50 / 78
スタート
しおりを挟む
小声でそう会話を交わすと、私たちは笑いあった。そして小さく手を振り、玲から離れる。さあ、ここからはついに一人だ、やるしかない。
「舞香さん!」
名を呼ばれてどきりとする。もしやメロンが現れるかとドキドキして振り返ってみれば、倫子さんが私に手を振っていたのでほっとした。あの倫子さんの声と、ぶりっ子の声を聞き間違えるとは。倫子さんに土下座して謝りたい。
「倫子さん!」
「今日はよろしくお願いしますね」
隣に並び、笑いかけてくれることにほっとした。そうだ、完全にボッチというわけじゃない、倫子さんがいてくれるんだから。
彼女は私に囁いた。
「本当に仲がよろしいんですね。送ってくれるなんて」
ちらりと背後を振り返る。玲は未だ車に乗り込まず、私をじっと見送っていた。それに手を振って見せると、彼も小さく手を振り返した。最後まで見送ってくれるのがなんだか嬉しくて、顔がほころぶ。
「ちょっと心配症で」
「ふふ、愛されてる証拠ですね。微笑ましいです」
愛されてる、なんて。私たちが三千万で結ばれた結婚だと知ったら、倫子さんはどうなるだろう。愛なんて、ちっともないのにね。
倫子さんが言った。
「行きましょう、舞香さんならきっと伊集院様に気に入られると思います」
「はい、頑張ります!」
大きな家を見上げる。負けてたまるもんか、と心で呟いた。
バカでかい門を抜け、バカ広い玄関に入り、受付らしき人に招待状を手渡した。そこで、贈り物はここで預かる、ということを聞かされる。私は持っていた紙袋を握りしめた。多分、私の手汗が染み込んでるだろうな。
もう今更じたばたしてもしょうがないので、腹を括って手渡した。これがどういう結果になるかは、まだ分からないと思っている。
そしてそのまま中へと案内される。すでに何人も人は集まっているようで、がやがやと賑やかな声が聞こえた。
広々としたダイニングから、これまた広々とした庭が見える。飲み物や軽食などがテーブルの上に所狭しと乗っており、ドリンクはアルコールの用意もあるようだった。
一度ぐるりと周りを見渡してみるが、まだ伊集院さんもマミーたちも来ていないようだ。
倫子さんと共に部屋の隅に立つ。つくづく一人じゃなくてよかった、と思った。
「凄いですね、立派なおうち……」
「伊集院家ですからね。私も毎回圧倒されます」
以前倫子さんのお家に伺った時も、十分立派な家だと思ったが、やはりこっちは異次元の金持ちさだ。だが羨ましいと思うより、建築費はどれくらいなんだろうとか、掃除するのが大変そうとか、そういうことを思ってしまう自分はまだまだ貧乏人の心を捨ててはいない。
しばらく談笑していると、一瞬空気が凍ったのを感じ取った。見てみると、マミーと楓さんが中に入ってきたのである。
集められた人たちはみな、それなりの立場の人たちだ。私やマミー、楓さんの関係だって知らないはずがないんだろう。思えば、あのパーティーで見た顔も何人かいるようだ。
マミーはこちらに気が付くと、やけに優しい声で近寄ってきた。
「舞香さん。いらしていたのですね」
「マ、お義母さま。ご無沙汰しております。楓さんも」
「舞香さん、お久しぶりですー!」
やけにテンションが高いなこのぶりっ子は。私は冷静を努める。ボロを出すなよ、ほんの少しでも出せば命取りとなる。
マミーは私を上から下まで観察し、言った。
「伊集院様は大事な方です。失礼のないように」
静かに頭を下げる。するとその時、会場がわっと沸いた。見てみると、伊集院さんがやってきたのだった。
髪を全てきっちりまとめ上げ、上品なワンピースを着ていた。目がやや吊り上がり、厳しさがうかがえる。彼女はにこりと笑って挨拶をした。
「みなさまお揃いでしょうか。お集まりいただきありがとうございます。みなさまにお会いできるのをとても楽しみにしておりました。お久しぶりの方も、初めましての方も、今日はどうぞ楽しんで行ってくださいな。まずは乾杯といきましょうか」
拍手が沸き起こる。お手伝いさんらしき人が入ってきて、乾杯のドリンクを配ってくれる。それぞれ手に渡ると、伊集院さんの合図で乾杯となった。冷えたシャンパンで喉を潤す。そしてそのまま、一人一人が伊集院さんに挨拶をしに移動した。遠目から見ていると、皆腰を低くして相手の顔色を窺っている。誰から見ても、叶わない相手だということが明白である。
「舞香さん!」
名を呼ばれてどきりとする。もしやメロンが現れるかとドキドキして振り返ってみれば、倫子さんが私に手を振っていたのでほっとした。あの倫子さんの声と、ぶりっ子の声を聞き間違えるとは。倫子さんに土下座して謝りたい。
「倫子さん!」
「今日はよろしくお願いしますね」
隣に並び、笑いかけてくれることにほっとした。そうだ、完全にボッチというわけじゃない、倫子さんがいてくれるんだから。
彼女は私に囁いた。
「本当に仲がよろしいんですね。送ってくれるなんて」
