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光の入らない部屋と笑わない少女

子供ウケしそうなのはやはり

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「そんな落ち込まなくても」

「私今まであんまり小さな子と関わった事ないですし……私自身子供ウケしそうな人間じゃない自覚もありますし……」

「後退りされた私よりはいいですよ」

「ぶはっ。すみません笑っちゃいました」

 つい吹き出してしまった自分を戒める。笑ってる場合じゃないよね、二人して肝心な人間と距離を縮めれてないんだから。

 そりゃ母親にすらあんな感じなんだから、懐いてもらえるなんて思ってないけど……せめてイエスかノートくらい、なぁ。

 九条さんはベッド周辺を細かく調べながら言う。

「こうなったらまた甘い物でも買ってきてみましょうか」

「ですねぇ……フィナンシェの効果短いけど多少はあるし……少なくとも私よりはリナちゃんに好かれてますよ」

「拗ねすぎです」

「うーん子供ウケするのってどんな感じかな……今まで友だちすらろくに作ってこなかったから……」

「やっぱりあれじゃないですか。どちらかと言えば子供っぽい人の方が」

「ああ、ですねぇ。あとニコニコして明るい感じで」

「優しそうと思わせるオーラ」

「トーク力もあって……」

「…………」

「…………」

 私と九条さんの目が合う。今、初めて九条さんと心が通じ合った気がする。

 今まであげてきた特徴ってまさに……

「まあ、もう少し様子を見て最終手段にしましょう」

「はい」

 素直に頷いた。人に頼ってばかりはいけない、私も落ち込んでないでもう少し頑張ってみよう。

 九条さんは設置してあるカメラを何やら操作している。私はとりあえず、部屋の中をぐるりと見渡し観察する。昨晩画面越しに見えた女性を思い出す。

 白い着物に乱れのない髪は結っていた。カメラ越しだからか、イマイチ表情はよく見えなかったけれど、悪い物というようにはどうしても見えない。

 あの光景を思い浮かべるだけで、どこか身が引き締まる思いがする。なぜだろう。

 はあと息を吐いた。あの女の人は私たちに何を伝えたいんだろう。

「さて、何も見つからず、ですね」

 九条さんは立ち上がって言う。

「浴室なども見ましょうか。あ、黒島さんシャワーを浴びながら何かいないか見てきてください」

「シャワー浴びるついでに霊を探すって聞いたことないですね」

「岩田さんが使っていいと許可してくれたんですから、あなたも入りたいでしょう」

「ではお先に。九条さんもそのあと借りてください」

「私はまだ別に入らなくても」

「入ってください」

「…………」

 めんどくさそうに九条さんは頷いた。男の人ってこんなもんなのだろうか、いや彼が無頓着すぎるだけだだろう。それでも彼からは不潔感を感じないのが幸いだ、やっぱり顔か? 顔なのか。

 とりあえず一度荷物を持ってこようと振り返った瞬間、目の前に少女が立っているのが目に入りつい驚きで叫んでしまう。

「うわっ! リナちゃん!!」

 心臓が飛び跳ねた。部屋の出口に、リナちゃんが立っていた。

 未だ真っ白なパジャマを着ていた。少し丈が大きいのか裾を引きずっている。見える手先にはやはり犬のぬいぐるみだ。

 いつのまに来たのか、全く気づかなかった。物音も気配も何もない。

 少し自分を落ち着けて、彼女の前にしゃがみ込んだ。

「えっと、お部屋を見させてもらってたよ。リナちゃんは気になるところある?」

 唇を固く結び、彼女は私を見ていた。じっとそらす事なくぶつけてくる視線は大人の私の方が気まずくたじろいでしまいそうになる。

 そんな様子に気がついたのか、離れたところから九条さんが話しかけてきた。

「リナさん。白い着物を着た女の人に心当たりは」

 核心をついた質問だった。驚いて九条さんを振り返ってみれば、彼はとても真剣な眼差しでリナちゃんを見ていた。

 私はリナちゃんに微笑みかけ、どうかな? と声をかけてみる。

 私を見つめていた彼女の視線がゆっくり泳いだ。部屋を見渡すように動き、どこかを見てそれが止まる。

 リナちゃんはそのまましばらく動かなかった。このくらいの年の子なら、じっとしてる事の方が出来ないはずなのに、彼女は動いてる方が珍しい。

 時折大きな瞳を潤すために瞬きをするくらいで、あとはピクリとも動かない。

 私も九条さんも何も言わずに待っていた。沈黙による静寂は耳が痛くなりそうだ。

 すると、ずっと固く結ばれていた彼女の小さな唇がほんの少しだけ動いた。はっとしてそれに注目する。

 形の良い淡いピンク色をした唇から、少し空気が漏れてくる。

 小さな音も聞き漏らしてたまるかと、私はぐっと耳を澄ませて集中した。

「………ぉ」

「リナ?」

 その隙間から何かが漏れてきそうになったとき、リナちゃんの背後から声が響いた。岩田さんだった。

 心配そうに部屋を覗き込んでいる。

「あ、ここにいたのね。大丈夫?」

 リナちゃんの唇が再び固く結ばれた。す、っと視線を外しくるりと振り返る。そして岩田さんの問いかけには何も反応せず、ぺたぺたと歩いて部屋から出て行ってしまった。

 困ったなとばかりに岩田さんはため息をつき、私たちに頭を下げた。

「すみません、お邪魔してませんでしたか」

「い、いいえとんでもない!」

「ならいいのですが……」

 申し訳なさそうにもう一度頭を下げた岩田さんは、リナちゃんの背中を追うようにパタパタと駆け出して行ってしまった。

 ……あと少しで、ちょっと反応が出そうだったのに。

 はあとため息をつく。話せないはずの少女が何か音を出そうとしていた。言葉じゃなかったとしても、それはとても貴重なものだったはずだ。

「あれは何か知っている反応ですね」

 九条さんはポケットに手を入れて呟く。

「ええ、絶対そうですよね、そう思いました」

「やはり話せなくなった理由はあの霊の影響なのか……しかし有害そうな感じはしない、と……ふむ、今までにないパターンです」

 九条さんが困ったように天井を仰いだ。事務所に並べられたファイルを思い浮かべる。あれだけの数をこなしてきた九条さんが初めてのパターンかあ。

「とりあえず我々も休息は必要です。一旦部屋に戻りましょう」

 夜間一睡もしていない九条さんは、眠そうに欠伸をしながらそう言った。



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