完璧からはほど遠い

橘しづき

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突然すぎる

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 すぐにリビングから成瀬さんが戻ってきた。そして案の定、私の顔を見てぎょっとする。彼は駆け足で寄り、私にしどろもどろ尋ねた。

「ど、どうした、なんかあった? なん、え、どうした!?」

「いえ、大丈夫、です」

「いやいや全然大丈夫じゃなさそう!」

「個人的なことなので。容器ありがとうございました」

 早くここから立ち去りたくて、彼の手から空っぽの容器を取る。だが、離さなかったのは向こうだ。がっちり持ったまま動かない。まるで奪い合うように、容器を引っ張っては戻され、引っ張っては戻されを繰り返した。

 どうしていいか分からず困っていると、突然手首を掴まれた。そしてやや強引な力で、玄関の中に引っ張られる。よろけながら中に入った私を支えつつ、彼は玄関の扉を閉めた。鍵までしっかりかけると、ぐるりと振り返る。間抜けみたいにタッパーを握りしめた私の両肩に手を置くと、成瀬さんは真剣なまなざしで言った。

「まだ帰さない」

「…………あの」

「佐伯さんは俺に伝えなきゃいけないことがあったでしょ? 俺もあるって言ったはず。まだお互い何も言ってない」

 口を噤んだ。

 あった、あったけど、それはもう言える勇気がない。

 ただ、彼が手を置いている肩が燃えるように熱い。

「その、もう言わなくても大丈夫になったといいますか」

「なんで? ちゃんと言ってよ、佐伯さんの口から」

「いえ、今は」

「俺のこと気にしてる? 大丈夫、ちゃんと受け止めるから」

 なにそれ、私が告白しようとしてるの、気が付いてるんだろうか?

 だとしたらなんて酷な人なんだ。いわせて振るつもりか? 

 私は成瀬さんを見上げて睨んだ。

「私は別に大丈夫です!」

「いや大丈夫って何が!」

「もう解決したってことです!」

「解決? まず問題を教えてよ」

「それが言えるなら困ってません!」

「ほら困ってるんじゃん、どうしたの!」

「どうもないです、先に成瀬さんからどうぞ!」

「分かった! 佐伯さん好きです!」

「分かりました! わた、 
 ん???」

 

 二度見した。



 ついに自分の耳が狂ったらしい。

 えげつない聞き間違いをしたようだ、ちゃんと働きなさい、私の耳。

「はい、なんですか?」

「え、うそ聞こえなかった? 俺結構大声で叫んだよ」

「はあ」

「好きだって!」

「ん??」

 首を傾げるしか出来なかった。喜ぶより、疑うより、驚くより、理解が追いついていなかった。頭が働くのをさぼっているみたいだ。

「あ、カレーですか?」

「うそ、俺こんな時にカレーが大好きだって叫ぶように見える?」

「まあ、プライベートの成瀬さんなら何をしだすか分からないといいますか……」

「ちゃんと聞いてほしいな、俺一世一代の告白したんだけど」

 困ったように笑った成瀬さんを見て、私はようやく状況を理解した。だが、それも喜ぶまで至らない。なぜそんなことになっているのか信じられない気持ちでいっぱいだったからだ。

 だっておかしい。あの成瀬さんが? 高橋さんは?

 ぽかんとしたままの私に、彼は無理やり笑顔を作ったように笑い、続けた。

「困らせるって分かってた、でも言わないと駄目だよなって自分で思ってさ。逃げちゃよくないよね。
 でも、分かってるから。俺も大人だし、ちゃんと祝福するよ。
 結婚、おめでとう」


「は??」


 今年一番の「は?」が出た。多分、告白された嬉しさを飛び越えて嫌悪感の方が勝ってしまった。それぐらい、成瀬さんの口から聞きたくない言葉だったのだ。自分でもびっくりするほど低い声だ。

 私の反応に、相手もはて、という様子で首を傾げた。二人ともお互いの様子を伺うような沈黙が流れる。

 私は耐えきれずに尋ねた。

「結婚って、誰がですか」

「佐伯さん」

「誰とですか」

「元カレの」

「するわけないでしょう!?」

 ひっくり返った声が出た。まさか大和が流したデマ、成瀬さんの耳にまで届いていたなんて。冗談じゃない、私は結婚どころかもう顔も見たくないというのに。

 私の強い拒絶に、成瀬さんもさすがに異変に気が付いた。私の肩からようやく手を下ろし、眉間に皺を寄せて混乱した表情をした。

「え、結婚しない? ちょっと待って?」

「結婚どころか、あんなのと戻ったりもしないですよ、絶対お断り!」

 大きな声で否定した途端、突然目の前の成瀬さんが脱力したようにへなへなとその場にしゃがみ込んだ。膝に頭を埋め、顔が見えなくなる。そんな彼を、私は上から覗き込んで声を掛けた。

「あの、成瀬さん……?」

「かっこわる……俺そうだと思い込んで、でも終わりぐらい綺麗にしようって……」

 よくよく見れば、彼の耳は真っ赤になっていた。そんな成瀬さんを見て、今更ながら彼が告白してくれたのだと思い出し、私の心臓は一気に高鳴った。痛くて苦しいくらい。それと同時に、信じられない気持ちでいっぱいだ。

 手に持っていた容器を落としてしまい、軽い音が響いた。成瀬さんはそれを素早く拾うと、立ち上がり私を見た。やっぱり、どことなく顔が赤い。

「……とりあえず、上がりませんか。もう少し色々話したい」

 そう提案した彼の目は、見たことないほどに真剣で熱くて。

 私は返事すらできなかったので、必死にうなずいた。

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