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早く帰ってきて

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 舐めていたと思った。あの二人を。侮っていたのだ。

 今まで、彼女たちの攻撃は上手くかわせていたと思っていた。好戦的な自分の性格も幸いして、へこたれることなくやってきた。でも、全て無駄だったのかもしれない。

 その気になった二階堂と金城家にとっては、私と玲の関係を調べ上げることすら、容易だったのだ。

 愕然として先ほど玲に送ったメッセージを見直す。まだ既読にはなっていない。

「どうしよう、玲……」

 分かってる。

 初めはただ金のためだけに結婚して自分を磨いた。それが私に与えられた仕事だからだ。だから、お義母さまが借金を肩代わりする、慰謝料までくれると言ってくれれば、この関係が無くなっても私にデメリットはない。そう、はじめの頃だったら。

 でも今は、ただ金のためだけに玲のそばにいるわけじゃない。たとえ一方通行でも、彼という人間に好意を寄せて力になりたいと思っている。

 私は借金チャラになってめでたし、でも、玲はどうなる? 結局自分を大事にしてくれなかった親に無理やり結婚させられるのだろうか。

 彼の気持ちはどうするんだ。親に初めて反抗したいと思った、玲の心の行方は。

「バカ、早く電話してよ……」

 聞きたいことがたくさんある。言いたいことがたくさんある。だから、別に怒りもしないから早く帰ってきてほしい。

 大事な時になぜそばにいないんだ、あの男は。

 泣きそうになりながらスマホを握りしめていると、私の背後から優しい声が聞こえてきた。

「舞香さん?」

 はっと振り返る。仕事帰りと思われる圭吾さんが立っていたのだ。驚いたような顔をして私を見ている。

「あ、圭吾さん……」

「体調でも悪いんですか? 顔が真っ白ですけど」

 慌てたように私に駆け寄る。なんとなく自分の頬に触れてみると、ひんやり冷えていた。圭吾さんが心配そうに顔を覗きこんでくる。

「酷い顔色です」

「……圭吾さん、玲に連絡しても既読にならないんです。すぐに連絡取れないでしょうか」

「ああ、この時間だったら、多分今手掛けてる大きなプロジェクトに携わる相手といるでしょうね。もう少ししたら連絡も返ってくると思いますが……どうしたんですか、何か困りごとですか?」

 私は頷いた。手が小さく震えている。

 そんなこちらの様子に何かを察した圭吾さんは、頷いて静かな声を掛けた。

「とりあえず家に上がりましょう。座って気持ちを落ち着けなくては」

 そう言って、彼と共にマンションへと入っていった。






 玲のマンションに入り、まずはリビングのソファにどすんと腰かけた。スマホを再度覗き込むが、やはり既読にはなっていなかった。圭吾さんが言うように、今は手が離せないのだろう。

 ため息をついていると、少しして彼が良い香りのする紅茶を運んできてくれた。ハーブティーだった。

 そういえば、初めて玲の家に来た時も、こうして圭吾さんがお茶を淹れてくれたことを思い出す。私が落ち着くようにと配慮してくれたのだ。

 顔を持ち上げると、優しく微笑んだ圭吾さんがいた。

「とりあえず、少し飲んでください」

「……頂きます」

 言われた通り少しだけ紅茶を啜った。上品な香りが鼻を抜ける。熱い温度を喉に感じると、気持ちが落ち着いてくる気がした。

 圭吾さんは隣に腰かける。

「舞香さんがそんな状況になるっていうのは、よっぽどのことかと思います。玲さんがいないときに限って……」

「正直、お手上げかもしれません」

「どういうことですか!?」

 私はまず、少し前に元カレと再会したことを告げた。玲もそこにいて、会社の受付前でちょっと色々あったことも。そして今日、奴が変な接触をしてきた直後、楓さんに言われた内容も話した。

 さらにはお義母さまからも連絡があり、二人で一気に私を潰しにかかっていることを伝える。

 圭吾さんは分かりやすく顔を真っ青にさせていた。驚愕の表情で目を丸くさせ、小さく首を振っている。

 せっかく彼が淹れてくれた紅茶もあまり進まず、私は項垂れた。

「というわけで……私と玲の事がバレてしまったんです……言い逃れ出来ないかと」

「なるほど……以前の食事会の時も舞香さんについて調べたということは話していましたが、借金の事までは漏れていないようだったので安心していました」

「私もです。でもまさか父を探し出すなんて、執念が凄いというか」

「そして楓さんは何と言いますか……その和人っていう男もあの女の指金でしょうし、なんていう」

 怒りで圭吾さんの声が震えた。そんな彼を見るのは初めてのことだったので、少し驚いて顔を上げる。圭吾さんは考えるように腕を組んだ。

「入籍日と別れた日が一致、っていうのも確かに痛い情報です。こんなことならあの時、やっぱり婚姻届けを出すのをもっと強く止めておけばよかった!」

「だとしても、借金の事がバレていたなら、何も言い逃れ出来ないと思います……借金は自分の貯金で払いました、って嘘ついたとしても、多分さらに調べ上げられていつかは肩代わりがバレる気がします。相手は闇金っぽい相手だったけど、お義母さまなら調べ上げそう」

 私がそう声をもらすと、圭吾さんはやや困ったように何かを言いかけた。

「あの、舞香さん」

「はい」

「えーと……いや、玲さんは、あー……」

 何やら口ごもっている。不思議に思い彼をじっと見ていると、言いにくそうに私に言った。

「玲さんと、どうなんですか」

「え?」

「僕から見て、二人は初めの頃よりずっと夫婦らしいです。それは外面だけではなく、この部屋にいるときだってそう。夫婦のフリをしなくてもいい場所でも、二人は息ピッタリです。もしかして契約の話は終わりになって、本当の夫婦になるんじゃないかとここ最近ずっと思ってました」

 そう言われて驚いた。圭吾さんからそんなふうに見えていたのは意外だった。確かに、息が合っているとは言われていたが、小学生のような口喧嘩を面白がっているだけかと思っていた。

 本当の夫婦になる、なんて。
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