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光の入らない部屋と笑わない少女

新依頼

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 自分が食べるだけだと思って味見すらしてない適当な物。唐揚げなんて昨日の残り物だし。

 それでも昼食がない九条さんの願いを断れるわけもなく、私は持っていた箸を置いておずおずと弁当箱を差し出した。

「あ、味の保証はしませんけど……」

 声が小さくなっている自覚はある。だって、こんな形で手料理を食べられるなんて思ってもみなかった。

 そこまできて私は箸がないことを思い出す。事務所裏に割り箸でもないだろうか。

「あ、そうだ、箸を探して」

「どうも頂きます」

 九条さんはそう言って、置いてある私の箸を手に取った。そして私がぽかんとしてる間に、ひょいっと唐揚げを頬張ったのだ。

「…………」

「美味しいですね」

「…………」

「卵焼きも貰いますね」

 信じられない。

 この人。

 人の弁当分けてくれと言ったり箸を勝手に使ったり、人との距離感をまるではかれない。まだ知り合ってそんなに時間も経ってない相手なのに?

 自分の顔が熱くなるのを自覚する。照れるな、自分。九条さんは100%何も思ってないんだから。中学生でもあるまいし!
 
 固まってる私の横で彼は瞬時に食べ終える。そして机の上にあるラップに包まれたおにぎりを一つ手に取った。

「一つください」

「…………もう、お好きに……」

「ありがとうございます」

 そう言って九条さんは再びソファに戻り腰掛けると、テレビを見ながらぼんやりと私の作ったおにぎりを食べ始めた。

 悔しい、こういうシーンが無駄にドキドキさせられるんだから。慣れなきゃダメだ、九条さんにとっては通常運転なんだから。

 九条さんが置いていった箸を手に取り一瞬止まるが、なるべく平然を装ってそれで卵焼きを食べてやった。

 とりあえず、念のため明日はもうちょっとちゃんと作ろう。そう心に決めながら。







「ただいま戻りましたぁ~」

 伊藤さんの声が響いて私は顔を上げる。九条さんのポッキーをしこたま食べてやってる時だ。マイペース男へのちょっとした嫌がらせのつもりだったけど、戸棚のポッキーは少し食べたくらいでは何も変わらなかった。

 外はだいぶ寒かったのか、伊藤さんの鼻はほんのり赤くなっていた。ソファでテレビを眺めていた九条さんを見て、伊藤さんは安心したように言う。

「九条さん起きてたんですね!丁度よかった。さっき依頼の電話が来たんですよ」

 伊藤さんはそう言うと素早くコートを脱いで適当に置くと、パソコン前に座り込んで何かを入力し始めた。
 
 九条さんはテレビを切ってスッと立ち上がる。ようやくやる気が出てきたらしい。私も持っていたポッキーを置いて伊藤さんの側に近寄る。

 九条さんが伊藤さんに尋ねた。

「電話での依頼ですか」

「ええそうなんです。なんだかどうやらね、小さなお子さんがいるらしくてあまり外に出られないらしくて。直接来てくれないかと言われました。……あ、ここここ!」

 伊藤さんがパソコンの画面を指さす。どうやら、依頼人から聞いた住所を検索していたようだ。

 3人で顔を寄せ合って画面を眺めた。そこには、至って普通のマンションが映っていた。

「ここから結構近いところですよ、普通のマンションですね」

「依頼の内容は」

「それも来てから細かく話しますと言われたんですけどねぇ。
 6歳の娘さんについてらしいです。どうも様子がおかしいってのと、あとは夜にうなされるとか。寝ていると誰かの視線を感じて息苦しく、金縛りもあうようです」

