゃんの様子が心配で見にきたらしかった。

「すみません、何でもないです。リナちゃんも積み木で遊んでます」

「あの子が遊んでいる……?」

「大丈夫ですよ」

 岩田さんをフォローする私の隣で、九条さんは何か考え込むように腕を組んでいた。そして、岩田さんの背後をじっと見つめる。彼女に何が憑いていないか再度見ているようだった。

 だが無論、岩田さんからは何も感じない。そりゃそうだ、この3日間何も気づかなかったんだ、岩田さんには何も憑いていないのだ。

「あの。おやつの時間なんです。そろそろリナをいいですか?」

「あ、そうでしたか。九条さん」

 私が言うと、彼は小さく頷いた。中にいる伊藤さんとリナちゃんに声をかける。

「おやつの時間だそうです。一旦遊びは休まれては」

 リナちゃんと並んで座っていた伊藤さんは笑顔で頷き、リナちゃんに積み木の片付けを促した。彼女は片付けに消極的で、まだ伊藤さんと遊んでいたかったらしい。俯いて犬のぬいぐるみを握りしめていた。

 それほど伊藤さんに懐いたのかと改めて驚かされながらも、私もその片付けを手伝いリナちゃんを部屋の外へ連れて行った。

 部屋に残されたのは散らばったおもちゃと、ふうとため息をつく伊藤さんだ。

「お疲れ様です、伊藤さん……」

「え? いや疲れる事してないけどねー」

「伊藤さんって何者なんですか? 正直私ちょっと引いてます」

「ええっ! 引かないでよ!」

 ケラケラと笑うその笑顔を見てつられて笑った。ああ、こういうとこなんだよな、と思いつつ。

 九条さんも遅れて部屋に入り、首を傾げながら床に座り込む。

「伊藤さんのおかげで岩田リナに色々聞けたのは大きな収穫でした。が、疑問は残る……」

「リナちゃん、あの人のこと怖くないって言ってましたね?」

「…………」

 九条さんは無言で考え込んでいた。私と伊藤さんはただ黙ってその光景を見つめる。

「伊藤さん、頼んだ通り裁縫道具は持ってきましたね?」

「え? あ、はい!」

「ありがとうございます。気になることは全て調べましょう。今夜、あのぬいぐるみの存在を見ます」

 九条さんは決意を固めた。

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