ちらりと背後を振り返る。玲は未だ車に乗り込まず、私をじっと見送っていた。それに手を振って見せると、彼も小さく手を振り返した。最後まで見送ってくれるのがなんだか嬉しくて、顔がほころぶ。
「ちょっと心配症で」
「ふふ、愛されてる証拠ですね。微笑ましいです」
愛されてる、なんて。私たちが三千万で結ばれた結婚だと知ったら、倫子さんはどうなるだろう。愛なんて、ちっともないのにね。
倫子さんが言った。
「行きましょう、舞香さんならきっと伊集院様に気に入られると思います」
「はい、頑張ります!」
大きな家を見上げる。負けてたまるもんか、と心で呟いた。
バカでかい門を抜け、バカ広い玄関に入り、受付らしき人に招待状を手渡した。そこで、贈り物はここで預かる、ということを聞かされる。私は持っていた紙袋を握りしめた。多分、私の手汗が染み込んでるだろうな。
もう今更じたばたしてもしょうがないので、腹を括って手渡した。これがどういう結果になるかは、まだ分からないと思っている。
そしてそのまま中へと案内される。すでに何人も人は集まっているようで、がやがやと賑やかな声が聞こえた。
広々としたダイニングから、これまた広々とした庭が見える。飲み物や軽食などがテーブルの上に所狭しと乗っており、ドリンクはアルコールの用意もあるようだった。
一度ぐるりと周りを見渡してみるが、まだ伊集院さんもマミーたちも来ていないようだ。
倫子さんと共に部屋の隅に立つ。つくづく一人じゃなくてよかった、と思った。
「凄いですね、立派なおうち……」
「伊集院家ですからね。私も毎回圧倒されます」
以前倫子さんのお家に伺った時も、十分立派な家だと思ったが、やはりこっちは異次元の金持ちさだ。だが羨ましいと思うより、建築費はどれくらいなんだろうとか、掃除するのが大変そうとか、そういうことを思ってしまう自分はまだまだ貧乏人の心を捨ててはいない。
しばらく談笑していると、一瞬空気が凍ったのを感じ取った。見てみると、マミーと楓さんが中に入ってきたのである。
集められた人たちはみな、それなりの立場の人たちだ。私やマミー、楓さんの関係だって知らないはずがないんだろう。思えば、あのパーティーで見た顔も何人かいるようだ。
マミーはこちらに気が付くと、やけに優しい声で近寄ってきた。
「舞香さん。いらしていたのですね」
「マ、お義母さま。ご無沙汰しております。楓さんも」
「舞香さん、お久しぶりですー!」
やけにテンションが高いなこのぶりっ子は。私は冷静を努める。ボロを出すなよ、ほんの少しでも出せば命取りとなる。
マミーは私を上から下まで観察し、言った。
「伊集院様は大事な方です。失礼のないように」
静かに頭を下げる。するとその時、会場がわっと沸いた。見てみると、伊集院さんがやってきたのだった。
髪を全てきっちりまとめ上げ、上品なワンピースを着ていた。目がやや吊り上がり、厳しさがうかがえる。彼女はにこりと笑って挨拶をした。
「みなさまお揃いでしょうか。お集まりいただきありがとうございます。みなさまにお会いできるのをとても楽しみにしておりました。お久しぶりの方も、初めましての方も、今日はどうぞ楽しんで行ってくださいな。まずは乾杯といきましょうか」
拍手が沸き起こる。お手伝いさんらしき人が入ってきて、乾杯のドリンクを配ってくれる。それぞれ手に渡ると、伊集院さんの合図で乾杯となった。冷えたシャンパンで喉を潤す。そしてそのまま、一人一人が伊集院さんに挨拶をしに移動した。遠目から見ていると、皆腰を低くして相手の顔色を窺っている。誰から見ても、叶わない相手だということが明白である。
1
お気に入りに追加
60
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結済】姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです
鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
王国の片田舎にある小さな町から、八歳の時に母方の縁戚であるエヴェリー伯爵家に引き取られたミシェル。彼女は伯爵一家に疎まれ、美しい髪を黒く染めて使用人として生活するよう強いられた。以来エヴェリー一家に虐げられて育つ。
十年後。ミシェルは同い年でエヴェリー伯爵家の一人娘であるパドマの婚約者に嵌められ、伯爵家を身一つで追い出されることに。ボロボロの格好で人気のない場所を彷徨っていたミシェルは、空腹のあまりふらつき倒れそうになる。
そこへ馬で通りがかった男性と、危うくぶつかりそうになり──────
※いつもの独自の世界のゆる設定なお話です。何もかもファンタジーです。よろしくお願いします。
※この作品はカクヨム、小説家になろう、ベリーズカフェにも投稿しています。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】
妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる