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もう五ヶ月

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 見られているのに気が付いた玲が不思議そうに首を傾げた。

「知り合いか?」

「うーん、知り合いと言えば知り合いかな」

「ふうん。妻がお世話になっております、二階堂玲です」

 玲はスマートな仕草で名刺を取り出した。和人はぽかんとしたままそれを受け取る。そして貰った名刺を覗きこみ、目玉が零れ落ちそうな程見開いた。

「二階堂って……え!? はあ? 舞香が二階堂の御曹司の結婚とか嘘だろ?」

「え、あの二階堂の!?」

「い、いやいや……舞香騙されてないか? こんな短期間で結婚って、いくらなんでもおかしいだろ、釣り合ってなさすぎる。お前は俺に捨てられて寂しく暮らしてるもんだと」

 玲本人を目の前にして、和人はそんなことを言った。瞬時に、玲の目が鋭く光る。どう考えても、和人の会社より玲の会社の方が大きいのに、何も考えなしに発言したようだ。

 そして玲は、低い声で淡々と言った。

「君、どこの部署? 名前は? 舞香を侮辱するのは俺を侮辱するのと同じだ。そんな発言してただで済むと思ってる?」

 その冷たい声に、和人の背筋が伸びる。失言したとようやく気付いたらしい。慌てて頭を下げる。

「も、申し訳ありません!」

「今の発言は覚えておく。名刺をください」

「……い、いえ、その」

「ああ、貰わなくても舞香が名前は知ってますよね。じゃ、そういうことで。舞香、帰りもタクシー使えよ。届けてくれてありがとう」

 頭を下げたままの和人の手が震えてる。その横で、女も青い顔をしておろおろしている。私は二人に何も声を掛けることなく、ふいっと背を向けた。

「じゃあ、帰るね。玲頑張って」

「うん、また夜に」

 私は和人の顔をチラ見もせず、歩いてその場を後にした。ちょっとだけすっきりしちゃった。私は何も悪くないもんね、勝手に失言したのは向こうの方だ。私は和人の事なんて何も思ってませんって最初に宣言してあげたのに、復縁でも迫りに来たと勘違いしたんだろうか。そんなことあるわけがない。

 元々未練なんてこれっぽっちもなかった相手だけど、今日会ってなお別れてよかったと心から思った。というか、あんな男を好きだった半年間、自分の頭はどうかしていたと思う。

 大人で落ち着いてるように見えたんだけどな。取り繕っていただけかもしれない。結局付き合ってる女にいい顔したくて、それをちやほやしてくれる可愛い女の子に乗り換えただけなんだ。

 自分を偽るということは、悪いことではないと思う。誰だって背伸びはする。でも、付き合っていく上ではやっぱりいらないと再確認した。そう、そうか。玲といる時は気を遣わないし居心地がいいのは、そういう背伸びをしてこないからか。あいつは初めから口が悪いのも性格が悪いのもそのままさらけ出してきている。

 まあ、性格悪いと言えば悪いけど、誕生日に嬉しそうにハンバーグ食べてお礼を言ったり、失敗した私を力強く励ましてくれたりと、いい所もある。だから……

「いや、何を考えてるんだ自分は」

 焦って自分で止めた。思考がよく分からない方へ飛んでいる。元カレに会ったことで、なぜか玲という男がとてもいい男に見えてしまう魔法にかかってしまっている。さっき、私に失言した和人にびしっと言ってくれたのも、ちょっと嬉しかったからだ。

 タクシーに乗り込み、自宅を告げる。発進した車内で、ぼんやりと考えていた。

 あの日和人に振られて、借金取りまで家に来て、人生終了したかと思ったのに、終了どころか今優雅な生活を送っている。確かに勉強しなきゃいけないことも、周りから敵意をもたれていることも大変な事ではある。でも、普通に考えてこれで日給10万が発生しているのはおかしい。

 この仕事が終わった後、勇太が進学・就職したら、あの借金も少しずつ玲に返そうかな。本人はいらないって言いそうだけど、こんな生活であれだけの大金を貰うのは明らかに変だ。せめて、半分くらいは返したい。何年かかるか分からないけど、勇太が自立すれば、私も生活に余裕が出るだろうから。

「もう五か月か」

 ぽつりと呟いた。



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