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サプライズ

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 一度も呼び出したことがない番号を選び、通話ボタンを押す。少し緊張しながら、私は耳元で呼び出し音を聞いていた。

 少し流れたあと、相手はすぐに出てくれた。どこか焦ったような声で、圭吾さんが返事をしてくれる。

『もしもし、どうしました!?』

「あ、す、すみません、お仕事中ですよね……?」

『全然大丈夫です! 何かありましたか、舞香さんが電話してくるなんて』

 かなり向こうは慌てている。初めて電話を掛けたものだから、緊急事態と思われたらしい。私はすぐに否定した。

「す、すみません! 緊急じゃないんです! ちょっと圭吾さんに聞きたいことがあって」

『あ、そうでしたか、よかったです……! どうしました?』

 今更ながら、こんなことで電話を掛けてしまったことを申し訳なく思ってくる。同時に、ちょっと恥ずかしいのはなぜなのか? いや、私は別に書類上の妻として当然の事をしているだけだ。

「あのう~……畑山さんから、玲の誕生日がもうすぐって聞いたんです。それで、祝いたいな、と思ったんですけど、何していいか分からなくて……」

 話せば話すほど恥ずかしくなり、語尾がどんどん小さくなっていった。ぼそぼそと小声で言ったのを、圭吾さんはきちんと聞き取ってくれたようだ。やたら優しい声で、彼は言った。

『ああ、そういうことでしたか……! そうなんです、来週の金曜日ですよ。すみません、僕も伝えればよかったですね』

「いえ! 圭吾さんが謝ることでは」

『毎年祝うなんてこともしてないんです。だってほら、僕がケーキ用意したらしたで、男同士でキモイ、とか言いそうじゃないですか』

 言われて笑ってしまった。確かに、それ玲言いそう。電話の向こうで圭吾さんも笑う。

『だから、舞香さんに祝ってもらえるの凄く喜ぶと思いますよ。本人誕生日忘れてるぐらいの勢いなんで。別に特別な事しなくても、普通におめでとうってケーキでもあれば十分かと。玲さんってあれで結構単純ですからね』

 圭吾さんは時々辛口なの、かなりツボだ。私は笑いつつ、大事な質問を投げかけた。

「あの、プレゼントとかよく分からないんですよ。私ブランドも疎いし……何かありませんか?」

『ううん、別にそんなこだわらなくても、何でも喜ぶと思いますけどねー……じゃあ、今度二人で見に行きます?』

「いいんですか!」

 自分の声が弾む。一緒に選んでもらえるとなれば、こんな心強いことはない。せっかく買ったのに、ダサいとか貧乏人の目線だとか、そんな憎たらしいことを言われたら嫌だもん。ハズレはないだろうから、圭吾さんに見立ててもらうのが一番だ。

『土曜、外に出られますか?』

「久しぶりに友達に会いたいって、玲に相談してみます! 一日くらいなら、あの鬼も許してくれるでしょ」

『はは、鬼。じゃあ、楽しみにしてますね』

 そう会話を交わし、圭吾さんとの電話が切れた。私はほっと息をつく。

 さて、土曜に外出許可を得なくては。日給10万貰ってるのに、外出させてもらえるなんて、本当にいい仕事だなと思った。

 あとはケーキと食事と……考えることは山積みである。

 夜、畑山さんのレッスンも終わり、いつも通り帰宅した玲たちと三人で食事を取った。その後片付けをしている時、私は早速玲に外出の許可を得ようと話しかけた。

「ねえ、玲」

「なに」

 ダイニングテーブルに座り、水を飲んでいる玲がこちらを振り返る。私はゴミを捨てながら、自然を装って彼に尋ねた。

「今週の土曜日、ちょっと出かけてもいいかな?」

「いいけど、どこ行くんだ? 弟には先週会ったんだろ」

「あ、うん、友達とどうしても久しぶりに会いたくて……」

 少し小さな声になってしまう。ちらりと横目で圭吾さんを見た。彼はテーブルの上を拭きつつ、私の方を見てにこりと笑ってくれる。玲に隠れて彼の誕生日プレゼントを買うというのが、何だか恥ずかしくなり、私は俯いた。

 玲はゆっくりグラスを置く。そして小さく頷いた。

「ふーん……ま、いいけど」

「あ、レッスンは前日頑張って、外出分取り戻します!」

「いや、程よい息抜きは効率を上げるから気にしなくていい。どこでも行ってくれば」

 そう短く言った玲は、すっと立ち上がってリビングを出て行ってしまった。お風呂にでも行ったのだろうか? どこでも行ってくればって、相変わらず言葉の使い方が悪い。先週も勇太に会うために出かけたばかりだから、やっぱり外出しすぎただろうか? それにどう見ても、機嫌を損ねたように見える。

 いなくなった背を見送りつつ、私は頭を掻いた。日給10万貰ってる立場のくせに、出かけすぎって思われたかなあ。

 困っていると、近くにいた圭吾さんが小さく笑った。

「はは、分かりやすい人ですね」

「怒らせちゃいましたかね。やっぱり出かけすぎかな、お金貰ってる身なのに」

 心配して言うと、彼は首を振った。

「大丈夫、玲さんがご機嫌斜めなのはそれが原因じゃないと思うので」

「え?」

「まあ、放っておけばいいですよ。気にしなくても、絶対にすぐ機嫌治るから大丈夫です」

 圭吾さんはそうきっぱり言い切ると、今日の仕事は終わりとばかりに伸びをした。まあ、今は玲の機嫌が悪くても、自分の誕生日のために外出したんだと知れば、きっと大丈夫ということだろう。

 私は納得し、それ以上追及しなかった。


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