上 下
31 / 449
光の入らない部屋と笑わない少女

やはり話さない少女

しおりを挟む


 微妙な空気の中で4人食事を終えると、リナちゃんはまたソファ に腰掛けてテレビを見ていた。

 私たちは少し離れたダイニングテーブルに腰掛け、岩田さんが入れてくれたコーヒーを飲みながら昨晩の報告を行った。

 九条さんは単刀直入に岩田さんに告げる。

「女性の霊が映りました」

「え!!」

 岩田さんが前のめりになる。目を見開いてこちらを見つめた。

「一瞬ですが。姿を認識出来ています」

「じゃ、じゃあそれが原因でリナはああなってるんですね……!? ああ、よかった!」

 わあっと岩田さんが喜ぶ。声が大きくなったため、リナちゃんがこちらを振り返った。岩田さんは慌てて声をひそめ、リナちゃんにかすかに笑いかけた後続ける。

「じゃあ、その女の霊を除霊すると言う事ですか?」

「いえ、我々は対象の霊がこの世に残り続ける理由を調べ、その思いに答える事で解決させるのです。ですが、昨日の段階でまずその女性が何を求めているのか分かってません。もう少し調査を続けます」

「はあ……思いに答える、ですか」

「本日も撮影をさせて頂きたい。あと、途中で我々が寝室に入る事になるかと」

「それは構いません。リナが話せるようになるなら……どうぞよろしくお願いします」

 テーブルに頭がつきそうなほどお辞儀をした岩田さんに、私も慌てて頭を下げる。

 九条さんは一つ頷くと、岩田さんに言う。

「娘さんが鍵になりそうなんです。何でもいいので意思疎通をとりたいのですが」

 岩田さんは顔を上げると、困ったようにため息を漏らした。私たちから視線をそらしボソボソと言う。

「あまりあの子を刺激しないでほしいんですが……元々人見知りなので、お二人に怯えていると思いますし……」

「無理なことはさせません」

「無駄だと思いますよ、時々首を振るかどうかで」

「それだけで十分です」

 九条さんの有無言わさない言い方に岩田さんは折れた。渋々といった形で頷く。

「決して無理矢理なことはしないでください」

「はい、勿論」

 九条さんは短く返事をすると、私を見た。やっぱりリナちゃんとのコミュニケーションは私の仕事らしい。私は立ち上がる。

 ポケットから用意しておいた紙達を取り出す。平仮名やカタカナ、顔文字や記号など、色々な物を書いた自作の文字盤だ。リナちゃんが指をさしてくれれば少しは意思疎通が取れる。

 私はゆっくりリナちゃんの隣に移動し腰掛けた。やっぱり、何も憑いているようには見えない。

「リナちゃん、あの、今少しいい?」

 私が話しかけると、彼女はゆっくりこちらを見上げた。漆黒の瞳に私が映り込む。それだけで、生唾を飲み込んでしまいそうなくらい恐怖を感じた。

……人形みたい。

「あのね、少しお話したいの。見て、ちょっと作ってみたんだ!無理のない範囲でいいから、お返事を聞かせてくれるといいなあ。こうして指さしてさ!」

 なるべく明るくつとめて言う。でもリナちゃんは頷かなかった。私は彼女の目の前に、用意しておいた紙を広げる。しかしリナちゃんはちらりとも見てくれなかった。

 負けるもんかと、私は話を続ける。

「昨日の夜、お母さんがうなされてたの気づいてた?」

「…………」

「何か見たかな?」

「…………」

「それか、聞こえたとか」

「…………」

 彼女は指をさすどころかびくとも動かない。

 話題を変えてみよう。私はとにかく二人の距離を縮めるところからチャレンジしてみる。

「えーと、リナちゃん好きな食べ物何かなぁ?」

 無言。

「あ、好きなキャラクターとか……」

 無音。

「ええと、犬は好き?」

 微動だにせず。

 いくらか思い当たる質問を投げかけてみたがまるで反応はなかった。昨日少しでも頷いてくれたのって奇跡だったのかな、リナちゃんはただボンヤリと私を見上げているだけだ。

 私のやる気と気合はどんどん萎んでいく。自分の声だけが響くリビングの気まずさったらない。かれこれ30分間、私は様々な角度からリナちゃんを攻めたが、どれも無駄に終わってしまう。

 とうとう諦めの目で九条さんを見た。彼も仕方ない、というように頷く。その隣でなんだか岩田さんはほっとしたように微笑んだ。

「また、後にしようかな! うん、ありがとうねリナちゃん」

 笑って話しかけるがこれもスルー。岩田さんはよく正気でいられるなと思った。返事のない子と部屋に篭りきりだなんて、気がおかしくなりそうだと思う。

 やや疲れた足取りで立ち上がり九条さんたちの元へ行くと、彼も立ち上がる。

「とりあえずまた家中を見させて貰います、今後についてももう少し細かく練らねば」

「え、ええ。お好きに見てやってください。あ、お風呂とかも入ってもらって構いませんよ、狭いですが外に出るの面倒でしょう?」

「そうですか、ありがとうございます」

 九条さんは軽く頭を下げると、そのままリビングから出て行く。私もフラフラした足取りでその背中を追った。最後にチラリとリナちゃんを見たが、彼女はやっぱりじっとこちらを無言で見つめているだけだった。

 九条さんに続いて岩田さん達の寝室へ足を運ぶ。ドアを開けると、無造作にめくれた布団が目に入った。相変わらずダンボールで塞がれた窓。部屋の片隅には録画用のカメラが設置してある。

「……やはり何も感じない」

 九条さんは不思議そうに呟いた。部屋中を歩き回り、クローゼットまで開けて見ていたがそこには誰もいない。

 それは私も同じ感想だった。光の入らない部屋という不気味はあるものの、他は別段変わりない寝室だ。嫌な感じもない。

 九条さんはふうと息を吐いて腕を組み私に言った。

「文字盤作戦はダメみたいですね」

「はい……いま意気消沈してます……」

 ぐったりと答えた。あんなに手応えがないなんて。リナちゃんが重要なキーになりそうなのに。


しおりを挟む
感想 51

あなたにおすすめの小説

あなたのサイコパス度が分かる話(短編まとめ)

ミィタソ
ホラー
簡単にサイコパス診断をしてみましょう

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

意味がわかると怖い話

邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き 基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。 ※完結としますが、追加次第随時更新※ YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*) お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕 https://youtube.com/@yuachanRio

みえる彼らと浄化係

橘しづき
ホラー
 井上遥は、勤めていた会社が倒産し、現在失職中。生まれつき幸運体質だったので、人生で初めて躓いている。  そんな遥の隣の部屋には男性が住んでいるようだが、ある日見かけた彼を、真っ黒なモヤが包んでいるのに気がついた。遥は幸運体質だけではなく、不思議なものを見る力もあったのだ。  驚き見て見ぬふりをしてしまった遥だが、後日、お隣さんが友人に抱えられ帰宅するのを発見し、ついに声をかけてしまう。 そこで「手を握って欲しい」とわけのわからないお願いをされて…?

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

【1分読書】意味が分かると怖いおとぎばなし

響ぴあの
ホラー
【1分読書】 意味が分かるとこわいおとぎ話。 意外な事実や知らなかった裏話。 浦島太郎は神になった。桃太郎の闇。本当に怖いかちかち山。かぐや姫は宇宙人。白雪姫の王子の誤算。舌切りすずめは三角関係の話。早く人間になりたい人魚姫。本当は怖い眠り姫、シンデレラ、さるかに合戦、はなさかじいさん、犬の呪いなどなど面白い雑学と創作短編をお楽しみください。 どこから読んでも大丈夫です。1話完結ショートショート。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。