「娘、ですか……」

 九条さんが腕を組んで考えるように唸る。

「どうやらシングルマザーなんですって。それで、娘さんの様子もおかしいから一人にさせておけなくてこちらに来れないとか。親とか頼れる人もいないって」

「なるほど」

 シングルマザー、という単語に少し心が揺れた。頼れる人もいない。それはまさしく、私と母の関係にソックリだったからだ。

 私もずっと母と二人の生活で、ほかに頼れる人なんていなかったから。

 伊藤さんはポケットからメモ用紙を取り出す。名前や住所、電話番号が書いてある。

 『岩田 友子』

 カチャカチャとキーボードを叩く音が響く。

「とりあえずこのマンションはそこそこ新しいですし誰かが死亡したとか、出るとか変な噂は見当たりませんけどね~……」

「まだあまりにも情報が少ないですね、まずは詳しく聞くところから始めないと」

 九条さんはそう言うと、私の方を見た。

「黒島さん、行けますか」

「あ、はいっ!」

 勢いよく返事をする。本採用されてからのはじめての依頼だ、気合を入れるなと言う方が無理だ。

 少し胸がワクワクした。正直今まで霊絡みで恐ろしい体験を多々してきたのに、結構自分は図太いと思う。それとも慣れたのだろうか。

 役に立ちたい。そう強く思っている。

「あーじゃあ僕、すぐに伺っていいか一度電話してみますから、その後に」

「分かりました。相手の許可が降りたら私と黒島さんで行くことにしましょう。黒島さんは準備をしてください」

「はい、着替えやポッキーの準備ですね」

「さすがです、ポッキーは忘れてはなりません」

 霊を観察しに行くのにポッキーが必需品だなんて笑えるが仕方ない。九条さんにとっては本当に重要な存在なのだ。

 伊藤さんが携帯を取り出して電話を掛けようとしているところに、私はふと思いついて話しかける。

「伊藤さん、裏にある美味しそうな焼き菓子とか貰ってもいいですか?」

「え?うん全然いいよ。お歳暮で貰ったやつだしいくらでも。調査中つまんでね」

「ありがとうございます。私じゃなくて、依頼人のお子さんに……物で釣るわけじゃないですけど、手土産あるとなしじゃ違うかなぁって」

  どんな事情があるかはまだ分からないが、6歳の女の子に話を聞くならば少しでも仲良くなれた方がいいと思った。見知らぬ男女が家に入ってきてはびっくりするだろう、一人は能面のような男だし。

 伊藤さんが感心したように腕を組んだ。

「あーやっぱり女の子ってそういう気の回り方が違うね~」

「気遣いの神様にそう言われるなんて」

「え?神様?」

「美味しそうなのちょっと持っていきますね」

「うんどうぞ~」

 私は事務所裏に入り、戸棚を開けた。ポッキーを取り出す時、他にも沢山お菓子があるのに気付いていたのだ。

 有名な焼き菓子が多く入っていた。まあ、本当なら頂き物をあげるなんて失礼だろうけど、買いに行く時間も無さそうだし仕方ない。

 美味しそうな物をいくらか近くにあった可愛らしい紙袋に詰めた。それから、調査に必要な物品も用意する。

 調査は泊まり込みが殆どだ。解決までにどれくらいの時間を要するかはその事例次第。次に自分の家に戻れるのはいつか分からない。

 そのため、お泊まりセットを持っていく必要があるのだ。下着や服の着替え、歯ブラシに洗顔、タオル。簡単に化粧品も用意する。

 無論、身だしなみに無頓着な九条さんは手ぶらだ。着替えなんてしなくても死なない、というのが彼の主張だ。イケメンの無駄遣いめ。

 大きな鞄に様々な物を詰めて出ると、丁度伊藤さんが電話を終えたところだった。

「すぐに来てくれって!僕はいつものごとく留守番してますから、何かあれば連絡くださーい」

 伊藤さんはそう言って、先程のメモを私に差し出す。住所をじっと見つめた。

 九条さんは行きましょう、と小さく言ってすぐに事務所を出ようとした。すると伊藤さんが慌てて付け加える。

「あ!一つだけ!
 どうも今回の依頼主さん、守秘について過敏です!何度も確認されました、今回の依頼について外に漏らさないようにって。何か事情があるのかもしれません」

 伊藤さんの言葉に、九条さんは少し考えるような素振りを見せたが、すぐに頷いて事務所の扉を開けた。私はその背中を慌てて追った。
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