日給10万の結婚〜性悪男の嫁になりました〜

橘しづき

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 小声でそう会話を交わすと、私たちは笑いあった。そして小さく手を振り、玲から離れる。さあ、ここからはついに一人だ、やるしかない。

「舞香さん!」

 名を呼ばれてどきりとする。もしやメロンが現れるかとドキドキして振り返ってみれば、倫子さんが私に手を振っていたのでほっとした。あの倫子さんの声と、ぶりっ子の声を聞き間違えるとは。倫子さんに土下座して謝りたい。

「倫子さん!」

「今日はよろしくお願いしますね」

 隣に並び、笑いかけてくれることにほっとした。そうだ、完全にボッチというわけじゃない、倫子さんがいてくれるんだから。

 彼女は私に囁いた。

「本当に仲がよろしいんですね。送ってくれるなんて」

 ちらりと背後を振り返る。玲は未だ車に乗り込まず、私をじっと見送っていた。それに手を振って見せると、彼も小さく手を振り返した。最後まで見送ってくれるのがなんだか嬉しくて、顔がほころぶ。

「ちょっと心配症で」

「ふふ、愛されてる証拠ですね。微笑ましいです」

 愛されてる、なんて。私たちが三千万で結ばれた結婚だと知ったら、倫子さんはどうなるだろう。愛なんて、ちっともないのにね。

 倫子さんが言った。

「行きましょう、舞香さんならきっと伊集院様に気に入られると思います」

「はい、頑張ります!」

 大きな家を見上げる。負けてたまるもんか、と心で呟いた。




 バカでかい門を抜け、バカ広い玄関に入り、受付らしき人に招待状を手渡した。そこで、贈り物はここで預かる、ということを聞かされる。私は持っていた紙袋を握りしめた。多分、私の手汗が染み込んでるだろうな。

 もう今更じたばたしてもしょうがないので、腹を括って手渡した。これがどういう結果になるかは、まだ分からないと思っている。

 そしてそのまま中へと案内される。すでに何人も人は集まっているようで、がやがやと賑やかな声が聞こえた。

 広々としたダイニングから、これまた広々とした庭が見える。飲み物や軽食などがテーブルの上に所狭しと乗っており、ドリンクはアルコールの用意もあるようだった。

 一度ぐるりと周りを見渡してみるが、まだ伊集院さんもマミーたちも来ていないようだ。

 倫子さんと共に部屋の隅に立つ。つくづく一人じゃなくてよかった、と思った。

「凄いですね、立派なおうち……」

「伊集院家ですからね。私も毎回圧倒されます」

 以前倫子さんのお家に伺った時も、十分立派な家だと思ったが、やはりこっちは異次元の金持ちさだ。だが羨ましいと思うより、建築費はどれくらいなんだろうとか、掃除するのが大変そうとか、そういうことを思ってしまう自分はまだまだ貧乏人の心を捨ててはいない。

 しばらく談笑していると、一瞬空気が凍ったのを感じ取った。見てみると、マミーと楓さんが中に入ってきたのである。

 集められた人たちはみな、それなりの立場の人たちだ。私やマミー、楓さんの関係だって知らないはずがないんだろう。思えば、あのパーティーで見た顔も何人かいるようだ。

 マミーはこちらに気が付くと、やけに優しい声で近寄ってきた。

「舞香さん。いらしていたのですね」

「マ、お義母さま。ご無沙汰しております。楓さんも」

「舞香さん、お久しぶりですー!」

 やけにテンションが高いなこのぶりっ子は。私は冷静を努める。ボロを出すなよ、ほんの少しでも出せば命取りとなる。

 マミーは私を上から下まで観察し、言った。

「伊集院様は大事な方です。失礼のないように」

 静かに頭を下げる。するとその時、会場がわっと沸いた。見てみると、伊集院さんがやってきたのだった。

 髪を全てきっちりまとめ上げ、上品なワンピースを着ていた。目がやや吊り上がり、厳しさがうかがえる。彼女はにこりと笑って挨拶をした。

「みなさまお揃いでしょうか。お集まりいただきありがとうございます。みなさまにお会いできるのをとても楽しみにしておりました。お久しぶりの方も、初めましての方も、今日はどうぞ楽しんで行ってくださいな。まずは乾杯といきましょうか」

 拍手が沸き起こる。お手伝いさんらしき人が入ってきて、乾杯のドリンクを配ってくれる。それぞれ手に渡ると、伊集院さんの合図で乾杯となった。冷えたシャンパンで喉を潤す。そしてそのまま、一人一人が伊集院さんに挨拶をしに移動した。遠目から見ていると、皆腰を低くして相手の顔色を窺っている。誰から見ても、叶わない相手だということが明白である。


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