日給10万の結婚〜性悪男の嫁になりました〜

橘しづき

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決意

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 玲は叱られた子供のような顔をしながら、私に深く頭を下げた。

「言い訳になるとは思ってるけど、一年後にはちゃんと事実を話して三千万は渡すつもりだった。あの頃、俺はとにかく早く自分と結婚してくれる相手を見つけ出したくて、あの状況にいた舞香を利用したんだ。借金を肩代わりしたなんて嘘を言って、舞香がこの仕事を断れなくなるように仕向けた……クズみたいな人間なんだ」

「それが……玲が言ってた隠してたこと?」

 彼は頭を上げ、小さく頷いた。そして、苦笑いしながら続ける。

「最初は本当にビジネスバートなーとして舞香と過ごしてたけど……あっという間にそれを乗り越えて意識し始めてる自分がいて。あのパーティーで必死に誰かを救おうとしてる姿や、何にもへこたれない姿を見て、とっくに女性として好きになってた」

「えっ」

 自分の口から声が漏れた。玲は少しだけ目を細める。

「それまで平気で隣で寝てたのに、そんなことすら出来なくなってずっとリビングで自分は寝てた。お前は全然意識してなさそうだったけど」

 ぎょっとして大きな声をあげてしまった。知らなかった事実にびっくりだ。

「玲、ずっとリビングで寝てたの!? 貧乳には興味ないって言ってたじゃん!」

「馬鹿! どうでもいい女の貧乳は興味なくても、好きな女の貧乳は別もんだろ! 貧乳にも色々あんだよ!」

「貧乳連呼すな!」

「お前が言い出したんだろ!」

 なぜかくだらないことで言い合いになり、はっとする。こんなことを言いあっている場合ではないと、お互い慌てて軌道修正した。玲は咳ばらいをし、すぐ弱々しい声になる。

「お前は俺よりずっと圭吾の方が気に入ってるみたいだったし……何より、騙してこんなことをさせてる俺に、気持ちを伝える資格はないと思ってて。一度全部洗いざらい告白しようと思ってたんだ。なのになかなか言い出せず、仕舞い目には抑えきれず手を先にだして……」

 あの玲が、しおしおと小さくなっている。こんな玲を見るのは初めての事だった。いつだって自信に満ちて性悪で、口が悪いこの男が、まるで子供のようだった。そんな新しい顔を、どこか可愛いと思っている自分がいた。

 そうだったのか、だからごめんと謝っていたのか。私に隠し事をしたままキスしてしまった罪悪感を勝手に感じていたのだ。

 そして頭を冷やしたくて少し距離を置いたのだろう。どう私に話そうかゆっくり考えたかったのかもしれない。

 確かに、彼は私に嘘をついていた。それは紛れもない事実だ。でも、それを自分で責めている玲を、私は叱ることなんて出来なかった。

「玲、そんな顔しないで」

「でも」

「確かに借金の肩代わりは嘘だったかもしれないけど、あの時玲が来てくれなかったら、私の人生は終わってた。間違いなく恩人なの。それに、両親に無理やり結婚させられそうになって焦ってた気持ちも分かる。玲はこの生活で、私にも何不自由ない生活をさせてくれてたし、勇太の事もちゃんと気にかけてくれてた。私は恨んでないよ」

 心の底からそう言った。あの時玲が取り立てのやつらを追い払ってくれなければ、私は人生のどん底にいた。彼が救ってくれたのは間違いない事実なのだ。

 そして、彼と過ごした時間の中で見た、玲という人間に惹かれたのも事実である。最初は性格悪い男だと嫌に思っていたが、私の失敗は強く励まし、尊重してくれた。小さな誕生会を心から喜んで、家族の大切さを知っていた。
 
 私は二階堂玲という人間性が好きなのだ。

「……舞香」

「口が悪くても、いつも自分が等身大でいられる玲の隣りにいるのが好きだよ。ちょっと性格残念なとこもあるけど、その分ちゃんとしてるところだってある。案外優しいってことも知ってる」

 私が笑って言うと、彼は突然こちらの体を抱きしめた。息が止まってしまうんじゃないかと思うほどの強い力だった。

 こらえきれず力の加減すら出来ていないであろう彼が、とても愛しく思えた。

「本当に……本当にごめん、舞香。騙して、嘘ついて、巻き込んだ。殴ってくれていい」

「殴ろうなんて思ってないよ。その代わり、今後は二度と嘘はつかないで」

「もうつかない。全部本当のことしか言わない。本当に最初は……ただ根性ある女を探してただけなんだ。実は舞香の前にも色々候補をあげて近づいても、悉く失敗してた。舞香のことはふと思い出しただけで、特別な感情なんてなかったんだ。でも、小学生の頃の舞香を思い出すなんて、今思うとずいぶん特別だったんだ。本当に舞香という人間に魅入られてる。俺は結婚相手はお前じゃなきゃ絶対にいやだ」

