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光の入らない部屋と笑わない少女
依頼者
しおりを挟む九条さんが運転するBMWに乗って目的地へ向かった。彼が運転する姿って何か違和感があって未だに慣れない。
いつもぼーっとしてるから、ハンドルを捌く様子は普段と雰囲気が違って見えるのだ。
助手席に座った私はチラリと隣を見る。
「えっと、九条さんは子供って好きですか?」
「好きに見えますか?」
「見えません」
「正直ですね」
つい反射的に即答をしてしまったが、間違いではないと思う。九条さんが子供相手にデレデレ遊んでいる姿は想像つかないからだ。
「そういう黒島さんは好きなんですか」
「普通です」
「正直ですね」
「子供大好き~ってキャラではないですが、人並みに可愛いと思いますよ」
「あなたらしい返事です」
なぜか九条さんは少し口角を上げた。ハンドルを切って左折したあと、赤信号で車が停車する。
九条さんは前を見たまま言う。
「どちらかと言えば好きですよ、子供」
「へえ!」
意外! 私は心の中で呟いた。
九条さんは自分のペースを乱す事がないし、でも子供はこちらのペースなどお構いなしに絡んでくる。だからてっきり苦手かと思っていた。
そうなんだ、九条さんと子供の絡みか。ちょっと楽しみになってきたかも。
少しワクワクしてきた私をよそに、彼は無表情で続ける。
「彼らは無垢で打算などをしないので、そういう存在は重要だと思っています」
「それはそうですね、子供たちは素直ですよね!」
「ですが、決して嫌いではないのですが、私自身は子供に近寄られません」
「…………」
九条さんの横顔を見る。
「大概遠くから見られてるか、話しかけても怯えられます」
「…………」
「なので殆ど子供と関わった事はありません。黒島さん、そこのところよろしくお願いします」
ああ、そうか。きっと九条さん子供相手にも態度変わらずこのままなんだ。
殆ど笑う事もせず敬語で淡々と話すような大人、そりゃ子供は怯える。怖い人かと思っちゃうよね……。
「今まで依頼で子供が絡む事なかったんですか?」
「思い返せば一度もありませんでしたね。初の事です」
「そうなんですか……」
「よろしくお願いします」
頼りにされるのはありがたい事だが、どうしよう。私もそこまで子供と接した事はないし、好かれるタイプでもないんだよなぁ……。
ワクワクしてた心が一気に不安になる。女の子って言ってたし、その子の様子がおかしいとの依頼だった。
でもまあ、お母さんがいるんだし大丈夫だよね?うんうん、聞きたい事はお母さんに聞いてもらえばいいんだし!
そう自分で納得させたが、残念ながらこの不安は的中することになるとは、まだこの時は知らない。
「そろそろ見えます」
九条さんがそう言ったのを聞いて窓から外を見る。いつのまにか人通りはだいぶ少ない道にきていた。古い家が軒並み並んでいる。道自体もあまり設備されていないのか、ガタガタとした道路で白線は所々剥げていた。
古くから営業していそうな小さな店がいくつか見える。どこか懐かしい感じのする景色だ。
そんな中、少し浮いた存在のように新しく見えるマンションが建っていた。高い建物はそれ以外には見当たらない。だが周りは空き地や工事中の土地が多くあり、これから開発するのかもしれなかった。
「ええっと、8階の805号室ですね」
伊藤さんに渡されたメモを見返す。男の人の割に綺麗な字だな、と思った。
九条さんは車を駐車場に入れた。指定のあった場所に駐車し、私達は車を降りる。九条さんが車の鍵を掛けながら言った。
「まずは話を聞いてから、撮影することになりそうです」
「あ、撮影ですか」
「夜寝ている時にうなされると言っていたので。さすがに同室で見張られてたらあちらも寝にくいでしょう。理想としては空いている部屋を一つお借りして我々はそこで監視映像を見守るのが一番ですね。ですが泊まり込みの許可が下りなければ、録画して撤退、また明日確認する形になるかと」
「あ、そっかぁ……知らない人の泊まり込みは嫌がるかもしれませんもんね……」
霊は意外と高性能なカメラに映る事が多い。それを知ったのは私も今回が初めてだった。実際、録画していた映像に映ったヤバい物を目にして仰天したことがある。
九条さんの車には沢山の機材が詰め込まれている。運ぶだけで息切れするような代物たちだ。今回もあれらの出番らしい。
九条さんは黒いコートをなびかせて歩いていく。そこに並んで私も足を進めた。風は強く冷たい。冬の過酷さがピークの時期だ。
私はぶるりと全身を震わせながら、目の前にそびえ立つマンションを見上げる。
至って普通のマンションだった。嫌な空気とかも感じない。
足を進めたところで入り口はオートロック式である事に気づく。九条さんが迷わず805にインターホンを鳴らした。
少し間があった後、機械越しに女性の声が響く。
『はい』
「ご連絡頂いた九条です」
『ああ!はい、どうぞ!』
待ってましたと言わんばかりの弾んだ声の後、ロックが解除される音が響く。私達はすぐに入り、エレベーターを呼び出した。
「普通のマンションですよねぇ……?」
待ち時間に、私は呟く。
「ええ、そう思います。805のみに何か居るのかもしれませんね」
「伊藤さんの調べでは変な噂とか歴史もないって言ってたし……」
「まだ細かく調べてないので断言は出来ませんよ、新たな情報が来ればこちらに連絡してくれますから」
頷いた時エレベーターが到着して乗り込む。8階のボタンを選択し、上昇する箱に揺られる。
到着した8階も、特に異変は感じない普通のマンションだった。住民もそこそこいるようで、ところどころ生活感を感じる。
805に到着し、九条さんがインターホンを鳴らした。
私はなんとなく背筋を伸ばし、持ってきた焼き菓子の入る紙袋を持ち直す。
ガタガタと小さな音が聞こえた後、扉が勢いよく開かれた。
「はい!」
そんな声と共に現れた女性は、すでに私たちを縋るような目で出迎えた。
年は40前後だろうか、肩までの髪を一纏めにしているが、その毛先はパッと見て分かるほど傷んでいた。
少し黒めの肌にはファンデーションなどは塗って無さそうだ。下がった眉と、眉間にある皺が疲れを物語っている。それでも来客に多少は身だしなみを配慮したのか、唇だけ口紅が塗ってあった。
グレーのパーカーにジーンズ。ラフな格好だが、わたしは岩田さんを一目見て好感を覚えた。母も休みの日はこんな感じだったなぁと思い出したのだ。
それに怪奇な現象に悩んでいる最中に娘と二人きりなんて、きっと心が疲れ切ってるに違いない。母は強し、だ。
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