完璧からはほど遠い

橘しづき

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処罰

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 すっと成瀬さんは姿勢を正す。佐川部長に問いかけた。

「どうでしょうか。これは十分罰するに値する行為だと僕は思っています」

 佐川部長はじっと紙を読んでいる。少しして、一つ深い息を吐きだすと頷いた。

「同意する」

「では、僕が提案したように?」

「私から上に報告しよう」

 大和はぎょろぎょろと目を動かして二人を交互に見ていた。何がどうなるんだ、と焦っているようだ。そんな彼に、成瀬さんはにっこりと笑いかけた。

「富田さん、ご実家はS県の方でしたよね」

「は、はい」

「そちらにある支部に左遷です。ご実家から通ってください、そしてもう佐伯さんには二度と近づかないでください」

 大和はぽかんと口を開けた。付け足すように成瀬さんが言う。

「今回の件について、弁護士を通して内容証明をお送りしています。もし今後佐伯さんに近づくことがあれば警察へ通報します。あ、ちなみに、ご実家にもお話させて頂きました、ご両親とも理解のある方で、あなたが変な真似をしないように実家で見張るとおっしゃってくれました」

「はあ、お、親にまで!? ふざけんなよ!」

 大和がついに椅子を倒しながら立ち上がった。目を吊り上げて成瀬さんを睨んでいる。そして唾をまき散らしながら叫んだ。

「おかしいって、別れた後ちょっと話し合っただけじゃん!」

「佐伯さんは何度ももう関わらないでほしい、と警告したはずです。守らなかったのはあなたです」

「志乃、お前からも何か言えって。そもそもこいつと付き合ってるって嘘でしょ? そんなわけねーじゃん、お前は俺のところに戻ってくるつもりだろ?」

 最後まで頭がお花畑なのどうしよう。私は呆れて物も言えない。

 どうしてこんなに自分に自信があるのだろうか。成瀬さんもついに苛立ったようにすっと目を細め、顔を歪めて答えた。

「戻りませんよ。そもそも浮気して別れる原因を作ったのは自分のくせして、なぜそんなに自信が?」

「こんなの嘘だ、こんなはずじゃない! だってあずさは言ってた、志乃は結局心の奥では俺に未練があるから、押した方がいいって。志乃と一年付き合ってきたのは俺なんだから!」

 あずさ。その名前を聞いて、私は天を仰いだ。

 高橋さんの名である。

 そういえば確かに、あのプロポーズの指輪もあの子が勧めてあげた、みたいなこと言ってたな。まさか裏でそうやってそそのかしていただなんて。結局あの子は何がしたいんだ。

 成瀬さんもその名を聞いた途端、眉をぴくぴくと震わせた。そして怒りのこもった声を静かに出す。

「へえ……なるほどね……そこがそうやって繋がってたわけか……」

「志乃、なんか言えよ! お前騙されてるって、こんなハイスペックな男がお前と付き合うなんて変だろ。目を覚ませって」

 私に詰めよってくる大和に数歩後退する。大和の顔はどう見てもイッちゃってて、恐怖に襲われる。そんな彼の肩に、成瀬さんが手を置き強引に振り返らせた。そして成瀬さんとは思えない恐ろしい形相で凄んだ。

「いい加減にしろこの屑が。おとなしく実家に帰って静かに暮らせ。浮気すんのも女性に無理やり迫るのもダサいんだよ、わかんねーの? これ以上喚くようならこのまま警察呼ぶ」

 大和が額に汗をかきながら唇を震わせている。ずっと静かにしていた佐川部長が、成瀬さんの名を呼んだ。彼はすぐにぱっと大和から離れ、私の隣りに寄りそうように立った。

 そしてにっこり営業スマイルを浮かべた。

「ただし、変な女にそそのかされて浮気したことは心の底から感謝申し上げます。そのおかげで僕はこんなに素敵な女性とお付き合いできたので」

 大和は助けを求めるような視線を私に送ってきた。華麗に無視してやった。一年も付き合った相手だけど、同情の気持ちも何も浮かばない。私は冷たい目で見つめ返してやった。

 佐川部長が立ち上がる。

「今回の件は私から上に報告する、君は自宅待機。このまま帰りなさい。異動はすぐにでも実現するだろう」

「…………」

「職を失わないだけありがたいと思っておきなさい」

 厳しい声で言われた大和は、もはや何も言い返せなかった。ふらふらとした足取りで会釈も挨拶もせず、そのまま会議室から出て行ったのだ。最後に見た背中は丸くなってて非常に悲し気に見えた。ああ、一年前は想像も出来なかった終わり。

 成瀬さんと私は佐川部長に頭を下げた。

「ありがとうございました」

「いや、的確で分かりやすかったよ。すぐに上に報告する。しかし異動より、解雇を相談されるかと思ったのだが」

「そうしたいのは山々なんですがね。すべてを失ってしまった人間は何をしでかすか分かりませんから。佐伯さんに逆恨みされても困るので、仕事だけは残してやろうかと」

「ははは、なるほど賢明だ。まあ実家の近くとなれば周りの目も気になるだろうから、普通なら下手なことはできまい。お疲れ様成瀬さん、さすがの準備の仕方だったよ」

 感心したように言った佐川部長は、そのまま会議室から出て行った。私たちは頭を下げて見送る。扉が音を立ててしまったところで、ようやく顔を上げた。

「あの成瀬さん、本当にありがとうございました……」

「いや、全然。まだ安心はしないほうがいいよ、さっきも言ったけど逆恨みっていうパターンもあるからね」

「はい、そうですね」

「このまま素直に引き下がってくれたらいいんだけどね」

「それにしても、あんなに色々調べたり準備してくれたり……」

「全然苦じゃなかったよ。力になれてよかった」

 ふにゃ、と笑う彼に癒されると同時に、さっき大和に向けていた敵意むき出しの顔を思い出す。まるで別人だった。まだ私は知らない成瀬さんの顔があるらしい。この犬みたいな顔からは想像つかない怖さだった……。

「さて、朝一で一番大きな仕事終えたね、一日は今からだっていうのに」

「あは、そうですね。仕事は今からです」

「よし、頑張るか」

 大きく伸びをした成瀬さんがそう笑った。


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