「いやだ、って……子供みたい」

「だっていやだ」

「でも私も、玲が他の人と結婚するのいやだ。私を嘘の奥さんにしてくれてありがとう」

「もう嘘じゃない、お前がいないなら俺は一生独身でいい」

 苦しそうな声が心地いい。私はその背中に手を回して強く力を入れた。熱い体温が溶け合って、心が熱を帯びる。

 いつからこんなふうに想いあっていたんだろう。一つ屋根の下に五か月もいながら、やっと通じ合えたなんて。

 ずっとこうしていたい気持ちになったが、そうも言ってられない。私は静かに玲から離れた。

「でも……私たちがこのまま婚姻関係を続けるには、あまりに環境が悪いよ。二階堂の嫁として相応しくないっていうのは私が十分分かってる。反対を押し切るのも限界があるよ、玲の会社にも関わってくるかも」

 二股疑惑を掛けられ、借金を負っていた事実も漏れ、今まで通りに生活できるとは到底思えない。どこかの週刊誌にでも売られてしまえば、会社ごとイメージも悪くなる。

 私たちは平穏な夫婦ではいられない。

 しばらく玲が黙り込んだ。だが、何かを決意したような表情をしたかと思うと、一度ぐるりと部屋を見渡した。

 そして静かな声で、彼は言った。

「俺たちが一緒にいられない環境なんて、いらない」

「……え?」

「俺は舞香がいればあとは何もいらないや」

 彼が目じりを下げて言った。柔らかで子供みたいな優しい表情だった。

「ずっと思ってたことがある。でも実際出来なかった。俺は怖かったんだと思う。でも舞香が俺の横にいてくれるなら、きっと何も怖くなくなる。舞香を巻き込むことになると思うけど、俺についてきてくれる?」

 彼が何を考えているか分からなかった。ただ、大きな決心をしたという事だけ伝わってくる。

 一体どうするつもりなのか、まるで想像がつかない。ただ一つだけ言えるのは、私は一度人生のどん底に落とされ、それを玲に救ってもらった身だ。今更どんな苦労が待っていようと、へこたれない自信はある。

 私は見上げてにっこり笑った。

「根性だけはあるって、玲は知ってるはずだけど」

 そう言うと、彼は静かに微笑んだ。時々見せる、玲の子供みたいな笑顔が好きだと思った。

「ただ、私は玲に黙ってついてくようなことはしないよ。時には玲についてきてもらう」

「さすがだな。もちろん舞香が正しいときは舞香についていくし、分からないときは二人で立ち止まればいい」

「大丈夫。私はちょっとのことでは負けない自信がある。玲の決意、聞かせて」

 私が言うと、彼は何かを言いかけた。が、少し考え込むようにして、開いた口を閉じ、代わりに私に深いキスを落としてきた。突然のことに面食らう。

 この前とはまた違ったキスだった。離れた直後、私は小さく非難する。

「ねえ……話を聞かせて、って言ったんだけど」

 それ聞いて、玲が不満げに眉を上げる。

「それよりまず、あのクソみたいな元カレにキスされたってのが許せなくなって、上書きが先かと思って」

「上書き……」

「そしてそれを仕込んだ楓にも、滅茶苦茶腹立ってる。ろくなこと考えねえなあの魔女は」

 不快そうに言い捨てた玲は、再度私に上書きを重ねた。何度も上書きをするもんだから、もうこっちはいっぱいいっぱい。しばらく経ってようやく離れた彼に、私は涙目で言った。

「上書きもなにも、あいつのキスなんて記憶に保存されてないから」

「ぶはっ。やっぱりお前はさすがだよ」

 そう白い歯を出して笑う玲に、私もつられて笑った。

 しばらく二人で笑った後、玲が静かな声で言う。

「これから先もずっと肩に力入れて、親とか性格悪い女に邪魔され続けるの、すげー疲れるからぞっとする。舞香はどう思う?」

 聞かれたので、私は正直に答えた。

「喧嘩を買うのは嫌いじゃないよ。でも、買わないに越したことはない」

「……まあ、だよな」

「玲のためなら戦うのも頑張れるよ。でも平穏が一番だとも思う」

「お前の人生平穏から程遠いからな」

 そういって少し笑った玲は、どこか優しい目で私を眺めた。その目に、不思議な色が宿っていることに気が付いていた。

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